折々の雑文 第31回

推定無害

折々の雑文 #31

 芸術は「美」を追究する、科学は「真理」を追究する、という例にたとえるなら、法学は「正義」を追究するということになろう。だから、法を学ぶものは、正義を求め、正義を実現する精神を身につけねばならない。
 この原点を忘れた者は、法について語る資格はない。このような人が法を学び、使うことは、むしろ有害でさえある。

――渡辺洋三「法とは何か」(岩波新書)

「ええ裁判長。本件の被告人腹黒間男は無罪であります。検察側の起訴状によりますと、被告人・腹黒間男は編隊出版社長・同穴狢及び、編集人・益垣忠(猥褻物頒布等で現在公判中)と共謀して、青年コミック雑誌『月刊エロマンガ諸島』で『花園保育園』掲載し、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及児童の保護等に関する法律』の7条『児童ポルノ頒布等』違反にあたるとして、平成13年6月23日警視庁神田署に逮捕拘留されました。そして、しかし、弁護側はこの起訴はまったく無効かつ違法なものであると考えます。」

「本件での問題となった、被告人腹黒の描いた漫画『花園保育園』――本件証拠番号え− 12号ですが、この作品が掲載された『エロマンガ諸島5月号』には、最後の部分に『★このマンガに登場する人物はすべて18歳以上です』と編集部による注意書きがついています。」

「これに対して検察の起訴状では、『このような文言は脱法行為と見るべきである』となっていますが、弁護側はこの見解は誤った解釈であると考えます。」

「このマンガを見て私はある違和感を感じました。どうして、この保育園児たちは4歳児のくせに性交したりするのか。主人公のタダシたちは成人である保母にあのような所行におよびのか。単に作者腹黒の歪んだ願望なのか――ちょっと腹黒さん私を睨まないで下さい。私はあなたの為にここに立っているのです。今のは冗談ですよ、冗談――失礼、腹黒が供述調書で語らなかった真相があるのではないか。なぜなら、作者自身が作品の真意を語るのは、あまりにも無粋ではでしょうか。その腹黒が語らなかった真意は何か、私は考え、これではないという。『この作品は現代医療の問題』を論じているのではないかと。」

「それはなにか、ヒントはさっきの『★このマンガに登場する人物はすべて18歳以上です』の編集部による注意書きです。つまり、このマンガに登場する人物は本当に18歳以上なのです。ところが、保母、園長など大人たちと園児を身長やセリフなどで書き分けています。では、何でこうなったか――答は一つしかありません。外科的処置によって園児たちは成長を止められたのです。」

「現代医学は脳死移植、安楽死、クローンなど、我々法律家を悩ませる問題を提示しています。その見解についてここで検察官と論戦を仕掛けるつもりなど毛頭ありません。しかし、現代医学は法律による規制が必要なほど、その可能な行為が広がっています。この問題は、新聞等マスコミでも日常的に論じられています。つまり、医学の進歩による医学の肥大化が問題である、とい認識を被告人はしているわけであります。この作品においては、成長ホルモンの分泌を抑制し、そして園児たちを保育園の中で『飼育』されていると読解すべきでしょう。」

「被告人は漫画家です。彼はいわゆるエロ漫画家ですが、表現者の端くれです。表現行為には体を張っています。だから、彼は逮捕されて拘置所に入れられようが被告人席に座ろうが、平然と己の信念を貫いているのです。」

「もちろん、『花園保育園』の作中そのような行為がもしあるなら、それは絶対に赦されるものでありません。刑法上の傷害罪、民事上の不法行為……しかし、裁判長、検事殿は無論この法廷においでになった傍聴人の方もわかっているでしょう。……裏組織は金のためなら何でもすることは。作者腹黒は、この倫理を失った医療を憂い、このような作品を痛烈な皮肉として制作したのではないでしょうか。」

「その為、このマンガでは園児同士で乱交に耽るだけなく、園長を軟禁状態し、保母を手籠めにするという極悪行為が猥褻な表現ではなく、ごく自然な表現であると思います。もちろん、成人コミックには変わりないでしょう。ただ、小説、漫画等でもっと残酷で猥褻な表現の制作物は大量にあり、この『花園保育園』だけが起訴までされるとは全く理解できません。そんなに幼児がまんぐり返しをするのが、許すべからざる表現なのでしょうか。」

「――以上の論を持ちまして、被告人・腹黒間男は無罪であり、起訴は全く違法なものであり、無効であると……どうしましたか裁判長。裁判長……わっ、大変だ。大変! 誰か誰か救急車を……早くっ!」

(2001/8/12)

←次の雑文へ前の雑文へ→折々の雑文一覧雑文大學表紙