千と親父の金隠し
折々の雑文 #41
ハタチを過ぎ齢も二十一ともなるとさすがの僕も「将来の夢は?」と聞かれても「ぷろさっかー選手」とか「メロンを沢山食べたい」や「世界征服してハーレムを作る」と言ったあんまり頭のよろしくない答えをしなくなった。これが「オトナになる」と言うことなのだろうか。それなら、少し悲しいことかもしれない。
しかし、三、四十にもなって、「プロ野球選手になりたいです」や「僕は詩人になるんだっ」とか言っていたら、それはそれでちょっとどうかと思う。おそらく馬鹿でかい夢を主張してもいいのは、二十代前半が限度なのだろう。そこで、今回は二十歳にして夢見る男の子について綴ってみたい。彼は野望に燃えるベンチャー起業家である。そのベンチャーのタマゴを仮にマイルドセブン・エンタープライズと呼ぶことにして、書き出してみたいと思う。
マイルドセブンの事務所は、在阪某私鉄沿線の準急停車駅徒歩三十秒にある。徒歩三十秒というのは、改札口を出たすぐ真向かいのビルである。超一等地と呼んでも差し支えがないかというとそうでもない。梅田などからだいぶ離れた衛星都市の駅で、またそのビル自体が凄まじいものだった。マイルドセブンは最上階の4階を事務所を構えているのだが、築三十年は超えたこの建物は設計が滅茶苦茶で、階段の一段の奥行きが二十センチほどしかない上にやたら急な階段であった。その様態が訪問者に、不吉な予感を与えて余りある。また、階段自体も最上階までには、中途半端な螺旋を描き、訪問者は設計者の頭の中身に重大な疑念を抱くのも無理がない。ビルの入居者は、マイルドセブンの他には、炉端焼きと不動産とスナックと歯医者が入居している。
そのマイルドセブンは新年から本格始動するらしい。僕と悪友Mはこれは新年挨拶をせねばならぬ、と色めきたった。まず、挨拶には手土産が必要である。これがシャカイジンのマナーである。僕はセブンスターの代表と目される人物の三矢サイダーで割ったら、どんな酒でも飲めるという特技を知っているので、三矢サイダーを近くのスーパー購入した。特売らしく、二百円弱だった。
しかし、彼と会う段階となっておおきな問題が生じた。日曜なので、歯医者は休業でビルの階段のシャッターが降りていた。仕方なく、アポ無し突撃取材を断念し、マイルドセブン代表に電話で連絡を取った。代表は、「今、棚買いに行ってるねん。五時頃に帰るわ」と言った。それまでの暇に悪友Mは、僕の三矢サイダーを指し「それはいくら何でも拙いやろ」と言って、わざわざイズミヤまで行って、月桂冠の箱入りの小瓶を購入し熨斗紙までつけてもらった。それでも特売の三百円強で、どんぐりの背比べであることは否定できない。さあこれで、準備は整った。
が、五時前ですら閉まっていた。代表はまだ、本社にいない。それから近くのパチンコ屋で暇を潰したが、それでも帰ってこない。結局、彼が帰社したのは七時を過ぎたころだった。とにかく寒かった。「あいつ社長より、社会人失格だ」と毒づいても寒かった。ホンダライフから出てきた、マイルドセブン代表は、僕らをみるなり、「待たせたな」と挨拶をした。
最上階の事務所に通された僕らは、早速新年の挨拶と手土産を渡した。M君は「この酒、高かったぞ」と一言つけ加えて日本酒を渡した。代表はそれよりも、僕が渡した三矢サイダーに興味があるようだ。代表は「ありがとう、冷蔵庫に入れとくわ」と僕に礼を言った。
事務所は予想より広く、畳八畳分以上あるだろう。また開業した間もないためか、事務机も少ししかなく、余計広く見えた。しかし、事務所の端にそれなりの値段がしそうなFAX兼コピー機を見て驚いた。
「これ高いやろ?」
と僕が聞くと、
「ああ。これな親父の」
「親父?」
「不動産業やってる親父はここで仕事することは一日一時間もないけど、便宜上、連絡用に電話とFAXを置いてるだけや」
親父と兼用で借りるなら、疑問であった、保証などヤヤコシイ問題を切り抜ける事が出来るだろう。「ここの家賃っていくらなん?」
悪友Mがソファに座りながら、代表に聞いた。
「それは教えられへん」
「ここうちの親父と一緒に借りていることになるけど、家賃はオレとマイルドセブンを立ち上げる仲間で払うことになってるねん。折半したらかなり安くなるやろ?」
なるほど。はじめは自分たちで出資するのか。となりの何故か悪友M半笑いだった。きっとロクでも無い発見があったのだろう。「このマイルドセブンって、会社登記したの?」
僕は質問を続けた。
「まだ。でもな、有限会社設立は三百万円やん。三人が百万円ずつ持ち寄ったらすぐ出来るから、急いでない。車買うと思ったら、それぐらいするやろ」
確かにそうである。でも、僕なら車の方がいいなあ。まだ普通免許を持っていないが。「ところで、これからどんなことやって儲けていくの?」
と僕が聞くと、代表は「ベンチャー起業家セミナー」でもいったのだろうか。TSUTAYAを例に出し、レンタルビジネスの新たな可能性をとうとうと語っておられた。
「でも、そんなしよう思たら、かなり金いるやん」
「そうや。だからとりあえず、今年はパソコンゲームソフトを作ろうと思っているんや。これやったら、あまり金かけなくともできるやろ」
「おお。ジャンルは?」
「エロげー」* * *「腹黒、お前わかったやろ」
悪友Mは、事務所を出ると、僕に話しかけてきた。僕には何の意図か解らなかった。
「鈍い奴やな。お前、税務署のバイトしてたんやからな、気付けよ。親父さんの税金対策や。もっと言うたら脱税や」
僕は、Mの推理に驚いた。僕は情けないことに、全く思いつかなかった。
「あの出資金が一人月二万円だったとしたら、四人で八万円。これが一年なら九十六万。あそこの家賃が十万円やったとしてもあいつの親父は、月二万円だけ払えばいい。――そしてここからが重要や。確定申告には親父が払ってることで申告する。つまり必要経費で所得から外されるんや。家賃を代わりに払ってもらう上に、脱税。いや、あいつの親父考えたわ」
悪友Mはそうつけ加えた。これが脱税行為になるかは僕は、税法を真面目に勉強した事がないのではっきりとは言えない。確かに、所得隠しはこれで出来そうである。なんと老獪な父であろうか。息子の野望を利用し、また家賃の大部分を払わせた上に税金対策とは。僕が彼にアドバイスすることができるなら、一言だけ述べたい。
青年よ、老獪な父を越えよ。(2002/2/4)
※この雑文はフィクションです。また、任意団体マイルドセブンには、特定のモデルはいません。いませんたら、いません。
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