地獄だよ、おっかさん
折々の雑文 #32
地獄の話は僕も餓鬼の頃いろいろ聞かされて当時は恐怖を感じたモノだが、今となるとあんまり恐くは感じない。ところが現役受験生の頃、夏期講習の古典の先生が教えてくれた「刀葉林地獄」と言う地獄は、それはもう大変恐ろしい地獄であった。
念のために説明すると、『淫欲』が元で堕ちる地獄らしく、刀の刃のような葉でできた木のてっぺんに、それはそれは綺麗な女性が立っている。その女性は綺麗な上に淫蕩で、木の下にいる男(つまり地獄に堕ちた人)に「わたしを抱いて」と誘惑する。どうやって誘惑するかは僕は不勉強で知らないが、まあストリップのお姐ちゃんでも想像しよう。脚を広げ、着物をはだけておめ(以下略)。男は必死で木に登る。その木の葉は、刀の刃のようであるから、その葉で血塗れになってしまうが、そんなことにかまっていない。なにしろ、あんな綺麗でいやらしい娘とまぐわうことができるのだから、男は必死である。血塗れになりながら、男はやっと木のてっぺんまで登ると、娘はいない。
すると、木の下にさっきの娘がいる。また、男を誘う淫蕩な表情をして、「どうしてわたしを抱いてくれないの、わたしは貴方にこんなに抱いて欲しいのに」と言う。
男はまた刃のなかを必死で下る。その結果は言わずもがなである。これが無限に続く。なんと恐ろしい地獄であろうか。これを思いついた閻魔大王あたりは、早急にビジネスモデル特許申請をすべきである。そりゃもう日本の風俗産業から莫大な特許料をせしめられるだろう。そんな大変恐ろしい刀葉林地獄であるが、よくよく考えたら、現世の男どもは殆どこの地獄と同じ有様ではないか。女の子とセクスするために心ならずもウソをついたり、テイファニーのオープンハートを買ったりして必死に求愛する。最近いるのかどうかは知らないが、援交オヤジなどはもう刀葉林地獄にどっぷりと浸かった凄みが感じられる。ええ年したオッサンが、小娘に金銭をあたえるのだ。もう何かの羞恥プレイ以外の何者でもない。そんなふうにしてやっと本懐を遂げたとしても、我々はスズムシのように、メスに捕食されるわけではないので、またやらしてもらうために貢いだり心にもないことを言ったりして……もう地獄である。
しかも、年ごろの男というのは古今東西のいろんなひとの文にあるとおり、それはもう女の子とセクスすることで頭がいっぱいである。地獄である。残念ながら、わたくしもそうであってそりゃもう大変であります。他に僕の頭を占領していることと言えば……食い物と睡眠とギャンブル一般で、こんな人間があと一二年したら、シャカイに放り出されるのか。こんなんでいいのかなあ……。
我々は刀葉林地獄を生きている。これは僕の周囲の男たちも同様で、みんな同じことを考えているものだ。例えば、男二人で酒を呑んでいて、片方が女友達からメールが入ってきた。すると彼は返事なんか書き始める。もう一方はどうも言い気がしない。そこでもう一方は酔った手前、イタズラをしたくなる。彼の携帯を取り上げて、その女友達に「やらせろ」と書いたメールを打電する。刀葉林地獄に生きる哀れな人間のなせる技だ。それを知った片方は愕然として、それから急いで女友達に電話をかける。あの子に謝っておかないと。奴をシメるのはその後だ。
「ゴメン、ゴメン。今ツレと酒呑んでいて、ツレが酔って勝手にメール打ってん。おれちゃうで、気にせへんとってな。ごめんな〜」
「ふーん、わかった。別に気にしてないし」
片方は上手くやり過ごしたが、大体頻繁にメールのやりとりをする女友達なんて、彼の心の奥底ではセクスしたいと考えてるのだから、どうも説得力がない。その女の子も「そういえば、あいつ最近あたしの胸ばっかり見とったなあ……気を付けよう」と思い、節操を守る本能が働き彼の野望はもろくも崩れ去る。ああ残念無念。そんなわけでこの世は地獄である。証明終わり。ところで、一番の問題はその女友達に真っ昼間から酒を呑んでいるのがバレることなんだけど。
(2001/8/16)
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