折々の雑文 第24回

その男、ダメ人間につき

折々の雑文 #24

 二十歳になった。もちろん、あまり感慨に耽ることはない。あえていうなら、少年法の保護から外れたことぐらいか。『人間学園』や『時計じかけのオレンジ』の真似事ができなくて、残念ではあるが。

 僕も普通の人と同じく、雑文のネタするほど酒も煙草もハタチ前から嗜んでいたので、ハメを外すことはない。煙草の煙で、咳き込み事もない。成人式に行って来たが、橋本知事と喧嘩することもなく、クラッカーを鳴らして威力業務妨害容疑で警察に捕まることもなかった。ただ、僕は大人の第一歩として、偉い人たちのマスターベーション的祝辞を聞いてあげた。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び。大人は大変だ。

 成人式とは、「おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」という儀式らしい。コンパクト六法の「国民の祝日に関する法律」の成人の日の項目にそう書いてあった。励まされたのか、俺たちは。

 大人になったら、「自ら生き抜こう」とせねばならないらしい。なるほど。僕の今までの人生でも、自ら生き抜こうとするほどの気合はなかった。これはいかん。ダメ人間を返上せねば。

 自慢ではないが、僕のダメ人間は歴史が長く、レベルが高い。かなりぼやけてきた記憶だが、僕が幼稚園児で卒園間際の時だ。15年くらい昔の話だ。その日、卒園アルバム用に寄せ書きをするというイベントがあった。

「さあ、この大きな紙に自分の名前を書きましょう」
 つばめ組の担任タカセ先生はそう言って、ボール紙を机に広げた。
 僕と同じつばめ組の園児たちは、サインペンを握り、思い思いにミミズの這ったような字で自分の名前を書き殴っていた。当然の事ながら、メチャクチャである。当時から、嵐を呼ぶ園児と呼ばれていた僕は(嘘である)、ある種のプレッシャーを感じていた。うまく書けるだろうか……。

 僕はタカセ先生に言った。
「せんせ、書いて」
「え?」先生は困惑した。
「これはね、黒河くんがお名前を書くことに意味があるの」
「えー、何でそういうことしなきゃならないの?」
「黒河くんが、幼稚園のときに書いた自分の名前が記念になるのよ」
「そんなもの、欲しくないよ。ね、せんせ書いてよ」

 そんなわけで、卒園アルバムにその寄せ書きが載った。ところが大きな誤算があった。当時の僕は、このような悪事に手を染める園児が数名いることを予想していた。だが、先生に書いて貰うという姑息な手段を使う者は、僕以外誰もいなかった。結果、僕の名前だけミミズの這ったのような字ではなく、タカセ先生の筆による大人の字だった。卒園アルバムに載ったそのきれいな先生の字が、今も僕の胸を締め付ける。

 でも、そういうところがあっても、幼稚園時代の僕は……本当は天使のようにいい子でした。……って、こんな大人げないオチはダメですか?

(2001/1/11)

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