今週
(11/26)の雑学大学は昨年に引き続き、ほしひかるさんの「そば道中 U」でした。ほしさんは、毎年暮れになると登場しまして、たしか今回で11回目になります。その都度、非常に詳しい情報を基に魅力的なお話をされるので、聴く我々は、いながらにして、美味しいおそばを食べたような気分になるのでした。
そして、そば切り包丁で切る(さらしな総本店・中野)。茹でて、ざるに盛り、つゆを猪口に添えて客に出す。傍らにそば湯(そば処田川・福島・矢祭)を忘れない。客は一気にそれを食す。そばは年に二回採れるので、
11月が新そばの時期である。
11
月3日に、自分でそばを作った。粉を練るときに水を差すと、そばの香りが立ち上がって、それは暖かい匂いというか、新しい落花生にも似た、春のようないい香りがしてくる。これを嗅ぐためにそば打ちをしているようなもので、陶酔してしまう。
最初に、そばの語源からお話しする。
そばとは文字どおり、傍、横という意味である。田畑を真ん中とすると、端の方にあるとか、山の上にある荒れた土地だから、側、傍、岨である。本質的には本流ではない、素朴なものという意味を持つ。
緬は、細いそば、中くらいの太さのそば、太いそばがあるのはご承知の通りである。そーめんは太さ
1.3mm以下、うどん1.7mm以上と、農林省の規格がちゃんとある。ひやむぎはその真ん中である。そばには、何故かそのような規格はなく、太さは包丁の切り方一つで、太くもなり、中くらいにもなり、細くもなる。太さの大中小は、大体店によって違う。江東区の牡丹町の「花房」は、大中小を揃えている。もう一つのそば本質は、「自由」にある。
そばの分け方に、田舎そばと、さらしなそばがある。田舎そばは、イメージとしては黒っぽいそばで、そば粉は
2番、3番粉を用いる。そばの実の中心は白くて、これが1番粉。順に外側へ2番粉、3番粉となる。石臼でそばの実を引くと、白いのが一番先に出てくる。これが1番粉で、これだけで作ったのが、さらしなである。
そばの実の甘皮を粉に入れたのが、やぶそばである。
やぼそば系のそば屋はたくさんあるが、浅草の「並木やぶそば」はその代表格で、甘皮を入れたそばを出す。さらしな系は、例えば大井町の「布つねさらしな」や赤坂の「布屋太兵衛」などは、一番粉の白いそばを出す。田舎そばは2番、3番粉だから色が黒い。
店によっては、三種類準備しているところもある。さらに太さも大中小と組み合わせある。池袋の「生粉打(きこうち)亭」がそれである。これらを見ると、繰り返すが「そばは自由である」ことを示しているように思えてならない。
東京と、地方を比較する見方もある。
結論から先にいうと、そばは、東京のそばが美味しい、と思う。
これは、多分東京という激しい競争社会が、そば打ち職人が美味しさをあくまで追求するからそうなるのである。地方へ行って、有名なそば屋で食べて見ても今一つという感じがする。東京で、充分美味しいそばが食べられるのである。
つぎに旨いということに付いて。
料理では固いか、柔らかいが論議されるが、そばでは特に、「コシ」いう表現が行われる。「コシ」とは何ぞやである。柔らかくもなく、固くもなく、弾力に富む食感を、一言で表す特徴的な言葉である。この食感が旨さの主要素である。
そばの場合は、冷たいのが美味しいと、私は思う。
今日は女性の参加者が多いが、そば屋では、女性は暖ったかいそば、男性は冷たいそばを食べている場合が多い。そばの香りは、口に入れてから感じる。それは温ったかいそばでは感じることができない。
「コシ」「冷たい」のほかに、旨さには「甘い」ことも条件になる。
いわゆる砂糖甘いのではなく、噛んでいるうちに、ほのかに感じる甘さ。例えば渋いお茶でも、どこか甘さを感じる、その種の甘さである。そばにもその種の甘さがある。ただし、これは自分のコンディションにもよる。以上に三つは、あちこちのそばを食べ歩いて、感じたことである。
つぎに変わりそばのことを話したい。
変わりそばとは、そばの中に季節の果物や海苔、茶などを入れたものである。
大井町の布常さらしなや、秩父の小池でも、色々な変わりそばを用意している。
王子に越後屋というそば屋があるが、ここは、1月みかん切り、2月は磯(生海苔)、3月は海老、4月は蓮、5月は茶、6月胡桃、8月檸檬、9月菊、10月芥子、11月辛子、笹、12月柚と、月によって変わりそばが変わる。
先月は、ここで笹そばを食した。ちょっと甘味があって美味しかった。
最近、韃靼そばというのを食べた。ルチンが普通のそばの百倍入っているという中国、チベット産のそばで、やや黄色味がかっかている。そば湯も黄色い。川越にある鎌倉という店で、常時メニューにある。
つぎに「つゆ」の話に入る。汁とは云わず、「つゆ」という。
「つゆ」の語感にあるように、これは透明感のあるが美味しい感じがする。
「つゆ」には、甘目のものと「辛目」のものがある。これは好きずきである。
敢えて云えば、東日本出身の方は「辛目」。西日本出身の方は「甘目」である。
