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98/08/23「不登校児の問題を考える」

 今日(8/23)の雑学大学は上田早苗さんの「不登校児のことを、あなたはどう考えますか」でした。上田さんは「日本語教育センター」を経営しておられますが、昨年10月から不登校児を対象に、「上田学校」を吉祥寺に開校しました。不登校の小中学生が十万人を超えたといわれる今、上田さんは小人数ながらも、不登校児の心の扉を開く、教育しない学校というユニークなスペースで、問題解決に挑戦中です。

 ●上田さんは、今週の新聞記事を切り抜いたコピーをA4判5枚をセットにした資料を持参した。朝毎読東京など各紙の、不登校(登校拒否)関連の記事である。その中の出色の記事は、821日東京・晴海のホテルで開かれた「登校拒否を考える夏の全国合宿'98」のシンボジュムである。

不登校の子供を持つ親の会や、フリースクールなど、全国の70団体が加入する「登校拒否を考える全国ネットッワーク」が主催し、今年で8回目になる。参加者は子供や親で過去最多の900人にのぼる。子供たちは23日まで合宿し、交流を深めるという。

 シンボジュムで発言した、学校へ行っていない中学生らは「行く、行かないは子供に選択させて」「行かなくても異常視しないで」などと胸のうちを訴えた。学生服通学がいやで不登校を続ける中学1年生。教師から体罰や、仲間からいじめを受け、学校へ行けなくなった中学3年生の言葉だ。

 参加者から、それぞれ記事に対する感想を求めたのち、座談会風に上田さんの話が進行した。参加者の中には実際に不登校児を抱えている母親もいる。「登校拒否」には色々な問題が複雑にからんでいるので、その原因は一口にはいえない。

 しかし、「義務教育」とは何かを考えることが、問題解決の糸口に繋がる。「義務教育」とは子供が教育を受ける義務があるのではなく、国が勉強したい子供に教育を提供する義務があり、親も教育を受けさせる義務があるという意味である。学校へ行かなければならないという義務が子供にあるのではない。不登校という言葉は、そこから生まれる。

 つぎに、子供の「いじめ」の問題。

いじめは昔からあった。しかし、いじめ方が昔は、度合いがお互いに分かっているようないじめ方だった。今の子供には体感する遊びが少なく、バーチャルな遊びが中心になっているので、痛みの度合いが分からずに進行する。

 ついで、「管理される」子供の問題。

今の子供は、親から管理され過ぎている。子供が自分で考える前に、親が口を出してしまう。したがって、子供自身で判断できない、あるいは、子供の幼い判断で行動してしまうことが多い。

その次に気づくのは、今の子供たちの、「心身のバランス」の悪さである。

あながち、子供の責任とはいえないが、昔の子供と違って、知識があり、頭もいい。食料事情も格段にいいから、体も立派に育っている。社会の情報量も多い。体験しないことでもバーチャルで経験できる。

 しかし、その立派な子供たちは、いいことづくめなのに、何かひ弱であるのは、温室の促成栽培のように、バランスが悪いからである。昔の子供がすべて良かったとは言えないが、親も、社会もじっくり育てたから、子供らしくそれなりに心身の力が備わった。

 今はどうだろう。子供がいそがし過ぎる。

学校から帰ると塾。ピアノ。バレー。水泳・・・・などなど。母親も家計のためのパートなどで忙しいが、子供のスケジュール管理が大切な仕事になっている。企業戦士の父親は疲れ果てて、家庭を顧みない。

 不登校児になる原因は複合的で、簡単に決められないが、相談にくる子供に共通していることは、「殻」を被っていることである。親の期待、先生の評価に対する「いい子」を演技する自分。仲間たちとの付き合いの中での自分。それらと「殻の中にいる本当の自分」との相克。ストレスが子供の心を蝕む。

 このストレスの壁を破れない場合、子供は学校に行けなくなる。

特に最近の子供たちは、諦めが早いから、すぐ「いやんなっちゃう」のだ。昔はみんな貧乏で、一所懸命に働いている親の背中を子供たちも見ているから、そんなわがままは許されないことを感じていたと思う。

