折々の雑文 第43回

女教師の体温

折々の雑文 #43

 ずいぶんとセンセーショナルな題名を付けましたが、学友の皆様の期待するような、「先生、ボクここが苦しくて勉強どころじゃありませ〜ん(以下略)」といったそういう話ではないです。ゴメンナサイ。少し前に茶川さん主催のチャットで、「僕は、高校時代、女教師に抱きしめられたことがあるんですよ」という趣旨の発言をしたら、是非詳細を話せ、と言われこれからその話を綴っていくわけです。けど、あんまり良い思い出ではないです。というか、僕の人生で最悪の瞬間のひとつで、できれば思い出したくもないものです。その先生がもうお子さんがいる年の人でした。猪木ぐらい顎のしゃくれた先生で、口の悪い連中は「女猪木」と呼んでました。みなさんお元気ですかー、あんだ馬鹿野郎とお約束はこれぐらいにして、ここからはちょっと、書くにはアルコールのチカラが必要なので、台所でウイスキーでも引っかけてきます。

 はいはい、程良くアルコールを注入したので、話を進めましょう。
 僕たちの世代から普通科の高校でも、男子も家庭科の調理実習が義務づけられました。それで、男どももエプロンを付けて、サワラの煮付けやらビーフストロガノフやらを調理して食って、「おいしかった」とかいい加減なレポートを作成するのです。その調理実習で僕は大失敗をやらかしました。

 僕がやらかした失敗は、ガス炊飯器の種火が付いているのを確認せずに放っておいた為に、周りがご飯が炊けた頃に炊飯器の蓋を開けてみると水に浸った米がそのままだったことです。今になって考えると、ほかの班員も確認しておかないのが悪いのですが全責任は僕にあるようです。聞いてないって。それで一緒の班だった不良君に散々罵倒された訳です。こやつは僕が前から僕が気に入らなかったらしく、ここぞとばかりに虐められたのですが、僕はただ耐えていました。先生は止めましたが、不良君は聞くはずがないです。よく一方的に虐められいる子に「何故反撃しない?」という奴がいるが、そんなこと出来るはずがない。耐える方が、気持ち的には抵抗するより楽なんです。それにその時僕の出来た反撃はただ一つ、調理実習の為手元にあった包丁でした。当時から少年犯罪が世間を賑わせていて、17歳だった僕もそのひとつになっていたかもしれません。これをあいつに刺して解決できます? そんなはずはない。

 罵倒されながら、僕とその不良君と他2人は遅れて試食をしました。やっと炊けたご飯も作ったおかずも酷く不味く、また食事するには最悪の環境でした。もちろん、散々言われました。その後の後片付けでも罵倒され、僕はとうとう泣きながら片付けました。屈辱的でした。それでも涙が止まりませんでした。

 ようやく解放された僕はトイレで顔を洗いました。涙と鼻水はようやく止まり、なんとか取り繕うことが出来ると思いトイレを出ると先生がいました。先生は心配そうな顔をしていました。先生が「大丈夫?」と言いました。僕は「迷惑かけてスイマセン」と言うと、先生は感極まったのかいきなり僕を抱きしめて、
「あなたが、悪いんじゃない」
 と言いました。僕は先生に抱きしめれた驚きと、廊下だから、誰か知り合いに見られてたんじゃないかという事が気になりました。それから、先生の体温が性的な意味でなく心地良く感じました。子供が母の胸で泣きじゃくる安心感と書けばよいでしょうか。それでも僕は変に真面目な人で、「いや、僕が全部悪いんです。……僕が」と言っていると、また涙が出てきました。それからしばらくしてこの状態に照れくさくなった僕は、「大丈夫です」と言って先生から離れた。ちっとも大丈夫とは言えなかったけど。

 一刻も早く家に帰りたかった。近道の淀川の堤防沿いの道で帰った。空は冬なのに呆れるような青空で、春のような陽気だったが、僕にはちっとも嬉しくなかった。家に帰ると、当時の担任のシゲヲから電話が掛かってきて「今日、いろいろあったそうやな。でも、明日からもちゃんと学校に来てくれよ」という趣旨の電話がありました。僕は曖昧に答えて、すぐに電話を切った。

 先生、僕は先生に抱きしめれたあのときから、他の女性に先生の体温のような「母性」を求めさまよったままです。……ちょっと、カッコつけすぎましたね。正確には、都合よくやらせてくれる女の子のケツを追っかけてさまよったままです。スイマセン。

(2002/2/25)

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