今週(
10/1)の雑学大学は、西本晃二さんの「仏教とキリスト教の比較」でした。西本さんは政策研究大学院教授でありますが、元東京大学文学部部長、元ローマ日本文化館館長などを歴任、東西の文化を実証的に比較するなかで得られた歴史的経緯や、思想や哲学について、鋭い切り口で分析されました。この日、吉祥寺村立雑学大学満二十一年目に相応しい記念講演でした。
イタリヤの詩人ダンテ(
1265〜1321)が、神曲という作品を残している。ダンテが若いときに、ベアトリーチェという早世した女性と恋仲になる。フィレンツエの町の勢力争いに巻き込まれ、追放されたダンテは、死ぬまで町に戻ることはできなかった。世の中の醜い争いに巻き込まれてしまったことを、「迷いの森」にさ迷うという言葉で、象徴した。
「迷いの森」に迷いこんだダンテは、地獄へ行き、次いで煉獄へ向う。そのあと天国に昇るが、そこで恋人だったベアトリーチェに出会う。そして地上へ戻るという筋である。その話の中には、地獄と、煉獄の描写と天国の描写がある。仏教にもそれに似た考え方がある。源信という僧(恵心僧都・
10世紀・平安朝)が、往生要集(985)のなかで弥陀の名号について述べている。
弥陀の本願(阿弥陀様が願をかけられた)は、この末世の中で迷っている人がいる。その迷っている人たちが、信心の心を起こして自分の名前(すなわち阿弥陀仏)を三度と唱えて、なお救うことが出来なかったら、私は仏ではないという願である。しかし誰が何をしても救うということではない。世の中の金や権力とか、色恋の欲に囚われているうちは救えないと思う。しかし、自分の行いの罪深さを自覚したとき信心の心が起こる。
信心の心が起こったときに、どうすれば自分が救いの途に向かえるかという求道の心に繋げることができるか。もちろんお釈迦様が説かれた難しい教えを、しっかり勉強して、正しく実行するのが最も良い方法(=聖道門)だが、それは誰にでも出来ることではない。それに対して念仏「南無阿弥陀仏」を唱える易行(いぎょう)というやり方でも、救われる。
「南無阿弥陀仏」は南無と、阿弥陀仏は分けて唱えるのが本来である。「南無妙法蓮華経」も、しかり、南無
妙法 蓮華経とならなければならない。「南無」とは、サンスクリット語で、「信じる」という意味である。「妙法」とは「尊い教えを説いている法」。その理を説いている「蓮華経」を信じます(=南無)となる。
というと、いかにも知識をひけらかしているようでヒョッとすると、こういうのがさっきの「聖道門」かも知れないのだが、ともかく難しいことはいわずに、ただ「ナンマイダー」とか「なむみょうほうれんげきょう」と、一気に言ってもいい。ただし、寝る前のムニャムニャの呪文ではなく、本当に悩みを仏に救って戴きたいという気持ちで一心に唱えればそれで十分である、というのが「易行」の考え方である。
「念仏衆」なども同じ考えである。「時宗」は、「踊り念仏」ともいい、踊っている間にある陶酔現象が起きて、だんだん雑念が消え、純粋に仏のことだけを思うようになる。「南無妙法蓮華経」の太鼓のドンツクも同じ意味を持っている。法華宗は、日蓮宗ともいうが、日蓮は仏の教え取り継いでいるだけで、教義の書「蓮華経」が有り難いのである。
と、いうようなことを言い出した源信という人は、じつは非常な勉強家で、中国の天台山に難しい仏教上の問題について質問状を送ったが、中国側では返事ができなくて、日本にも大変な学問のある僧がいるものだと、感心されたほどの人物である。源信は修業によって知識を積みながらも、それを全てであるとはせず、「南無阿弥陀仏」と唱えることの大切さを説いている。
