折々の雑文 第12回

殺意の推定

折々の雑文 #12

 その事件の被告人は、薄汚れた白のトレーナーを着て出廷してきた。起訴された容疑は刑法199条――つまり、殺人罪だ。
 午後の10号法廷は午前よりは傍聴人の数が多かったが、それでも20人ほどで空席もまだかなりあった。私たちの他にも大学生がいたが、他にはやけに目つきの鋭い人までいる。目を合わさないようにしよう。
 被告人は縁なし眼鏡をかけ、どっしりとした体格をしていた。拘置所暮らしのため、運動不足で少し太ったのだろう。眼光はそれほど鋭くない。もちろん、いくら殺人犯だって全員レクター博士のような人間でないから当然だ。

 裁判長と二人の判事補が入ってきた。同時に若い法廷職員が「起立!」と大きな声を張り上げた。傍聴人たちは一斉に立ち上がり、そして緩慢な動作をしてまた着席した。全員着席すると、裁判長は「今日は証人尋問だったね」と職員や検事に確認した。
 証人は20代前半のヤンママ風の女性が証言台に歩いていった。そして、彼女は例の「私は見たことをありのままに言い、決して嘘偽りはいいません」という意の宣誓を読まされた。みなさん、証言台でこれを読みあげて署名したら、絶対ウソをついてはいけませんぞ。偽証罪になります。立派な犯罪です。

「ではKさん。被告人と一緒に夕食を食べた平成○年×月△日の思い出して下さい」 若い検事は、そう切り出した。ヤンママさんは「はい」と小さな声で答えた。
「食事が終わったあと、被告はBと電話をしてましたね」
「はい」
「その時、被告はなんと言ってましたか」
「『殺してやる』と言ってました」法廷内の重く張りつめた空気が、さらに重くなった。
「あなたは、被告が『殺してやる』と言ったのは誰のことと思いますか?」
「C(被害者)君です」

 判決公判だと、判決文で事件のダイジェストをしてくれるので初めて傍聴する者にも大変親切でなのだが、証人尋問のときは実に不親切で事件の全体像を想像しにくい。大まかに説明すると、おそらくこういう事件である。
 ある組(また893業界人かい)を抜けようとした被害者が、行方不明となり最近白骨化された死体となって発見された。どういう成り行きでそうなったかは不明だが、縁なしメガネの男が彼を殺害した容疑で起訴されたのである。被告は自白したのだろうか。それすらも分からない(筆者のミスでメモすらしていません)。

 検察側はこの証言を被告には被害者を殺害するという意図(殺意)が「推定」され、犯行にも計画性があるという「推定」できる証言にしたいのだろう。なるほど、これは有力な証言だ。ただし、これは「状況証拠」だ。物的ではない。

 検察側の証人尋問が終われば、弁護側の反対尋問である。被告側の弁護士は弁護士というより、テレビドラマの大学教授のような知性をまとっていた(うちの大学の教授たちは……)。彼は私撰弁護人でいかにも優秀そうだった。

「Kさん、被告やみんながその夕食ではアルコール類を飲んでましたか」
「飲んでいた思います」
「どんな種類のお酒ですか?
「日本酒とビールだったと思います」
「なぜ、そう思うのですか? いつもごはんを食べるときには、みんな飲むから?」
「はい。よくは覚えてませんが」
「じゃあなんであなたは、被告が『殺してやる』と言ったのを覚えているのですか?」 証人は言葉に詰まった。なおも弁護人は続ける。
「この証言を誰に話しましたか? 検察ですか? それとも、警察ですか?」
「検事さんに話しました」
「どこで話しましたか。警察署で?」
「検事さんがわたしの家に来たときです」
「それは事件からいつのことですか?」
「C君が見つかって、彼(被告)が捕まってしばらくたった頃です」
「それじゃ、事件から何年もたってますね」
 証人の声がさらに小さくなってきた。ヤンママさんは自分の証言に矛盾があるのを気付いているのだろう。しかし、弁護士の質問は鋭かった。弁護士の質問から裁判官も、証人の証言があてにならないと考えているに違いない。その後も証人の証言の信頼性はどんどん落ちていった。

 話は変わるが、「12人の怒れる男」という有名な映画がある。アメリカの陪審裁判をテーマにした映画で、被告人は父親を殺害した容疑にかけられた17歳の少年。凶器となった民芸品のナイフは彼自身が購入し、少年の「殺してやる!」という言葉を隣人が聞いている。誰もが明らかな証拠が揃っていたのだが……。その映画でも「殺してやる」という証言が陪審評議の大きな問題となっている。

 「12人の怒れる男」でも、この法廷でも目撃証言とはあてにならなかった。でも、よくよく考えたらあたりまえである。例えば、ここまで私は雑文を書いてきたが、裁判を傍聴中全くメモしていない。私の記憶のみが頼りである。つまり、この雑文は私の目撃証言である。ところが、黒河の思い違いや記憶違いが当然のようにある(筈だ)。それどころか、忘れたところは適当に再構成しているので、当てにはならない。
 しかし、人の記憶力はそれほどよくはない。本来、目撃証言とはそのようなものではないのだろうか。

 あの裁判を見て思ったことは、私は被告は勿論、証人でも絶対に証言台には立ちたくありません。あんなに弁護士にイジメられるのはイヤです。皆様もどうか、お気をつけて。

(2000/5/24)

※この雑文は被告や関係者のプライバシーを尊重するためと、筆者が忘れたところを誤魔化すため、あえてぼかした表現をしております。ご了承下さい。

←次の雑文へ前の雑文へ→折々の雑文一覧雑文大學表紙