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今日(7/4)の雑学大学は、吉田悦子さんの「ペットとの別れ・・その時あなたは」でした。吉田さんはノンフィクション・ライターですが、とくに日本犬については他の追随を許さない情報をお持ちです。今回は「全国ペットの霊園ガイド」(黙出版刊)を出版する当たっての取材メモから、約100点のスライドを駆使しての立体的な講演でした。
●私はフリーのノンフィクション・ライターであるが、たまたま最初に手掛けた仕事が愛犬雑誌の連載記事だった。もともと大好きなイヌのことだったこともあって、創刊以来、長く続いている。この連載をまとめて「日本犬・血統を守るたたかい」(新人物往来社刊)を平成9年に出版した。
わが国でも、生活の豊かさからかペットに対する認識が、最近高まってきた。そして、愛する生き物を失った深い悲しみから立ち直れないペットロスも、欧米並みに社会問題化している。命あるものは必ず死を迎えるのは、自然の摂理である。ペットは飼っている人間より命が短い。家族の一員であるペットに、幸せな生をまっとうさせるため、いつか来る「別れの日」のことを、考えておくことは、生き物と暮らす人間の責任である、といえる。
ペットとの別れの時にはどうしたらよいか。
私は、出版社から企画の相談があった際に、ペットの飼い主の最終責任であるペットの葬儀の仕方、霊園の情報から、この問題を取り上げた方がよいと、考えた。本日、お話する内容は、ほとんどこの企画の取材ノートによる。
最初に「共生」というキーワードから。
ペットは、その家の子供とともにあるというイメージが昔からあるが、昨今はむしろ、その家のあるじ、お父さん、すなわち中高年の入れ込みが強いという傾向がある。
話は前後するが、バブルの頂点の頃には、わが国のペット飼育もまた全盛であった。バブルがはじけた今は、ペットも使い捨ての運命を辿る。記憶にも新しいシベリアンハスキーが、動物管理センター行処分犬として目立つという、無残な結果になっている。不用犬(猫)は年間80万頭以上ある。
このことは、日本人がペットを愛するという文化が、未成熟であるということを物語っている。取材に際して、この点についてお父さんたちの意見を求めると「けしからん事だ!」との言葉が帰ってくる。家族がペットを飼いたいと希望したときには、責任をもって面倒を見るという念書で、OKした方もいる。
お父さん達には、少年時代に犬を飼ったことがある人が多い。しかし、社会に出ると企業戦士で、時間的にも経済的にもその余裕がなく過ごした。中高年になってやっとゆとりができて、ペット飼い始めた人がペットを失うと、かなり深いペットロス症状になる場合もある。
ペットロスというと、若い独身女性や主婦といったイメージがあった。しかし取材をしてみると意外にも中高年の男性にもみられる。実際に「今日は、自分の猫の喪に服します」と言って、堂々と会社を休む人もいた。ペットロスという現象の中に、複雑な社会の人間模様が窺がえる気がするのである。
スライドのファーストシーンは、キャバリアという種類のワンチャン。縫いぐるみの人形のような愛らしさ。20人からの犬連れの佐渡旅行に同行したときのワンショット。犬連れの団体の乗船風景。整然とした犬と飼い主の行進に、一般観光客の驚きの表情。「愛犬とともに佐渡旅行」という優良家庭犬普及協会の企画であった。
2時間ほどの船旅である。ワンチャンも人間と同じように座席に坐るが、飼い主のマナーとして、席を汚さないように専用の敷物を敷いている。背中に赤いリュックサックを背負った黒い犬。リュックの中にドッグフードや、糞の始末用のビニール袋など、犬の生活用品を入れてある。
洋服を着せてあるミニダックス。これは単なるお洒落ではなく、毛が飛んだりしないようにとの配慮でもあるのだ。客室ではレインコートを着せたワンチャンも見受けたが、同じ配慮だった。観光名所の眺望台に、海を背にして同行ワンチャンの記念写真。犬だけで、適当な間隔をもって「伏せ」ている。
この犬連れの観光客は、犬の種類もそれぞれだし、出発点も全国各地である。集合地点には、電車や新幹線に乗って集まったが、何ら問題はなかったという。
佐渡の旅館も、十数頭の犬の受け入れには、最初恐れをなしたらしい。しかし、実際泊まってみると、犬たちのしっかりした躾には、感心してしまった。
旅館の主人の中にホームページを持っている人がいた。犬たちの旅行の受け入れに心配したが、最後には何という素晴らしい犬たちだろうという驚きの感想を持ったこと、次回から犬様大歓迎という言葉で結んでいる。仙台からきた雑種のワンチャン、もとは佐良直美(歌手)さんに飼われていたらしい。