空海、最澄は、それより百年くらい前の遣唐使に加わって中国に渡った人達である。ちょうどその頃に、唐の国にはインドから密教(タントラ)という宗派が入ってきている。大日如来を中心とする考えを持つ宗派である。いっぽうスリランカとかタイ、ビルマの部派仏教(=小乗仏教)は戒律を厳しく重んじるのに対して、大乗仏教は哲学的で難解なところがあるが、はじめからすべての人間を救うという思想が中心である。ここでちょっと補足を付け加えておかなければならない。部派仏教(=テラヴァダ)を「小乗」(=ヒナヤナ)と呼ぶのは、「大乗」(=マハヤナ)の勝手な貶めた呼び名であって正しくない。大乗では、大きな車に誰でも乗せて極楽浄土へ行くことが出来る。小乗仏教は理論をきちんと極めた人だけが涅槃(ねはん)に入れる、という考えの違いがあるのだと、大乗側が言っている。しかし、大乗側にも、念仏を三回唱えれば誰でも救われるというような、安易さの欠点がある。法然上人は「悪人でも念仏を唱えれば救われる。いわんや善人おや」と言われた。
ところが法然の弟子の親鸞、親鸞も大変な勉強家だったが、ちょっと「オタク」的な傾向のある人だったので、「もしも自分が法然上人の教えに騙されて地獄に落ちることになっても、それで本望だ」というほど法然上人に傾倒した。その親鸞は先生の法然のいったことをヒックリ返しにして、「善人だって念仏を唱えれば救われる。いわんや悪人おや」という。ただし親鸞は、「人間はみな悪人だ」という前提で法を説いている。
つまり、自分が善人だと思っている者は自己満足の塊だから度し難いが、その連中でも「南無阿弥陀仏」と三回唱えることで救われる。だから、まして悪人だと思っている人間においておや」と言った。もっとも、三回唱えるだけでは駄目で、このあと決して悪いことはしないと、心に誓わないと救われない。
「自分が、初めから足りないと思っている人間の後悔は、自分は善いのだと思っている人の後悔より、ずっと深い」と親鸞は言うのである。このような経過を辿って、大乗仏教は日本中に広がった。逆に戒律の厳しい小乗仏教は、奈良八宗の中では主流だったが、閉鎖的であったためもあって、日本中には広がり得なかった。
ここで、話を整理すると、大乗仏教が広がることにより、源信、法然、親鸞が出る一方、異色の日蓮が出た。また武士には、ヨーガの一種である「禅」が歓迎されるといった具合である。日本的仏教は真宗、日蓮宗、禅宗の三つが主流となったのである。それは十二世紀から十四世紀にかけて、日本に根付いていった。
それ以前の日本の仏教は、聖徳太子がやったように、政治の道具として利用された。東大寺建設は国家の権威の象徴であり、国分寺は国家宗教の宣伝と普及の目的で建立された。当時は僧になることは、今日の国家公務員になることに等しかった。まず僧になるためには、「得度」という試験に通らなければならない。
しかし、試験を受けるために、幾つかの戒壇を持つ寺院で修行しなければならない。たとえば東大寺の中にある、鑑真和上の戒壇院で戒律を学んでから「得度」という試験を受けて、合格すれば僧になれる。空海は讃岐の金毘羅様の近くの出身で、「私度僧(私立の各種学校の出身者のようなもの)」であった。
いわば勝手に僧になった存在である。遣唐使に加わって唐に渡るに際しても、得度僧である最澄は国費留学生であるが、空海は雑役夫のような形で随行した。国費留学生の留学期限は一年間であるから、最澄は一年で帰ってきたが、空海は自由な立場だから三年余も滞在できた。その間に恵果という真言宗の高僧に認められ、奥義を伝授された。そして、帰国して高野山を開いた。最澄は比叡山の開祖となった。
このようにしてそれぞれの流派が発生していくが、戒壇を持つことは、寺院にとって極めて重要な要素であった。戒壇を持っていると、「得度」試験の合否を判定することができる立場で、政治的にも優位に立つことができた。とはいっても時は移って、世は武家政治の時代となり、幕府が京都から鎌倉に移るにつれ、「得度」の必要性は薄れる。そこで日本的な仏教が、この辺りから興ってくることになる。それ以前は、唐から渡ってきた仏教を利用して政治を行おうとした傾向が強いが、その終わりの頃に、源信等が現れた。