泉鏡花は幻想小説で名をなした小説家であるが、親子でそば屋を開いた云々の小説も書いている。なぜそんな
たわいもないことを書いたかと思って調べると、子供の頃の日記に「そばを食った」と書いてあり、多分本人がそば好きだったのだろうと推察した。鏡花の住まいは文京区にあった。
私も文京区に住んでいるが、夏目漱石の住居跡近くに、江戸時代から続いている美味しいそば屋がある。漱石も多分ここでそばを食べたろうと思ったりしている。志賀直哉が行った店は、上田
(長野県)にある筈なので行って見たが、その通りを歩いてたが、結局判らなかった。
上田には、刀屋という有名なそば屋が駅前にある。池波正太郎推薦の店だ。
普通もりでも食べきれないほど、量がが多い。うっかり大盛りなどを注文したら、とんでもない目にあう。
つぎに雑感の話。
そば屋の値段は、安いのや高いのがある。
あちこち食べ歩いてみると、やはり地方の方が安い。つぎは東京の下町。新宿、世田谷などは、同じ量でも値段は高い。だから、私は下町が好きだ。
男が多い店、女性が多い店。
女性が多い店は、まず小奇麗な店である。ちょっと高いが、一茶庵系の店がその代表といえる。女性は温かいそばが好き、男は冷たいざるや、もりが好きということは、先ほど話した。
ところが、「栃の木」というそば屋で見た話。歳のころ二十七、八の女性が一人で入ってきて、「冷酒」を頼んで、そのあと「そばがき」といった。何となしにいい光景だったので、印象が深く残っている。ぼちぼち、女性のそば好きも、最近多くなったように思う。
雰囲気のいい店。
雰囲気ということだから、自分に向いているかどうかである。そば屋としての応対のよさ、店作り、清潔感などが関係してくるが、最近、タバコはダメの店が増えてきた。先ほど入った吉祥寺の上杉も、店に禁煙の札が貼ってあった。タバコは舌の感覚を鈍らせるから、微妙な味わいを味わうことができなくなる。たしかに、香りが命のそば屋で、タバコが煙るのは頂けない。
変わったそば屋
仙台に、昼と夜で名前が違うそば屋を発見した。出張した時、仙台の支店で教わったそば屋「三竹(さんたけ)」は、ところ番地にどうしても見当たらないのである。その場所にある飲み屋「竹庵(ちくあん)」に入って、この辺に三竹というそば屋はないかと尋ねたら「うちです」という答えが返ってきた。
「看板が違うじゃないか」といったら、夜になると飲み屋の看板に架け替えるということであった。私はそば屋の気持ちが分かるような気がする。実は私、給料を貰う仕事のときは野本健夫という。しかし、雑学大学の講演のようにボランティアをするときは、ペンネームの「ほしひかる」でやっている。
これは、私の一種の変身であるが、「そば屋」が「飲み屋」に切り換える場合の、ふんぎりが看板架け替えになっているのではないか、と思うのである。そばの味は二重丸ではなかったが、そこそこ美味しかった。
金沢のそば屋「鬼は外」に、びっくりするような美人がいた。なぜ、こんな処にこんな美人がいるのか。と、考え込んでしまうような美しい女性だった。
池袋の「九つ」の店にも美人がいる。
ここで、美味しいそば屋の見つけ方を、ご披露しよう。
まず、(1)地元の人に聞くこと。次に
(2)本で調べること。しかし、人に聞いても、本で調べても、それぞれの好みというのがある。
結局、(3)自分で行って、食べて見ることである。
ポイントとしては、忙しいときは別にして、そばの話を熱心にしてくれる主人のいる店は、そばに対して拘りがあるわけだから、美味しい。
私の経験では、湯島の「古式そば」、池袋の「生粉打亭(きこうちてい)」、江東区牡丹の「花房」、神楽坂の「玄菱」、亀有の「銀鉢亭矢沢」などの主人は、そばの話を一所懸命にしてくれる。そばに関するエッセィを書いている私にとっては、特に有り難い存在である。
たとえば、このそば粉は何処の産ですか?などの質問がきっかけで、話がはずむことが多い。しかし、そばそのものが美味しくなければ、そば打ち名人でもどうにもならない。そば粉の話、つゆのだし、器、店のたたずまい、お運びの人の応対など、総合点で、美味しいそば屋が決まってくるのである。
私は、今まで何軒のそば屋を尋ねたか、実は記録していないから、判らない。ずっとチェックして来ていたら、今ごろは三つ星とか、五つ星とかをつけられたものを、残念なことをした。大体の感じでは、三百軒くらいかと思う。そばの仲間と相談して、酒に「利き酒」というのがあるから、「利き蕎麦認定士」でもやろうかと、冗談まじりに云っていた。
山形県の町おこしに「ソバリエ」というのがある。ワインの「ソムリエ」をもじったものだ。そば屋を十五軒廻って、そばの講義を聴き、そば打ちを体験したら「ソバリエ」の認定証をくれるそうだ。漫画家の杉浦日向子さんが、やはりそばのグループを持っており、「ソバッチ」というバッチまで作っているという話だ。
終わり
(
文責 三上卓治)
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