折々の雑文 第26回

理由なき牛丼

折々の雑文 #26

 吉野屋の店のドアを開けた瞬間、その場がただならぬ雰囲気であることを容易に感じることができた。険悪なムードのバーに居合わせたあの感覚。店内には、三人の男がいた。ただ、彼らの牛丼には、確たる理由はなかった。

 事件の舞台となった吉野屋は、京都市内に続く国道沿いにある。僕は大学のサークル仲間と、あるダムにブラックバス征伐の釣りに出かけていた。釣果は他の者はブラックバスを一匹ほどは駆除し、微力ながら生態系回復に貢献していたが、僕は完全なボウズであった。最後にはルアーではなく、『りんたろう』という餌ミミズを付ける暴挙に至っても同様であった。ヘミングウェイの「魚が釣れないのは魚が考える時間を与えてくれているのだ」という名言を無批判に信じる僕ではあるが、いつまで魚は考える時間を与え続けるのだろうか……。

 秋の日が落ちるのは六時頃と早く、我々は腹を空かせながら、サークル員の型オチのミラージュで男三人帰路についた。それにしても腹が減った。
「確か、9号線沿いに吉野屋あったなあ?」
 シフトレバーを操り、ギアを4速に繋げながら運転席のK田は提案した。車が全く混んでいないのは、救いであった。
「あった。あった。腹減ったし、そこで休憩しようや」
 狭い後部座席のO本も彼の提案に同意した。「そうしようや」僕も同意した。
 それから、約二十分後にオレンジに光る例の看板を発見した。我々は吸い寄せられるように、駐車場に入った。その後、どエラい光景を見るとも知らずに。

 店にはいると、前述の通り険悪なムードと共に、緊張感とでもいうべきものが同居したいた。これらの原因は店の中央の席を陣取る三人の男たちにあった。彼らはどこの御家庭にもあるヤンキーである。高校一年か中学三年あたりのごく平均的ヤンキー二人と、一人年長者らしき男がいた。十九か二十歳か程の年だろう。服装は若造たちより幾分か大人びていて、このまま順調に成長したならインテリヤクザらしい風貌になるだろう。

 一つだけ、彼らがどこの御家庭にもあるヤンキーたちと異なる点がある。それは彼らの近くにある、山積みされた空のどんぶりだった。

 彼らの会話から予想するに、プチインテリヤクザの奢りでヨシギュウに来る運びとなった。だが、そこにプチインテリヤクザの陰謀があった。「男」をみせるという訳の分からない理由により、牛丼の大食い大会となったのだ。先輩の奢りである。その手前、残さず食うのが礼儀である。吉野屋はそれほど金はかからない。インテリヤクザの財布もそれほど傷まない。おそらくこの地方のヤンキーは、牛丼をたくさん食えるかによって、『男らしさ』や『強さ』を誇示するのだろう。

 既に彼らは、腹八分目などとうに越え自分との戦い、もしくはプチインテリヤクザ氏の許しを請うまでの不毛な戦いとなった。最早、彼らの牛丼に理由などはない。店員も表情を出さないが、呆れているに違いない。しかし、彼らは戦い方を熟知していないようで、水を頼んだり、牛鮭定食に鞍替えしたりしていた。余計辛くなるだろうに。

「……俺、大盛り」
「特盛りと卵」
「大盛りと味噌汁」
 我々は、隅の方の席に座り何もなかったように注文した。文民の最たる我々は、彼らと目を合わせてはならない。無用な火の粉は避けたいものだ。店員も何もなかったように、牛丼を盛りつけている。

 出てきた牛丼を我々は、黙々と食べた。我々の牛丼には腹が減っているという大きな理由がある。理由のある牛丼は旨い。でもあんまり旨くなさそうに、牛丼を食う。ビビリ三人組は、何も言わずに食っていた。

「もう食べれませんよ」
 いよいよ、小さい方のヤンキーが音を上げた。慌てて、大きい方が窘めた。
「秋山先輩の奢りやぞ」
 プチインテリヤクザは、煙草に火を付けた。そして、低い声で、
「男やろ」と言った。
「ワシが奢ってやってるんやぞ」
 小さい方は言葉を失った。

 我々が牛丼食べ終わった頃、彼らはまだ牛丼を食っていた。食べるスピードはさらに鈍くなった。小さい方はボソっと呟いた。
「オレら、他の客たちにアホやと思われてるなあ」
 自分で言うな。プチインテリヤクザも薄笑いを浮かべ、「早く食えよ」と言うのみだ。

 何が彼らを牛丼に向かわせるのだろうか。


(2001/2/13)

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