冒頭の地獄と極楽の話に戻るが、ダンテの神曲にある地獄と、源信の地獄を比較すると非常に面白い。地獄は色々あるが、阿鼻叫喚地獄とか、針の地獄や血の海、赤銅の坩堝など、責め苦の種類が西ヨーロッパの地獄にも同じようなものが出てくる。
キリスト教と仏教を比べるときのポイントは、両者とも世界宗教であるという共通点である。世界宗教とは、教えの基本に人種や地域とか、階級、男女などを区別しないという約束がある宗教である。それに対して、たとえば日本の神道などは、日本の中にしか通用しない。天皇が神であるといっても、日本人以外では、世界の誰が信じるだろうか。
儒教も同じこと。孔子が宗祖だといってみても、中国および中国の影響力下の国々でしか通用しない。わが国では一時期、徳川幕府が体制維持のために、儒教を政治的に利用することを考えて、儒教や、そして儒学の中でも特別な一派である朱子学の普及を試みたが、明治維新による政治体制の崩壊とともに、それらも力をなくしている。
ユダヤ教は、これまたエホバの神を信じるユダヤ人にしか通用しない民族宗教である。この宗教は、太古にエホバとユダヤ民族が契約をしたことから発している。ユダヤ人はアラビヤ方面で遊牧や交易(行商)を生活の業としてしていた。周りにいて、交易をする相手の部族も、自分達と同様に移動する生活をしているから、決めたことを守るという契約観念が発達している。
ユダヤ教のお経に当たるのが、旧約聖書である。この中に契約という言葉が、しばしば現れる。ユダヤ教の神とユダヤ人は「ユダヤ教の教えを守る」という契約をするから、ユダヤの神はユダヤ人を助けて、ほかの民族を打ち破り、ユダヤ人は幸せになれる。しかし、人間は神が決めた戒律を破ることがしばしばある。その場合は罰が下ってユダヤ人は、酷い目に会う。
日本の神道では、日本で生まれたから日本人で、日本は神様が守るに決まっている。日本人が悪いことをした場合でも、別に神と契約しているのではないから、日本人全体が罰せられることはない。ところがユダヤ教では神との契約があって、背いた場合は民族全体に神罰が下っても仕方がないという考え方で、長い間ユダヤ人は自分たちの祖先が悪いことをしたから、罰が下って国まで亡くなったと思っていた。
第二次世界大戦で、ユダヤ人はドイツのヒットラーに酷い目に会わされたことから、国がなければいけないと思うようになり、ソロモンの町エルサレムがあるユダ地方や、モーゼが遊牧していたシナイ半島に、ユダヤ教の国家イスラエルを立国した。第二次大戦の最終段階で行われた連合軍四国のヤルタ会談で、ドゴール、チャーチル、ルーズベルト、スターリンが戦争終結後のことを相談した。イスラエル立国が決まったのは、その時である。
その時点では、石油はエネルギー資源として今ほどは評価されていなかった。
その後、世界的な産業の発達や石油化学の発展があって、石油需要が激増した時期に、中東地域に石油資源が無尽蔵に近くあることが発見され、アラブ諸国の力は侮れないものとなった。アラブ民族の一部であるパレスチナ人や、レバノン人、シリア人などは、自分の土地をユダヤに取られた思っているから、小競り合いが絶えない。
これは、ヤルタ会談の大失敗と思う。
とは言っても、あの段階で予測はできない結果だから致し方がない。業(ごう)のようなものだ。ユダヤ人は神と契約した自分たちだけが選ばれた民族だと思っているから、他の国の人や文化の人を認めない。排他的なところがある。それを否定して出てくるのが、キリスト教である。
キリスト教の根はユダヤ教にあるが、ユダヤはユダヤ教の神と契約して他を認めないから、外に対しては広がらない。キリスト教を外に広めるためには、ユダヤ性を否定しなければならない。ユダヤ人にとっては、キリストは裏切り者である。しかし、キリスト教はユダヤ教の教えの、かなりの部分を取って教義としている。