 近頃の豊かさは、子供を「わがまま」にしてしまった。

「学校へ行かないという選択の自由を認めて下さい」という子供は、「学校へ行かない」という選択をしてしまったことに、責任を持っていない。また、そのことにも気づかない。

 ある不登校児(女子、現在中2の年齢)は、小学校5年から学校へ行っていない。その子に言わせると、私の先生は「私がなぜ学校へ行かなくなったか、分かろうとしない」という。「それが分かるまで、私は学校へ行かない」のである。

 自分に起こっている問題に対して、この娘がとっている恐るべき甘え。

親がいなくなったら、あなた、どうやって食べていくの。学校へ行かないのなら、手に職をつけるとかの勉強して、周りにに認めさせるということを、何故しないのか!と思わず怒ってしまった。

 上田さんは昨年10月から「上田学園」を開校した。

その理由は、外国人むけ日本語学校のビジネスのために、ロンドンを訪れたときに見た、低年齢の日本人留学生の実態に驚いたことに、端を発している・・・・・。

 上田さんが留学した20年前のロンドンでは、日本人はほとんど見かけることはないくらい少なかった。いま、日本語学校のビジネスでロンドンへ行くと、どこもかしこも日本人だらけになっている。そして、驚くのは年齢の低年齢化である。地方都市もまったく同じ傾向だ。

 上田さんが会ったのは5年生の日本人小学生であった。日本の小学校で色々問題があったから、ロンドンの学校にきている。英国の公立校へ行っても英語が全然分からない(日本語だって5年生じゃ良く分からない)から、日本人学校へ行く。するとそこは英国なのに、まったく日本人社会である。

 遅くまで遊んでいる日本人の子供を捕まえて、聞いた。

上田: 学校へ行かないの?

子供: うん、今夏休みだから。

上田: ゲーセンで遊ぶと、お小遣いかかるでしょう。幾らくらい使うの?

子供: 6万円。

上田: 日本では、普通のお父さんの小遣いが月に3万とか、15千円とかよ。

子供: ぼく。それ1週間。

 

夜、11時頃のバスの中の会話である。

公立校へ入ったものの、言葉が分からないから、落ちこぼれた子供もゲーセンへやってくる。日本人学校の落ちこぼれとつるんで、一日中そこで遊んでおり、これも日本と同じだ。見たところ、いい子なのに、これらの子供たちはイギリス人の鼻つまみになっている。

ヨーロッパはものすごい失業率だ。イギリス人もみんな生活を切り詰めて暮らしているのに、日本の子供たちは、ばんばん金を使う。大学にくる日本人学生も多い。ところが英語力が乏しくて入学はできても卒業できない。小学校から大学まで、問題のある子が実に多いのだ。

上田さんはある筋から、こういう問題を抱えている子たちを再生させる学校を作って見ないか、という相談を受けて悩んだ。というのは、上田さんは混血児のための日本語学校をつくるつもりでいたからである。

そこで、二三の学校の先生方に相談を持ち掛けてみた。

ところが・・・・・。

上田さんが相談した先生には、人間的にみてロクな人物はいなかった。

先生たちは、提出書類の作成に追い回されて忙しすぎることもあるが、自身の修練に努力していないからではないか。普通の勤め人と違って、身分が保証されて、首にならないことが、この結果を招いているのではないか。

学校に問題が発生しても、親達は子供を人質にとられているから、発言に遠慮があるし、教師がたも何時も一段高いところから見下しているから、反省がない。教師指導書で教えているだけだから、授業に工夫もなく、進歩がない。この人って素敵だなと響いてくるような人間味がないのだ。

子供は、日本の学校で色々問題があって不登校児になり、外国の学校へ行ってそこでもはみ出している。その子たちを救うためには、勉強ではなく、子供に本気で接してくれる人を、集めた方がいい。教育は生きていくための道具だ。その道具を使って、いろんなことが出来ることが分かれば、子供たちにも進む道が見えて来る筈だ。

