いづれの御時か
折々の雑文 #13
間違えなく嘘だと思うが、桜の花粉には覚醒剤に似た成分が入っているという話を聞いたことがある。日本人はその覚醒剤に似た成分の花粉が降り注ぐ中、みんなアルコールを飲む。言うまでもないが、アルコールも立派なドラッグだ。なるほど、花見会場の異常な盛り上がりもこのためであろうか。
大阪の桜が満開になった頃、僕と悪友Mは近くのソメイヨシノがある公園で花見という名の酒盛りをした。僕は酒が大変苦手であまり飲めないのだが(※そういえば、僕は未成年だった。あはは……)、Mは平気でビール缶を空にしていった。彼はかなり酒に強い。
まだお天道様が沈む前で、周りは主婦や中学生のカップルやどこかのサークルで場所取りして、バーベキューの準備をしているおねえちゃんしかいなかった。昼間から酒を飲んでいるような社会不適格者は、僕とMだけだった。
「どうせ、つんくって、『モーニング娘。』のメンバーをたちをつまみ食いしとるんやろうなあ」
アサヒ・スーパードライの500ml缶を飲みながら、Mは周囲を気にせずにこんなことを言い出した。
「あれだけ人数はおるし、ごっつう儲けとるから、やりたい放題や」
例えば、小室哲也や小林武史はプロデューサーと言う立場を利用し、自分がプロデュースする女の子に手を出し、孕ましたり弄んだりするという極悪非道な行いをしている。このような悲しい現実を踏まえ、つんくも同じような悪事に手を染めているのだろうと、彼は主張しだした。人間酔うと、自分とは全く関係のないものに怒りを覚えることがある。Mはそのような状態だった。しかし、酔った僕は柿ピーを食いながら、何故か無性に反論したくなった。なぜかと聞かれれば、「それは桜の花粉のせいだろう」と答えよう。昨年、ヒロミ・ゴー氏も「みんな太陽がさせたことだよ」という教育上悪そうな歌を歌っているではありませんか。
「つんくはメンバーに手を出してへんわ」
「なんでやねん」
「よく考えて見ろよ。気に入った子を一人だけ可愛がってるやったら、メンバーの仲が険悪になるやないか」
「別に険悪になったもいいやないか」
「何いうとんねん。プロデューサーはメンバーの和を守るのも大きな仕事や」
これぐらいでは、Mは納得してくれない。確かに根拠のない意見だ。僕はアルコールで、空回りしがちな脳味噌をフル回転して、よい説明法を考えた。
「『源氏物語』を思い出せ。『源氏』の一番はじめの『藤壷』で考えたらいい」
おお、アホの黒河が源氏物語を持ち出すあたり、かなりの進歩です。Mもちょっと驚いている。
「つんくはミカドや。平安時代は当然一夫多妻制や。つまり、ミカドは寵愛を全員にそそがなあかんねん。それがいいミカドやねん。いくら不細工な子でも、有力貴族の子やったら、いい加減な扱いはせえへん。あの、源氏物語のミカドは一人の女に入れ込むダメ天皇として描かれてるんや。唐代の楊貴妃の話も同じや」
「そうかなあ」
「つんくの寵愛を受けている子がいじめられるんや。この場合、やむごとなきつんく様は批判の対象にはならない。寵愛されてる子がや」
「そりゃなあ」
「通いに行くとき大変や。通路にバリケード張られたり、ジュースかけられたり」
「はあ」
「他の子に恨まれるから、病気がちになったり。」
「……」
Mは古典が苦手なのだろう。黒河の暴走に付いてこれなくなっていた。
このように、満開の桜の下で、酔った阿呆の歪んだ「源氏物語」は繰り広げられていた。
(2000/6/10)
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