キリスト教の難しいところは、キリストが神であるところがポイントである。
父と子と聖霊は三位一体であるとして、その中で一番重要なのはキリストである。キリストとは誰なのかというと、聖霊(すなわち神)が処女マリアの体内に入り、人間の形をとって生まれて、育った。したがって、キリストは人間であって、同時に神である。
そんなことは、ユダヤ教では考えられないことである。キリストは聖人であるかも知れないが、神ではない。キリストが神であるなら、それはユダヤ教の神の尊厳を否定するものである。ユダヤ教とキリスト教は絶対に相容れない論理がここにある。だから、ヒットラーは聖書を使って、ユダヤ人を殺してもかまわないと言った。
同じような排他性の否定が仏教についても言える。仏教が何時できたかはっきりしないが、釈迦が生まれたのは、紀元前5世紀頃といわれている。その頃のインドは、アーリア人種が北から降りてきてインド亜大陸の北方地域を征服した。そして、征服者として貴族階級になった。その種族がヒンズー教の聖典を持ってきた。
アーリア人は王になったり、貴族になったり、僧になったりした。階級制度の最上位はバラモン階級で坊さん。次がクシャトリアといって王様または武人の階級。ヴァイシャ階級があって商人、その下がスードラの農民階級である。最下級のまた下に征服された民族の不可触賎民がいた。釈迦はこのような階級差別は、人間の道に反すると考えた。
たとえば、当時こんなことがあった。亭主が死ぬと、妻は薪で燃される主人の亡き骸とともに寝て、一緒に死ななければならない。妻はそういうことにならないように、一所懸命に夫の世話をすることになる。釈迦はそのような理不尽な社会システムに反乱を起こした。
ただしそれは釈迦だけがやったわけではなく、ハマハヴーラという釈迦と同時代の、ジャイナ教という宗教を起こす聖人がいて、やはりカースト制度は間違っていると主張した。たとえ、不可蝕賎民であろうと、男であろうと女であろうと、仏陀(釈迦)の教えは、上下の関係はなく、すべての人に平等に通用するのだ。
キリストも同様である。ユダヤ人だけが好いのではなく、神の前にはすべての人が平等であると説く。世界中の人に、キリストの福音を伝えるのだ。マホメットのイスラム教も同じである。普遍宗教・世界宗教といわれる宗教は、キリスト教と仏教、イスラム教の三つである。いずれも元の宗教を否定して発展しているものである。
ただし、元の宗教が強いところでは、世界宗教は滅びている。インドには現実に仏教はほとんど存在しない。ユダヤでは、キリスト教はもちろん育たない。生まれた土地に張った根を切ることによって、世界に大きな広がりを獲得する現象が起きるのである。
こうした考え方は、自分があちこちの国に出かけて仕事をした結果、ものごとを比較して見る癖がついた結果から来るものである。
キリスト教を信じている方が、私の話を聞いたら「馬鹿じゃないか」と思われるに違いない。「キリストこそ神であって、その方が述べられることがユダヤ教の否定だなんて、まったく問題外だ。そこには真実しかないのだ」と思われるだろう。「南無阿弥陀仏」も同様である。阿弥陀様を信じているから救われるのであって、仏教がヒンズー教の否定で出てきた云々は論外である、となるだろう。
これは、ある信仰を持っておられる方からみれば、その通りである。が、私はそのように思えないように、なってしまったのだ。信じている方から見れば、信じている宗教以外の宗教については、全部戯言(たわごと)を言っているとしか、思えないに違いない。
しかし、自分の信じている宗教だけがよくて、それ以外はみな戯言だとなれば、それは虫がよすぎはしないだろうか。オリンピックと同じで、日本が勝ったらそれでよくて、他の国が勝ったら面白くないというのでは、自分勝手が過ぎるというものである。
