3月18日
(日)の雑学大学は津田謙二さんの「山の話あれこれ」でした。津田さんは登山家としては、比較的遅い二十七歳のスタートでしたが、日本百名山は既に踏破し、世界百名山に挑戦をしておられます。しかし、今回は登山の楽しみを中心にお話して頂きました。
数年来の夢がかなった私は、幸せな気分でお菓子を口に放り込んだ。荷物を減らすために、お湯でなく水筒の水でお茶をたてねばならなかったのが、残念であるが、心静かに茶をたて、じつにおいしくいただいた。こんなふうに、私が山歩きに抹茶茶碗をたずさえ、山頂で必ず茶をたてるようになってもう十年以上になる。
・・・・…昭和
54年1月23日の日本経済新聞の文化爛に、「風流山頂の茶の湯」の書出しで、私はこんな風に書いている。今日持参したのは、私の山の楽しみ方を、皆さんの目でご覧いただくためである。茶碗は何の変哲もないこぶりの安物を、リュックの中で割れないように、菓子のブリキ缶に入れて運ぶ。茶筌は野点用の根付け、つまり竹筒に入れる・・・・…。きっかけは、こんなことだった。ある年の秋、穂高に登ると決めた私は、休暇の分まで働いておこうと残業をし、家路についた。見上げると美しい十三夜の月である。となると、穂高の涸沢に入る晩は中秋の名月か。こいつはいい。なんとか月見を、存分に楽しむ方法はないものか・・・…。この時私は、中学生のころ、母に一、二度教わった茶の湯を思い出した。これでいこう!
山小屋での月見の茶会は好評だった。我々ばかりでなく、見知らぬ人たちから次々と所望され、私は大忙しだった。お茶菓子のようかんも、ずいぶん薄くしなくてはならなかった。次の日、屏風岩の上で二杯、前穂高五峰の上で三杯、奥又臼の池で二杯の抹茶を賞味し、徳沢の小屋に入った。私はふろに入り、ビールを飲む。
そのまま寝たが、かなり疲れているのに何故か眠れない。ふとん中で寝返りを打ちつづけ、眠れない原因が茶の湯のせいだと覚ったのは、夜中の一時過ぎでたあった。全然眠くないのである。仕方がないので、三時ごろ小屋を出立、徳本峠を越えて、島々まで歩いてしまった。だが疲れも眠気も全く感じない。シャンとしていた。私が不用意に買った抹茶は、お薄でなくて濃い茶だったのである。
この時の経験は貴重であった。
経験その一。山で喉の渇きを癒すために、最も少量で済むのは抹茶である。番茶の半分で済む。ジュースなどの甘味料を使うと、渇きはもっとひどくなる。
経験その二。なによりもおいしい。汗を流して登頂した山のてっぺんに立ち、満足感とともに飲む。これは格別だ。
その三。山でバテた時は、ボーッとしったり眠気を覚えるが、抹茶は効能抜群、たちどころにシャンとする。ただし、持参するのは、お薄に限る。こうして、以後の私の山行きには、必ず抹茶茶碗が同行することになった。当時目指していた日本百名山踏破に伴い、名山の頂きで、たった一人の、または数人での茶の湯が催された。
百名山を完登したとき、ある仲間は、ゲーテの「なべての頂に憩いあり」をもじって「百の頂きに百の茶の湯あり」といってくれたものである。このあと余勢をかって、キリマンジャロの頂まででかけ、ようかんを持参して茶の湯をやり、さらに百名山完登まで登らずにとっておいた中央アルプスの越百山の頂でも、抹茶の儀をとり行った。
今では山仲間は、私が山行きに参加すると知ると、何かしら菓子の用意をしてくれるようになった。だが、山仲間には風流を解さない男がいて、山行きの計画のさ中に「おれ、ゆであずきが必要だと思う」などと言い出す。「えっ?」と聞けば「だって、雪渓を通るだろ、津田さんがゆくだろ、だからさ、宇治金時をつくるんだよ」。なんて野郎だ、と思いながら、この男にはちょっと前に使った古いのを使わせ、自分のときは、もちろん持参の新しい抹茶を使う。
茶の儀式には、やはり菓子が欠けては面白くない。残雪の八甲田山に遊んだときである。八甲田大岳の山頂で同行の友が、私が持参のようかんを、なんと厚さ3、4cmに切っているではないか。私が慌てて「おい、高田大岳で食べる分くらい残しておけよ!」と叫ぶと、友、憤然としていわく、「なにをおっしゃるんです。高田大岳用には、最中を持ってきていますよ。家内がちゃんと用意してくれましたから」。この男の奥さんも、山仲間で風流を解する人だった。
山頂で、五人のはずなのに、四杯ですんでしまったことがある。けげんに思って聞いてみると、新婚間もないA君、抹茶茶碗を回されるや、かわいい奥さんと交互に飲みあったのだと白状するなど、抹茶にまつわるエピソードは、思い出せばきりががない。
「山と渓谷」創刊
700号記念号に、八十歳で海外山岳150登と喜寿祝いをモンブラン登頂で達成した大先輩、脇坂順一氏が次のように述べている。「東京の岳友津田さんは、十二年前、いっしょに南米のコトパクシ(5,897m)に登ったとき、頂上で抹茶のお手前をしてくださったが、今回も少々ぬるいお湯での抹茶をひと口飲ませてもらった。口渇きでもあったので、じつにおいしかった」暇なやつだという人もあるかも知れないが、仕事の合間を見つけて抹茶登山をめざすのは並大抵でない。それでも山頂で風雅の境地にひたって下山すれば、心新たに仕事もはかどるわけである。私が最も困るのは、抹茶茶碗を山から海外出張まで持ち歩くのを知って、相当な茶人だと誤解する人がいることだ。
