棄教者の憂鬱
折々の雑文 #28
私は餓鬼の頃、生粋の関西人でありながら、「関西」的なものが大嫌いであった。私と同じ世代の連中は必ず見ていたらしいダウンタウンの『四時ですよ〜だ』など、一回も見ていない。というか、ダウンタウンが嫌いであった。あのような、恐いおにいさんたちを応援する気にはとてもなれなかった。中学生の頃になって、ようやく「ダウンタウンとかいうおもろい漫才師がいる」と彼らのお笑いを受け入れようになった。私はそれより、たけしや志村の方が面白かったのだ。
当然、阪神タイガースも理解の外だった。1985年、あの地球がひっくり返る如き奇蹟が起こった時は、私は4さいだった。あのときは、壇ノ浦の平家一族のように、道頓堀川に何人も入水したり、カネールおじさんが生け贄として投げ込まれ、そこらじゅうで飲んだくれがダウンしていた。暴動状態寸前という有様で、時の首相も非常事態宣言を宣言したのも記憶に鮮明に残っている。非常事態宣言は嘘だけど。
私は小学校の頃、巨人ファンとなった。これは親父の影響である。親父は、長嶋とかいうお目出度い人の現役時代を知るひとだ。当時の巨人は、中畑や原やクロマティの時代であった。ナベツネとかいう大悪党が、オーナーに就任する少し前のジャイアンツだった。まだ、今の巨人のように、何でもありではなかった時代だ。最も、当時小学生の私を、ナベツネがいかに悪い爺であるかを教える大人もいなかった。
関西というのは実に閉鎖的な文化圏であって、関西において巨人ファンというのは異端以外の何者でもない。東京の邪教である巨人を崇拝する者など、人にあらずと、弾圧が盛んである。例えば、甲子園の一塁側スタンドに巨人のキャップを被って行けば、阪神の狂信者に血祭りに上げられてもおかしくない。その為か、関西の巨人ファンは、孤独と迫害に怯えながら、東京の巨人ファンをよりも熱心に信仰を続ける敬虔な信者が多い。まるで、五島や生月に潜んだ隠れキリシタンのように。
正直に白状するが、そのころ私は野球のルールをまともに理解していなかった。フライだったら、ランナーは元いたベースに戻らないとならない、というルールを知ったのは小学5年生の時だった。知ったときは本当に愕然としたが、そんな有様であるから、敬虔なファンとは言い難い。
私は高校一年に巨人ファンをやめた。私はもう、巨人を讃えることができなくなった。《主》が「メイクドラマ」とかよく判らないことを宣っていたころはまだ我慢することができた。と、いうより「この球団、理念とか無くて、カネの力で何でもありなんじゃ……」という恐ろしい疑問をできるだけ遠くへ押しやっていた。そして、その年巨人に清原が入団した。私はその時、ようやく目が覚めた。これで優勝しなかったら、おかしい。ここまでご無体な拝金主義のあとに、何が残るのか? 当時、体面だけを繕う教師など大人達が大嫌いだった16歳の私は、そんなことを考え巨人ファンをやめた。
そんなわけで、今度は阪神タイガースに宗門替えした。世が世なら、『転び巨人ファン』と迫害を受けるだろう。清原が捨てた阪神は希望があるかもしれない。今年からあの吉田義男監督が就任する。これですぐには無理でも、数年後には優勝したのも同然だ。――甘かった。大いに甘かった。吉田カントク去りし後は、あの数年前までBクラス友達だったヤクルトを優勝に導いた野村カントクだ。あの陰鬱で、老獪なあの方なら、弱い弱い阪神を優勝へと導くかもしれない。――私は大いに甘かった。
ところで、何故阪神がどうしようもなく弱いかという大きな問題がある。選手層の薄さ、『死のロード』と言われる夏の長期遠征(最近は死のロードの心配をする前にシーズンが「終わって」いるけど)、特にマスコミのたいして才能の無い選手を過剰に持ち上げ、彼を天狗にさせその後、大した成績をおさめずに解雇されるなど原因を挙げればいくらでもある。だが、そんなことを些末な問題だ。あんなに問題だらけのナベツネ球団は、日本一の栄誉を得ているではないか。
阪神は違うところに目標があるのではないか。それどころか、選手、フロント、ファン誰も優勝なんてを望んでいないのではないか。阪神だけ、二軍優勝を目標にしているのではないか。そんな疑問は日々私の頭の中を巡る。これは敬虔な阪神ファンと言えない私の迷いなのだろうか。まだまだ修行が足りない為だろうか。
先日、居酒屋で友人達と飲んだ際、ある人が阪神がいかにすばらしいものであるかを語っていた。矢川、福原、クルーズがどれほど優れた選手か彼の口調は熱かった。静岡出身の巨人ファンの男も彼には反論しなかった。
しかし最後に、ふと声のトーンを落として、
「でもな、俺、阪神が本当に優勝するなんて一生無理やと思う……」
私は彼の境地に至っていない。まだまだ修行が足りないのだろう。
(2001/5/23)
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