マーマレードの空
折々の雑文 #23
アインシュタインは40歳までは天才だったらしい。文系の僕は詳しく知らないが、相対性理論や光量子説など当時の科学界に衝撃を与えた論文は彼が若い頃に著したものだ。
その後の彼は、大変乱暴な言い方をすれば、研究職と言うより原爆廃絶運動などをして、ある種の「科学の良心」を代表したような立場にいた。少なくとも若い頃のような、優れた研究は生まれなかった。天才ではなくなったのである。あのような極限の知力を要求する仕事では、仕方のないことであろうか。
それでは、そのように生きられない「終わった」天才はどうなるか。手塚のように一生を捧げるに十分な才能があるなら問題ないが、そうでない天才はどうなるか。彼らに降りかかった、あまりにも残酷な運命を僕たちは知っている。世間は、悲劇的な結末を求めているところもある。伝説的なジャズメンはドラッグで破滅しなければならないし、少し逸脱するが、天才的なF1レーサーはサーキットで劇的なクラッシュに見回れなければならない。セナしかり、ジル・ヴィルヌーブしかり。
1980年12月8日、狂気に満ちた男の凶弾に倒れた彼にも、その権利があるだろう。でも、僕は彼には、生きていて欲しかった。その後、どんな曲をつくったのだろうか。彼も老いる。生きていたなら、六十歳だ。彼はその老いの果てに、どのようなカードを持っていたのだろうか。でも、ちょっと前にビートルズの新作として発表された"Free As A Bard"ようなタルさを考えると……いやいや、あれはなかったことにした方がいいですかね?
昨日の深夜、悪友Mから携帯電話がかかってきた。
「おい、黒河おきてるか?」
寝ていた。布団の外は寒い。僕は携帯を持って、布団の中に潜った。眠い。彼は酔っているようだった。またどこかで酒を引っかけたのだ。
「今日な、酔った勢いで駅前のビートルズバーに行ったんや」
「はあ」
某駅前にある確か『レノン』とか言うバーは僕も知っていた。でも、そんなところに足を踏み入れる勇気は僕はない。ファンのバーというのは一見さんお断りであり、封建制度がしかれた世界として名高い。特ににわかファンなど最も忌み嫌われる存在である。勇気ある男である。
「俺の他に客おらへんで、マスターに話しかけられて90分ほど逃げられへんかったわ」
「それはそれは」寝ぼけた僕は、間の抜けた返答をした。
「アルバム一枚全曲聞かされたわ。それとあそこ高い。コーラをウオツカで割ったヤツが600円やぞ。暴利や。ラブアンドピースを掲げるレノンの生き様に反するじゃないか」
酔っぱらい特有の口調で一気にまくしたてる。僕は生返事をした。
「おい聞いているか。それにな、八日はジョン・レノンの命日やそうやないか。と言うわけで、明日ウオツカかテキーラで弔い酒せいへんか? ワァーイズオーバー!」あの事件の後も彼の曲の輝きは消えない。マーマレードの空へと旅立った彼は、何を思うだろうか。
それと、M君少しは酒を控えた方がいいぞ。(2000/12/8)
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