仏教やキリスト教が、世界宗教というだけのものになるためには、ある手続きを踏んでいる。キリスト教は、遊牧民族・交易民族の宗教だから、周りにいた民族とお互いに競っている。各民族それぞれに付いている神がいて、商売がうまくいったとか、牧畜がうまくいったとかは、神の御加護があったからと思う。
中近東地域は砂漠が多く、緑地が少ない。隊商はオアシスを探して中継地とするが、水のある場所を取り合うことが非常に大事な仕事になる。適地を取り損なうと部族が飢え死にする可能性すらあるから、基本的に戦闘的になる。それぞれの部族が、各々自分の神は最高の神と信じているけれども、他の部族に負けることもある。そう云う世界では、いくつもの神が並立しているわけで、一神教の世界ではない。ところがその中で、一つだけこの神こそ世界的な神と主張する宗教が現れた。それがキリスト教である。
しかし色々な事情から、ユダヤにおいてはどうにもならず、西ヨーロッパへ流れて、ローマ帝国の遺産を継いで行くうちに、宗教としての形が形成されたのである。そしてヨーロッパ諸国に自然科学・技術文明が芽生え、栄えた国々は植民地政策を取り始めた。わが国にもすでに、イギリスやフランスの船がやってきた幕末期を去ることほぼ三百年も前に、種子島に漂着した中国の船がある。その船に乗っていたポルトガル人から、鉄砲が日本に伝来した。
鉄砲は、じつは日本人がはじめて接したヨーロッパ文明の製品であった。
鉄砲の、武器として威力に種子島領主は驚き、買い取った鉄砲を分解して研究するが、製法の技術を知るためにポルトガル人に島の娘を提供するなどの苦心の末、ついに国産化に成功した。その後織田信長の手に渡るが、長篠の戦いで武田勝頼の重騎馬軍団を壊滅させた三段構えの鉄砲隊などの戦術の開発とともに、日本の歴史を変えるほどの働きを示した。
当時すでに、鉄砲を作れる技術力が日本にはあった。また御朱印船による航海術も発達して、ルソン助左右衛門などがフィリッピンで交易をしたりしている。オランダの船も来たが、こっちからも行けた状態にあった。ところが二百五十年間鎖国をして、いよいよペルリがやってきた時には、技術格差はどうにもならないほど開いてしまった。
江川太郎左右衛門が、韮山の反射炉で大砲を製作しようとした際にも、外国の技術を取り入れようとした咎で蟄居を命じられ、あやうく切腹までさせられるところであった。高野長英、渡邊崋山など蘭学をやろうと思って命を落とした人は数知れない。
鎖国という無風状態のなかで、日本は安穏と暮らしていた。また二百五十年の間、国内での戦争がなかった。こんな国も世界中にない。
その頃、ヨーロッパなどでは、二十年か三十年おきに何処かと戦争をしている。戦争は技術を進歩させるが、日本は鎖国のために競争力が低下した。
さて、インドはパンテオン(万神殿)といって、へび、龍、象、鳥など、自然にまつわる神々が大勢いる。そういう世界で、あらゆるものに対して同じ教えを説くとなると、どれか一つの神を持ち出すわけにいかなくなる。そこで仏陀は次のように言った。「ヒンズー教の神々はすべて無いのだ。すなわち『無』である。あるのは『無』だけである」と言った。
『無』は、しかし難しい。掴まりどころがない。生きていくためには、偉い人がやったようにするのが、模範があってずっと易しい。仏教のお題目のように、唱えるものがあるとか、拝むものがあった方がいい。仏教も最初は、仏像が無かった。『無』であることに思いを凝らせというというのが本道だが、それは、実は最も難しい。
例えば仏教には、六道という考え方がある。一番下に地獄道、次に修羅道があって、畜生道、餓鬼道がある。この辺は人間が迷う道だと解る。次に人道があって、その上が天道となる。天道とはキリスト教でいう神の世界である。神の世界ですら、迷いがあるという。
