勝者たちの部屋
折々の雑文 #39
その部屋には勝者たちが集められる。
勝者を組織はこう呼ぶ。『優良運転者』。どうも、私は優良運転者らしい。原付免許をのみを持つ私にも、免許更新の時期が訪れた。私は1月生まれの人間だから大変である。そもそも、1月生まれの人間は損が多い。私はガキの頃から、誕生日のプレゼントはクリスマスプレゼントで相殺され、口惜しい思いをしたものだ。そしてオトナになると、この年末に免許更新である。こんなクソ忙しい師走なのに、たまったもんじゃない。二月ごろにイタしたわが両親を小一時間問いつめたいものである。午前11時過ぎの門真の運転免許試験場は、予想より人がまばらだった。前日2時まで呑んでいた為か、酒が残っている感じがする。試験場前の広場にはベンチがあり、午後の講習待ちの人たちが、昼食を食べていた。私がそこを通り過ぎるとき、注目すべき会話を耳にした。
「あーあかんかったわ。あと一問あってたらなあ」
若い男おそらく、高校生が携帯電話をかけていた。会話から察すに原付免許落ちたに違いない。その少年はその挫折を紛らわすために、連れに電話をしているのだろう。少年の顔は引きつっていた。少年よ、君はこれからの人生を「原付試験を落ちた人間」として生きて行かねばならぬ。確かに、これはとても辛い。でも強く生きてくれ。おっちゃんからのお願いだ。館内に入ると、私はカウンターごとの移動は全て走った。時刻は11時半過ぎ。こいつら公務員だから、メシの時間きっちり取る筈だ。午後に回されたらたまらない。私だって、忙しいんだ。視力検査も最近メガネを新調したので、余裕で突破した。一連の手続きが終わると、問題の写真撮影待ちである。
今の私の免許写真の顔は、一言で表現するなら『少年A、17歳の心の闇』である。しかも『人を殺してみたかった』とか『バスジャック』とか『風呂のぞき』と言ったダメな見出しが付きそうなほど少年Aである。それどころか、悪友M君がワイドショーの取材で「いつかこんな事をする奴だと思ってたんですよ」としたり顔で答える様まで容易に想像できる。せめて、業務上横領とか背任とか詐欺とかアタマの良さそうな犯罪で、「真面目な人だと思ってのに」ぐらいにはなりたい。そのような理由で私は緊張していた。前の鏡で寝癖をチェックして。シャツの襟にも気をつけて。
「はい、そのカメラを見て」
係りのオッサンが言う。おそらく私の今年の年収(40万前後)を遊に越えるであろう、奇妙なカタチをした大型デジカメのレンズを私は睨んだ。無論私の年収を越えそうなほど高そうなカメラのレンズであっても、Nikkorや「美しい嘘をつく」と言われるCarl Zeissとかカメラオタクを喜ばす表記をしていなかった。ただのどこの骨とも判らぬレンズであった。私はそのレンズの前で自分の一番マシだと思う表情になるよう注意した。
「はい、撮影終わりました。第四講習室に行ってください」
撮影が終わったようだった。私は別館の第四講習室に急いだ。講習時間は30分。普通は2時間であるから、ありがたいというべきであろう。第四講習室は、大学の大教室のような固定された椅子が備え付けられていた。教室には2割ほどの入りであった。5分前には初老の教官が現れ、時間が来ると、教官は開口一番、こう言った。私は仰天した。
「優良運転者の皆様こんにちは」
ほとんど講習者の動きが止まった。彼らも仰天したに違いない。
「皆様は、常に模範的な運転をしていただきありがとうございます。これより優良ドライバーでいらっしゃる皆様には当然の事とは思いますが、確認の意味で30分ほど講習を行いたいと思います。では始めに『交通の教則』を(以下数百字割愛)」
教官は、信じられないくらい丁寧な口調だった。ゴールドカード一直進の枯れたオッサンはともかく、初めて優良運転者は彼らの変わり身に一様に驚いているようだった。確かに原付講習では高校生相手に「お前らみたいなんが、ヘルメット被らず事故って頭打って死ぬんじゃボケが」という意の有り難い訓辞を頂戴したというのに。その後も教官はあくまで丁寧な口調でだった。逆に薄気味が悪い。やはり奴らには、「お前ら、こうやって優良ドライバーヅラしとるけど、おまえらだってスピード違反とか酒気帯び運転とかしてるやろ。バレてへんと思って警察舐めるなボケが。いつかシッポつかんだるからな! 首洗って待ってろゴルア!」ぐらい言って欲しい。これでこそ警察である。その後のビデオ講習でも、モニタに映った綺麗なお姉さんも「優良運転者の皆様、こんにちは」であった。だいたい原付免許のみの私にはあまり関係のない内容だ。私はそんなビデオそっちのけで、今の我々の状態をどう表現するか思案を巡らした。そうだ。
「勝ち組」
勝ち組である。私は少し嬉しくなってきた。そもそも、勝ち組というのはようするに業界ごとにひと括りするために使う言葉であるから、そんなに一喜一憂する必要もないと思う。だいたい私は確かに優良運転者だが、原動機付き自転車の制限速度(時速30km/h)を守っていない。っていうか守れない。45〜50km/hは平気で出している。つまりいつ捕まってもおかしくない状態だ。このように、もっと細かい分析が出来ないのが実状ではあるけど、「勝ち組」「負け組」など業績でしか判断していない荒っぽいもの指針に過ぎない。それに、そろそろ栄枯盛衰の法則に則って、「勝ち組」と言われた企業の業績が悪化するころであろう。そして日経あたりが「負け組転落」「新勝ち組」とか書き散らすのだろう。カリスマ美容師を囃し立て、貶して儲けたブンヤ連中らしい発想だ。最も、人生の多くの分野において負け組の私はなにも言えたものでない。こんな金にもならぬ事を考えていたら、講習は終わっていた。いよいよ新しい免許証を渡されて、お帰りと言うわけだ。しばらくして、黒河さんと私に声がかかった。はいはい、どうもどうも。次回は平成17年で今度更新したら、いよいよゴールドカードだ。無理だろうけど。
写真を見た。……メガネが微妙にズレていた。ううう写真の俺、負け組っぽい。(2001/12/23)
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