「流派は裏ですか、表ですか?」などと聞いてくる。
「なあに、ゴシャゴシャっと混ぜて、ガブガブ飲んで、あとは布でグイとふく、それだけですよ」というのだが承知しない。それで、ある山仲間がニヤニヤして名づけてくれた流派を名乗っている。
「まあ・・・…山上(やまのうえ)流とでも申しましょうか」
では、ここで茶の湯以外の、山の楽しみ小道具をご披露する。
一見紐のかたまりのような、これは広げるとハンモックになる。登山途中で木と木の間にわたして、休憩したり、仮眠したりするときに用いる。テントの外に食料などを置く時、鼠害などを防ぐに便利である。たまに、井の頭公園、その他で本を読んだりするときは、ゆらゆら揺れながら文化的な気分になる。
この、ねじのような、独楽のような、笛のようなものは、バード・コールである。ねじ状のものをキリキリ回すと、チュクチュク小鳥の鳴き声のような音がする。山でこれをやると、実際に小鳥が寄ってきてチュクチュク鳴く。
これは語り合うよりも、縄張りに侵入者が現れたと思って、鳴いているらしい。

笛状のものを吹くと、これはカラスの鳴き声。昔のハシボソカラスのように、ちょっと声が、か細い感じ。これでゴミを荒らしにくるハシブトカラスにやって見たら、どうなるだろう。ホーウ・ホーウと太い鳴き声のはカモ声。里でも山でも、結構これは楽しめる。
時々私は岳友にぐい呑みをプレゼントする。これは私が百名山を登ったときのもの。
(回覧する)。適当な文言を書き入れてから焼き上げる。槍へ登った人には「とうとう槍ましたね」と書いたものを渡した。これもいい思い出になる。
山へ登る楽しみの一つに、木の実の採集がある。これはコケモモの実をブランデーに漬け、甘草を隠し味に加えたものだが、皆さんで飲んでいただきたい。
ある時、子供に聞かれた。
「富士は日本一高い山だけど、日本一低い山はどこ?」。これには絶句。
よし、と調べると、一等三角点で一番低い、山の名のつくのが大阪のみかげ山だが、いまは大浜公園になっている。なお同じく大阪の天保山は、
53年の測量では4,6m、これが地盤沈下で55年の測量では4,52mと低くなっていた。山仲間に喋ると先に登られるので、これは息子と登ってから皆に教えた。山の高さって、三つあるのをご存知ですか。
一つは、もっとも常識的な「海抜」で、これは三角点測量法で測る。
次は、頂上の気圧で測る。だが、気圧は補正が必要なので問題がある。
三番目は、地球の中心から山の頂上までの距離を測る。
ただし、この方法は地球の形が赤道付近で膨らんでいるために、南米エクアドルの西山脈最高峰チンポラソは
6、310mが世界最高峰になる。なお、この山はヒマラヤのエベレスト(8,848m)が発見されるまでの70年間は、世界最高峰と思われていた。三番目の地球中心からの測定法によれば、エベレストより2,000mも高い結果となる。昭和
56年(1981年)に前述の脇坂先輩と、正月休みを利用してチンポラソに登頂するつもりだったが、先に登った岳友の話では頂上付近は腰まで埋まるほど雪が深く、ベースキャンプから頂上まで13時間かかったとのこと。そこで、チンポラソを断念して、目標をコクトパクシに変えた。この山はエクアドル東山脈の最高峰で、かつ世界一高い活火山である。ここで脇坂順一氏の『八十歳はまだ現役』
(山と渓谷社刊)の描写をお借りする。「さて
56年元旦、津田、和田さんと午前2時出発。氷壁やクレバスのある雪面を慎重に登り、頂上直下の広い岩の露出部の見えるところに達しました。ここは火山の熱気と急傾斜で、氷雪が付着していない。このあたりから酸素不足で呼吸が苦しい。斜面を一歩登るのに、六、七回呼吸し、それも二十歩ぐらい登っては休み、呼吸を整えて再び登り出すことの繰り返しです。目印の赤い小旗をたどって午前
11時40分、ついに頂上に立ちました。手袋を取って感激の握手を交わしました。山頂の茶会はこのあと。津田さんのお点前で、抹茶に金沢名物の「松竹梅」をかたどった落雁が出された。お湯はぬるかったが、かわいたのどを通るお茶の香りが何ともいえませんでした」
さて、まだ楽しみ方はある。
たとえば、今年の
7月なら、2001.7mの山を探して登る。これも楽しい。また、変わった名前の山に登ることを心がける人もいる。越百岳(コスモダケ)、冷水岳、迷岳、など。酒の銘柄に山の名前を頂戴しているのも、多い。太平山、八海山、麒麟山、ニセコ、蔵王、高尾錦、高尾山、天覧山、武甲など。それらの山へ登って、温泉に入り、同じ銘柄の酒を飲む。たとえば、新潟の麒麟山は実際にある登り
25分。ふもとの麒麟山温泉に浸かり、キリンビールを飲み、地酒麒麟山をお土産にする。下戸はキリンレモンを
飲む。他にも山の楽しみは色々あるが、今日はこの辺で・・・…。
終わり
(文責 三上卓治)