折々の雑文 第36回

夢の続き

折々の雑文 #36

 こんな夢を見た。
 目の前に髪の長い綺麗な女性がいる。彼女の顔を一目見たときに、僕はハッと気付いた。これはあの夢の続きなんだ。
「久しぶりね。元気してた?」
 彼女は微笑む。僕も微笑んだ。ところで、ええとどんな夢だったけ。同じゼミの久保純子に似たあの子を口説いてベッドに誘い、いざ脱がしたら、貞操帯を付けていた夢ではないことは確かなのだが。目の前にいる女性は、『謎の美女』と注意書きが張られているように、絵に描いたような謎の美女だ。思い出せない。取り敢えず、僕は「うん久しぶりやね」とか適当に相づちをうつ。僕は日常、人の名前を覚えるのが苦手で、人の名前を思い出せないまま、適当に会話を続けることがよくある。名前なんかひとの識別記号であって、そのひとの本質ではない。だが、これは『夢の続き』であるはずなのに、肝心な前見た夢が思い出せない。

 立ち話もどうかという事になり、小綺麗な喫茶店でお茶をする事になった。僕も彼女もブレンドコーヒーをオーダーした。彼女は確か前見た夢で、コーヒーが好きだと言ったような気がする。しばらくして、ちっとも可愛くないウエイトレスが二つのコーヒーカップを運んできた。いやに早い店だ。この店のコーヒーカップは高そうものだった。よく見たらテーブルや椅子すら結構な調度品だ。何も考えず入ったこの店は高級店らしい。僕は例によって女性の前では、何が何でもしゃべらなければいけないと思い、「最近、貧乏やからドトールとか安いところしか行ってないから緊張するわ」とかドトールの話や、スタバはどうしてあんなに甘いのかとか、そんなことを彼女に話していた。他にもいろんなことを話した。僕の彼女へのトークは、いつになく冴え渡っていた。このおなごはおれに惚るなとすら思った。だけど、彼女は前見た夢の話と思われる会話をしようとしていた。その為、僕は意識的に話題をはぐらかした。まだ前見た夢の内容を思い出していていない。そのうちに、僕のコーヒーカップに並々とつがれていたはずの黒い液体は、既に消え去っていた。朝、寝ぼけまなこの状態で飲むコーヒーの感覚に近い。まだ前見た夢の内容を思い出せない。

 話題が途切れてくると、彼女はバッグからメンソールの煙草を取り出し火を付けた。銘柄は知らないが、あの「勃たなくなる」と噂の細いやつだ。僕も煙草を吸おうと思ったけど、ポケットには何も入ってなかった。彼女の細い煙草を一本頂いて、肺に紫煙を吸い込んだ。煙草を吸いながら、僕は懸命に前の夢の内容を思い出そうとしたが、何故かどうしても思い出せない。

「ところでさ、君に前会ったとき、どんな事があったか覚えてる?」
 とうとう僕は思い切って訊いてみた。
「え、君覚えてないの?」
「……」
 しまった、こういう訊き方は拙かったと気付いたときはもう遅かった。彼女の答は、手品師のように出されて僕に向けられた拳銃だった。彼女は笑った。結局、僕は銃口が火を吹くその瞬間すら、何の夢の続きか思い出せなかった。

(2001/11/2)

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