三島由紀夫の小説に「天人五衰」というのがある。天界にすむ天女ですら何千万年かのうちには、五つの衰えが起こるというのが主題になっている作品である。ヒンズー教の神の世界でも、いつかは終わる。終わらないのは、『無』の世界だけだ。『無』というのは何もないということではなく、『無』(=無常の幻)の世界には、それを成立させている法(ダルマ)がある。このダルマだけが変わらないものである。と仏陀は説いている。
このように広大な宇宙観を持つ宗教は、世界に仏教以外にはない。
イスラム教は、キリスト教が成立してからさらに七百年も後に出た、商人マホメットが作った宗教であるが、処世訓のような教義をもつ。しかしその内容はきわめて実践的である。「アラーの他に神なし」という考え方があって、「異教徒を撃ち破るは神の御旨に叶うもの」と排他的である。
キリスト教もイスラム教も活発に行動しているが、果たして仏教はどうだろうかと思う。その教えを積極的に、毎日の生活に生かしているのかと云われると、返答に困る面がある。では神道はどうか。神道は天皇体制が成立したときに、伊勢に大神宮を作り、国中の神社を別格官幣大社など等級別に格付けした神社秩序を制定した。したがって神道には二種類あることになる。本来の、村とか地域とかに根ざした自然信仰が一つ。もう一つは政治的目的から伊勢神宮を頂点として組織されたもの。この二つである。
本来、我が国には、村に杜があれば、山があれば、瀧があれば、そこが神社だった。天から降りる、あるいは地から現れる神を崇めるという自然な考え方である。土地が自分を生かすという農業基盤の社会では、当然の在り方である。日本人には、したがってあらゆるものが神様である。
これは宗教ではないという意見もあるが、決してそうではない。
宗教の基本になる感情は、「自分が限られている」という意識である。自分が限られていて、「自分だけではどうにもならない」と感じたときに、助けてもらいたいという宗教的な感情が起こる。それに頭のいい人が、いろいろ理屈をつけて神学体系を構成する。
人間は一人では暮らしていけない動物である。そこで出来てきた共同体を保っていく絆は、理屈よりは感情である。その感情を表すには形が必要で、それが宗教の儀礼である。御神輿を担ぐのも、宗教の一つの形である。神道が仏教を受け入れたときに、仏教にはインドで発達した理論が整然とした体系があるが、それを本地垂迹説(ホンジスイジャクセツ=インドの仏様が日本を教化するためにこの国に現れた)などで、神道化している。
これは日本化した仏教ともいえるが、行き過ぎたものとして、例えば元寇の役あたりで、日蓮が神国日本を唱えた。しかし考えてみれば、世界宗教としての仏教においては、全ての国に仏が存在する筈で、特定の国だけに味方する考え方はあり得ない。同じようなことが、キリスト教でもある。キリスト教国とイスラム教国が戦争する場合、キリスト教圏は神の世界で、イスラム圏は悪魔の世界(イスラム側からするとその反対)と唱えることもあるが、キリスト教国同士で戦争する場合は、両者が互いに本家を主張したりしている。
キリスト教にしても仏教にしても、世界宗教ではあるが、人間がしていることだから、限界も矛盾もある。一方、ユダヤ教や神道のような民族宗教との対比でいうと、土着の根を切って出てきた世界宗教と、広がりは持たなかったが根はそのまま持っている宗教とでは、宗教の在り方が違っている。
今日の主題に戻って、仏教とキリスト教を比較して云えば、天を『無』(=無常の幻の世界)のなかに入れるか、『天がすべて』という考え方を取るかで、外側から見れば動き方が大きく違ってくる。
むろんどちらにも長所と短所があるのは、(信仰の外側にいる人間から見ての話しだが)人間の作った論理だから当たり前なのだが、私などに云わせれば、仏教の方がピンとくるのである・・・・…。
終わり
(文責
三上卓治) [ホームページに戻る]