今日
(6/21)の雑学大学は水沼高利さんの「大樹を尋ねて」でした。水沼さんは、NHKの趣味園芸に「ふるさとの巨樹・名木」という写真入りのコラムを連載中の、自然の美探求のレポーターです。相棒の筒井雅之さんの写真スライドをベースに、取材した各地の巨樹を懐かしく振り返りながら、お話を続けるのでした。話の内容は、「ふるさとの巨樹鑑賞会」のような気分で進行するので、皆さんも気楽にスライドをご覧になって、これを機会に、失われていく自然により親しんで頂くようになれば幸いです。
部落の名も杉。初めて境内に入った人は、大スギのあまりの威容に圧倒される。見ると二株から成っていて、根元が合着していることに気づく。

南側の「南大スギ」は日本最大のスギの一つで、根回り約20m。北側の「北大スギ」は根回り約
16.5m。高さ57m。昭和27年、特別天然記念物に指定された。樹齢は2000年とも、3000年ともいわれる。巨木に会うと、本能的に幹肌に触れたくなるものだが、現在は根元にも近づけない。年間
7万人にも及ぶ参観者から根を守るために、柵を回し、周囲の通路も桟橋形式にして踏圧を防いでいる。それにしても、なんと壮大なスギだろう。凛とした精気を放っている。幹の内部から、まるで力強い大樹の鼓動が聞こえてくるようだ。
2本の巨幹に巡らされた しめ縄は、神木に対する信仰のあかしである。 20年前に訪れたことがある。「大スギの守り人」を自認する釣井宮司が人語を真似るカラスを操っていたが、2年まえの春に亡くなった。今回の取材で、ゴミ箱から「人語を真似るカラス」の立て札を拾って帰った。スライドは山梨県北巨摩郡武川村の萬休院の「舞鶴のマツ」。武川村は南面に甲斐駒ケ岳から鳳凰三山に至る南アルプスの連峰が屏風のように聳え立つ。「舞鶴のマツ」は全国でもまれにみるアカマツの名木だ。
萬休院本堂の入り口に、巨大な翼を広げる姿で四方を圧している。二代目住職の手植えと伝えられるが、総枝回り74m。目通り幹囲
3.8mという主幹から無数の大枝が四方に伸びて、豊かな緑葉に覆われる。この木の手入れは、過去
60年間にわたって同じ職人の手によってなされてきた。その後はその弟子の手によって10年間、さらに現在の職人が手入れするようになって15年になるという。枝先剪定はすべて手摘みだ。さしずめ、巨大な盆栽の景観を示している。
国定天然記念物であるが、このように培養管理によって維持された人為の名木が、天然記念物指定を受けているのは、この「舞鶴のマツ」だけである。
冬には雪が降ると、村人が雪払いボランティアを結成し、枝が折れないように積もった雪の払い落としを行う。場合によっては徹夜の作業になることもあるという。高いところは組梯子に上って雪を払う。
鹿児島県蒲生町のシンボル、蒲生八幡神社の「蒲生のクス」は、昭和63年に行われた環境庁の巨樹・巨大林調査で、全樹種を通じて全国一の巨樹と認定されている。樹齢およそ1500年。根回りに33m57cm、目通り幹囲24m22cm。
王者の精気が四方を圧している。まず目を奪われたのが、力感あふれる根の壮大さだ。これが千年余の命の証というものだろうか。力こぶを重ねたような盛り上がりで、大地をつかむ。
鬱蒼と茂る裏手の森には、手付かずの自然がまだまだ残されている。近くには白蛇が生息しているらしい。宮司の山の内さん自身も目撃しているそうだ。「白蛇どころか、私の父などは、拝殿で大蛇を見た事もあったそうです」
「蒲生のクス」は、今に残る原生林の林縁で、気の遠くなるような年月をひたすら、己れの生を営んできた。 巨樹の存在はそのこと自体、豊かな自然が残されてきたことの証明でもある。
山口県豊浦郡豊浦町の川棚温泉町の北東4kmの地に立石山という小高い丘がある。その麓に「クスの森」という一株のクスの大樹が生き長らえている。初めてこの木に接した人は、たとえようのない優しさに包まれる。
四方に伸びた
18本の大枝があたりを覆い隠して、1本の木なのにまるで森の様相である。枝張り最長48mにも及ぶ姿は、まさしく「森」と呼ぶに相応しい。かっては農耕用の牛馬神として崇められていた。しかし、田畑から牛馬が消えて以来、クスの周囲は荒れ地と化した。昭和
