折々の雑文 第37回

性と死の幻想

折々の雑文 #37

 この意味ありげな題名は、今キース・ジャレットの「生と死の幻想(Death And The Flower)」を聞きながら書いているだけで、特に意味はない。僕はまれにジャズを聴きたくてしょうがない時がある。そこでなけなしの金を叩いて、岩肌に手折られたバラが一本というジャケットが気に入ったこのアルバムを購入した。そして買ってから、ずっと聞いているんだけど、これなかなかいいんですよ。原題が"Death And Flower"これは名訳なんじゃないのかな。最近のテロとテキサスの田舎もん藪大統領さんのおかげで、再評価されつつある、キューブリックの大傑作"Dr. StrangeLove"(正式名称はもっと長い)を『博士の異常な愛情』と訳したようにすばらしい。ちなみに「博士〜」は誤訳らしく、「異常愛博士」とでも訳した方が正確なんだそうだ。

 んで、曲自体はなんというか、簡単にいうと、「よくわかんない」。これじゃあ、いやしくもネット場で駄文を垂れながしている者として申し訳ないので、精一杯比喩を使って表現するなら、
「西洋人がニューギニアの奥地の部族が祭礼用に使う幻覚キノコを食って、バッドトリップして地獄や悪魔を見ながら、部族の娘を口説いて村人に追いかけられる22分52秒の大作」。
 ってさらによくわからないか。パーカッション、ピアノ、サックスが絡まりあってもうめちゃくちゃで、そして最後にはなんか知らないけど、感動の大団円。楽器が無秩序に演奏されているようで、徹底的な計算されているような曲だ。これ以上僕の素人に産毛が生えた程度の知識で解説を垂れても、それは僕にとって羞恥プレイに近いのでやめておく。曲の詳細を知りたくば、グーグルにでも飛んでおくれ。ただ、ちょっと格好いいから使ってみた。それにホントに「生と死の幻想」というタイトルが相応しい雑文を書こうしたなら、絶対学友にお見せしてはならないような、ドロドロ鬱雑文になるからやめたほうが賢明だ。

 ちなみに雑文界隈にキース某氏という立派な人がいますが、ずっとかれのキースってキース・ジャレットから来ていると思っていましたが、違うようです。キースの綴り(Keith)はこっちのキース(Keith Jarrett)さんと同じですが、違います。キース某さんのキースは、ロッカーである別のキース・リチャードさんから拝借してものと考えられます。それを証拠に、「マイルスがうんたら」「コルトレーンがソロがうんたら」とかジャズについて書かれた作文はない。

 閑話休題。ところで、ジャズとロックには共通点がある。ドラッグとかセクスとか牛丼やカレーで堕落してジサツして伝説になったりする。むろん文学でもこういうやつがいるが、やはりビジュアル的にミュージシャンの方がインパクトが強い。sex, drug, rock and roll!! である。シェケナベィベェーである。ツイス(以下略)。

 そりゃジサツはともかく、交通事故死とか腹上死とかどっかの軒先で野垂れ死んじまえば、こりゃどうもこうもご祝儀で伝説にせざる得ない。それに、ミュージシャンには「解散」という必殺技がある。「音楽性の相違」ちうやつだ。そもそも、メンバーに音楽性の違いがあるからバンドの多様性が出てくると思うのだが。それを認めないならみんな一人でしこしこスタジオ籠もるでしょうって、真面目に考えるべきじゃないね。ゴメンゴメン。もっと単純にお前とはもうウンザリだってことなんでしょうね。

 そこでやっと本題に入りますが、僕として世間の皆様に提案がございます。この日本国は僕が小学校高学年の時以来、ずっと「不景気」ということになっています。『失われた十年』である。日々新聞の経済欄や社会欄を読んでいると、『会社再生法適用』『事実上倒産』『業務縮小』『赤字』『損益増える』『岸部シロー』『野村脱税』『熟女乱れる』一部は週刊誌の広告からの引用だが、朝から読むには暗い気分になる見出しばかりである。これでは、僕のような年中「鬱堕詩脳」とかいってるダメ人間と変わらんではありませんか。

 これだからダメなのだ、と僕は言いたい。会社経営とは、刺すか刺されるかの世界であって、少しでも弱気になればダメだと思う。常に強気だった日栄前社長は、道徳的な非難やマスコミを怒らせたことは大ミスだったが、経営者としてあの態度は正しかった。
 そこで僕の提案は、これからの経営者は「ロッカーの論理」を持ち込んで欲しい。

「黒河社長、益垣興産株式会社が会社更生法適用に至った経緯は?」
 皮のコートを着て、全員サングラスをかけて記者会見に望んだ取締役たちの中で、中央の席に座った横柄な男は、会見に参加した記者たちを一目してから、低い声を出した。
「債権者たちとの音楽性の相違だ」
 ロックバンドの基本です。
「もう俺たち、走るのに疲れてきたんだ」
 ロックである。もっと正確にいうなら、債権者たちから逃げるのに疲れたということである。
「総会屋とのやりとりをしてももう互いに得られるものが無くなったんだ」
 ロックである。総会屋に利益を供与などすればもう立派な商法違反だ。刑法では背任罪。しかも、取締役には“特別”背任罪が付くぞ。「任に背く」という意味の背任罪など、かなりロックではないか。しかも総会屋は海外には無い。日本人にしか出来ないロックである。ドラッグ如きで、騒いでいる本職の連中を越えてしまったではないか。

 そんなわけで日本国の経営陣の皆様は、ロックの道を究めればよろしい。社長ロック万歳。

(2001/11/26)

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