上田さんは、問題児のための上田学園を創設するにあたっては、一般の教師から先生を選び出すことを断念したのである。では、どうするか。上田さんの教師を選ぶ基準は、まず、学歴よりも人間的魅力のあることを第一として選んだ。自分でやりたいことがあったら、何でもやって下さい。

 

「週刊きちじょうじ」編集長大橋さん

雑学大学事務局長でもあり、

上田学園の先生でもあるマルチタレント)。

 

 

ただし、教育はしないで下さい。何故かと言うと、先生のミニチュアは作りたくないから。という選び方で、魅力的人材を発掘した。いわくタウン誌編集長、TV番組企画作家、声優、税理士、商品プランナー、木地師、アメリカ人科学者。翻訳家、ペンション経営者、タイ大学助教授、日本語教師・・・・・・。

去年10月に開校して、まず2名の女子不登校児が、入学してきた。

15歳の子に「何が好きなの?」と聞くと「ピカソ」。「音楽は?」と尋ねると「シューマン」などと答える難しい子供だった。先生は「世間では君たちのことを、落ちこぼれと言ってるんだぞ」と厳しく突き放す。

上田さんは「明日からこの子は来なくなる」とハラハラするが、どうやら本気で付き合ってくれる先生の心が伝わるのか、持ちこたえた。3ヵ月も経つと、どんどん変わって「世の中には、色々な生き方をしている人たちがいるんですね」と言うようになった。

今年になって「先生、人間の社会って上下がついて当たり前ですよね」と言い出した。「競争だもの、当たり前よ。点数つければ差がつくのよ。ここでは点数をつける授業はしてないから、つけないけど゙・・・・・」

だんだん、会話のレベルも高くなってきた。

上田さんは、学校で点数をつけるのは、生徒の出来、不出来を知るためにあるのではなく、むしろ、先生の教え方が生徒に何処まで浸透したかを計る尺度であると考えている。生徒の点が低いのは、先生の教え方が悪いためだ。生徒の方にも、自分の点数が低いのは何故だろうと考えさせる。

上田学園では、「何故だろう」を常に子供たちに考えさせるようにしている。

社会では競争の結果、上下の差がつくのは当たり前だ。この学校は点数がつく教え方を、今はしていない。何か変だぞと子供の方で疑問を感じたのである。自分が置かれている立場が、分かって来たようだ。

 学園の先生は、自分の仕事を持っている人ばかりだ。

その人たちの話を聞くことによって、人間には色々な生き方があることを、子供たちも理解し始めた。3ヵ月も経つと、先生には全然問題がなく、自分が弱いから不登校をしていると、口に出していうようになってくる。

 本職の教師ではない先生がたの授業は、全部お任せでやっている。

月に一度大阪から出張してくる先生は、生徒が宿題を忘れると、先に進めないから本気になって怒る。すると、生徒も自分のせいで忙しい先生に迷惑をかけ、自分も損をしたことが分かって反省する。

 上田さんは、あるとき自分の授業に、日本語を勉強にくる外国人を混ぜてやってみた。

子供が「俺さー・・・・・」と先生に話しかけたら、

「オレサーノ( サ)ハ、ドーユーイミデスカ」と外国人から質問された。

子供は社会に出たら、ちゃんとしなければいけないことを、それで知る。

 

上田学園は、学校だけど学校じゃない不思議な場所だ。

「勉強がつまらない!」「何をしていいいか分からない!」

「自分のための勉強がしたい!」「登校拒否をしている!」

そんな人集まれ〜! 学校案内のカリキュラムにはこう書いてある。

 

〇コンピュータを手足の一部にする(全授業で使用)。

〇人を納得さっせる話し方を身につける。

〇大きな話から小さな話までみんなでディスカッション。

〇タイの文化や言語を通して知る異文化コミニュケーション。

〇外国人を通してみ直す日本と日本語(モデルクラスの生徒は全員外国人)

 「上田学園」を終了して、もっと勉強がしたくなったら、英国の専門学校や大学に進学することもできる。応募条件としては、原則として15歳以上の男女(現在の学生は16歳から72歳まで)。15歳以下の人もご相談にのるという・・・・・。

終わり

(文責 三上卓治)

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