53年に「クスの森を守る会」同志十数名が結成され、施肥などに手入れが行われ、クスの森は再び地域のシンボルとして蘇った。森の一角には、漂泊の俳人種田山頭火の句碑。
<大楠の
枝から枝へ 青あらし>その句の通り枝をわたる緑の風が打ち鳴らす葉音が心地よい。と、水沼さんは取材の時を懐かしむ。
スライドは福島県いわき市の中釜戸のシダレモミジの、自然の生み出す造形美の妙を写しだ後、高知県南国市桑の川地主神社の「桑の川の鳥居杉」となる。自然は時として、奇跡の現象を見せてくれることの、これは好例である。
神社の参道を挟んで聳える一対のスギの大木が、それだ。不思議にも、二本の大木の地上4mあたりのところから、水平に向かい合って伸びた枝が自然に一本の枝となり、生きた鳥居の様相をなしている。
場所も場所、夫婦杉の奇跡である。樹勢旺盛で老木というにはほど遠いが、地元では「生き鳥居」「連理杉」と呼んであがめている。縁結びの神そのものの形から、幸せを念じて訪れる男女も少なくない。
昭和41年、南国市指定の天然記念物となり、平成元年には高知県の天然記念物に指定された。近くに聞こえる清流は桑の川。上流には「瀬戸の滝」と呼ばれる水量豊かな名爆もある。秋の紅葉も格別とか。
富山県氷見市朝日町の上日寺(じょうにちじ)の門前に聳える大イチョウの木は全国きってのイチョウの巨木として名高い。三十年前に一度訪れたことがあるが、当時の姿と比べると現状は衰えが甚だしい。
幹回りは実に13m。秋にはギンナンが150kgも実るという。樹齢千年。霊木として崇めれ、樹幹から十数本の気根が垂れ下がっていて、乳の出の少ない婦人は、これを削って煎じて飲んだという、その古傷が見られる。
樹が傷む理由は、人間にある。往時は歩く道しかなく、訪れる人もまばらであったに違いないが、今は近くに車道があり、観光客も大勢訪れる。車の重量と人間の踏圧などで根を傷めているのが主な原因である。
富山県氷見市の老谷の大ツバキから、スライドは山梨県の北巨摩郡武川村を再び訪れ、実相寺の山高神代(やまたかじんだい)ザクラを映し出す。現存するわが国最古のサクラで、樹齢1600年と推定されている。
記録には樹高45尺
(約15m)とあるが、現状には往時の姿はない。急速な樹勢の衰えで大枝のほとんどが失われ、東に伸びるただ一本の太枝が、途中で失われた主幹に代わって、懸命にこの老桜の命を支えている。
目通り幹囲10・7mという幹には、巌のような迫力がある。しかし、上半身欠如の、桜の老木の姿は、むしろ無残である。失われた大枝の痕から、雨水が過剰に主幹に流れ込むのを、防ぐために屋根が掛けられている。
木は根が命である。このサクラに近い場所に舗装道路ができ、東京オリンピック以来の建築景気で、砂利を積んだトラックが盛んに通って根を痛めつける。
環境悪化が引き起こす自分達の未来を見るようだ。
昭和46年から、色々な救済策が行われたが、5年前、専門の樹木医の診断で幹の腐敗はウスキアナタケ菌によるものと判り、手術の結果、腐敗個所を除去し、防腐処理が施されて、ようやく勢いを取り戻しつつある。
しかし、安心には まだ ほど遠い。徳島県鳴門の根上がりマツ、香川県の小豆島誓願時(せいがんじ)のソテツ、群馬県沼田市町田の薄根の大クワ、長崎県奈良尾のアコウ・・・・などなど
巨樹のスライドが次々と紹介され、見る人はその力感と生命力に圧倒される。
各地の神木には、そのお世話をする人が必ず一人いるという。
その人は、まるで選ばれた人であるかのように、使命感をもっている。
巨樹という圧倒的な存在に、人は畏怖して神を感じるのだろうか。
水沼さんこういうのだ。
巨木は大自然が生んだ、長命で寡黙な智者だ。
テクノロジーの進歩のひずみが深刻化し、新しい価値の構築が必要な今こそ、
各地に残る数少ない智者たちの確かな記憶と知恵に、耳を傾けてはどうか。
終わり
(文責三上卓治)
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