折々の雑文 第22回

日溜まりの教室で

折々の雑文 #22

 いうまでもなく、この時期のふとんの中は極楽である。アルコールも、煙草も、コカインも、マリワナも、ハシシも、やめてもいいが、「これから貴様は布団で寝てはいけない」と言われたら、私には死刑判決に等しい。私はフトンなしでは生きていけない。ふとんに「骨抜き」にされているのだ。ああっ、布団様! 日本に『覚醒剤取締法』のように『布団取締法』でも制定されたら、まず私も使用容疑でしょっ引かれていくことだろう。

 しかし、世の中には気の毒にも、眠れない人がいる。ふとんにいる時間が快楽でないひとがいる。そんな、不眠症の方は、有斐閣『ポケット六法』等学習用の小型六法の購入をお勧めしたい。先日、最新版の2001年度版が発売され、購入の際にはそちらの方をお勧めしたい。ついでに、もしもの時あなたを救うかもしれない。――ただ、自分が不利なことだけ判明することが多いだろうが。

 小型六法は、普通の国語辞典より小さい。法律業界では大ブランドである有斐閣の「ポケット六法」、広辞苑の岩波書店の「コンパクト六法」、三省堂の「ディリー六法」のどれでも問題はない。六法としての使い勝手もほとんど変わりがないし、値段も1500円前後と変わりがない。他には岩波の判例基本六法などが存在するが、そちらは国語辞典ほどの大きさになるので、睡眠には不向きである。学生や教授はもちろん、弁護士も日常に持ち歩くものなので、怪しまれることはない。まさか、だれも寝るための道具とは思わないだろう。毛筆をアレの道具と思われないのと同等である。

 さて、持って買ってきたらやることは一つ、商法501条の条文を開けるのだ。「五〇一条[絶対的商行為] 左ニ掲ゲタル行為ハ之ヲ商行為トス……」いかん、眠くなってきた。え、ちっとも眠くないですか? そのまま、買ってきた六法を枕にするのだ。すると、あなたは驚くことになるだろう。大体の六法では商法の項目が、中間のページに当たり程良い枕となるのだ。堅さもちょうどよい。それでも眠れないあなたは、それから1ページ前のページを捲るといい。商法498条[科料に処せられる行為]をぼんやり眺めていると、――眠くなりませんか? 商法上の罰則を定義した膨大な上に、文語体で書かれている条文で、全く意味がわからん。私などのような、アホ大学生は眠くて眠くて……。

 ただし六法睡眠法には、一つだけ欠点がある。六法の紙は額の脂をわずかに脂とり紙のように吸い込むことがあり、次のページが透けてみえるのだ。もちろん、いらなくなった六法を油とり紙として使えるほど強力に吸い込みことはないが。

 それでもやっぱり眠れないあなたは、起きておいた方が無難かもしれませんが、最後の手段がございます。今すぐ、大学の講義に来なさい。会社員だろうが、OLだろうが気にせず眠ることができるのですぞ。楽園がそこにはあるのです。まず、法学部がある大学ならどこでもいい。入ってすぐ教務課に行き、時間割をもらって民法 I(総則)、II(物権法)、III(債権総論)、IV(債権各論)、V(家族法)など民法科目を探す(※大学によって講座名が違う)。教室に行って、中間の端の席を取ると良いだろう。後ろ過ぎると、うるさくて新聞の投書でも書きたくなり、睡眠には向かない。また、周りにいくら可愛い女子大生がいても、ナンパしたり粘着質に舐め回すように見つめてははいけない。その娘たちは、あなたの睡眠を邪魔する悪魔の使いだ。散々痛い目にあった本人が言うのだから間違いない。ただ六法を広げるのみ。すぐに心地よい眠りがあなたを待っているのだ。

 民法系の先生は気性の穏やかの先生が多く、また講義も単調で、面白い冗談も言わないので睡眠に適している。特にベテランの先生は一定のリズムで、淡々と「表見代理と無権代理とのちがいは……」「94条2項を類推適用して」「最高裁昭和50年判決によりますと……」と語ります。四限目、西日の架かる日溜まりのような教室などで眠れない人は、もう後は薬しか手段がないだろう。かの上岡龍太郎は「名人の落語はよく眠れる」と考えただけでも恐ろしい発言した。それと同じことだ。

 そんなわけで、今日の民法 III(債権総論)の講義を一時間以上爆睡してしまいました。お母さん、お父さん、ごめんなさい。

(2000/11/29)

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