佐良直美さんは那須で、100頭以上の野犬や野良猫を集めて、飼育したり、家庭犬のしつけ教室なども開いて、楽しく生活している。里親希望者には、飼育のナマーや、責任について厳しい条件をつけてから、小犬、小猫を渡すようにしているそうだ。
観光バスの座席では、飼い主とワンチャンが並んで坐る。汚さないように、座席をシートで覆いながら坐るのがマナーだ。佐渡交通のガイドも、これだけのワンチャンを迎えたのも初めてだが、バスに乗っている間、一声ワンとも言わず、大人しく飼い主に寄り添っていることに、もっと感動していた。
さらに、人間と犬の「共生」というキーワードをスライドで追うと、
これは、三才くらいの女の子と、おとなしいラブラドールの写真。犬は完全に家族の一員になりきって、「子守り」をしている場面である。昔は、大きな犬は恐ろしいという感覚が人々の間にあったが、現在では犬に対する理解も進み、大きいからといって敬遠されるようなことはない。
次は日比谷公園での、犬の肖像画を描いている小笠原ゑつ子さんの二匹のワンチャン。つねに二匹のワンチャンと共に、仕事先まで移動する。先日、銀座の個展の会場でも、この二匹がお客を迎えていた。ごく自然に、いつも共にいる。
次のスライドは、我が家の雄犬ジョニーである。年齢は十二歳と推定される。推定という理由は、迷い犬で我が家にいついたので、生まれた日時が分からないからである。ポインター系の雑種で、現れたときは飢餓状態というのか、あばら骨が見えるほどに痩せこけて、顔中が皺しわの成犬だった。
食事を与え、数ヶ月経つと皮膚のたるみも消えて、結構愛らしくなってきた。
家の仏間にごろんと横たわるスナップであるが、すっかり家族の一員となって、くつろいだ日々を送っている。日中はごろごろ昼寝をしているが、お散歩のときは、シャンとして張り切って歩く。人間の年齢だと六十歳くらいになる。
郡司ななえさんと盲導犬ぺリラ。
一代目の盲導犬ベルナとの心のつながりを、全国各地で講演されている。「ドッグパーク」の普及を目的にする協会の設立パーテイで、写したスナップ。
ベストセラー「盲導犬ベルナ」の著者である。郡司ななえさんは二十七歳の時、病気で失明した。その後、大変な苦労をされ、鍼灸の技術を身に付けて生活しながら、講演旅行をしている。
ななえさんは、私に「自分は目が見えなくて、良かったと思う」と語った。目が見えていたら、今のような幸せな暮らしはなかったと思う。
目が見えないことで、盲導犬と敏感に心を通わせることもできるし、犬は言葉を喋れないかわりに、僅かな気配から、主人の気持ちを察する能力がある。犬と一心同体の生活のおかげで、自分はどれだけ心の安らぎを得ているか、計り知れない。目が見えていたら、このような体験はできなかったろう、と。
小金井市の冬木さんご一家の、愛犬ウィンター(コリー)を囲むスナップ。
コリーは、名犬ラッシーのテレビドラマの影響で、日本中の大ブームとなったが、繁殖過多になった結果、「バカ」なコリーが増えてしまった。その後、レベルは回復して、冬木さんのコリーは現在、三代目。コリー一筋である。
では、そろそろ、写真とともにペット霊園のお話をすることにしたい。
次の写真は、東京・足立区にあるペットの葬儀屋さんである。開業して15年。祭壇の花の横に骨壷が見える。大きいのは大型犬用、小さいのは小型犬又は猫用である。ともに布で被われている。ここには、ペット専用の火葬炉がある。火葬炉の手前にあるのは、棺(ひつぎ)であるが、これは段ボールで出来ている。
このオーナーの、絶対に火葬炉からダイオキシンを出さないという こだわりから、燃え易いものを選択して段ボールにした。火葬の前に家族が集合して、それぞれの想いを抱きながら、ペットの霊に手を合せる。遺骨は壷に納められて、納骨堂へ。一段が六区画に分かれ、造花や写真が飾られている。
納骨堂の言葉のイメージとは逆に、明るくて、賑やかである。位牌にはさすがに戒名はないが、○○○の霊とペットの名前が書かれている。ほかに、オモチャやペットフードなど。家族の思い入れが、いっぱい詰まっている様子が、ありありと見える。
次の写真は、千葉郊外のたんぽぽ墓苑。
正面には、金色に輝く八メートルの観音像が建っている。墓地にはペットの墓が並んでいるが、セラミックスに犬の生前のフルカラー写真などを焼きつけたものもある。「ありがとう リリー」と、それぞれの家族のメッセージなども。
この霊園は、芝生も綺麗に手入れさており、明るい雰囲気がある。山を切り開いて造成したらしく、墓地は段々になっており、かつ南斜面であるから、日当りもいい。個別の墓地のほかに、共同の供養塔もある。ロッカー形式の納骨堂。ロッカーの扉を開けて、中の祭壇や位牌にお参りする仕組みである。
一つを覗かせて戴いたら、空間が上下に分かれて、上には祭壇と位牌。下の段には三つの骨壷や卒塔婆があった。次の写真は、お盆とか、お彼岸とかに行われる慰霊祭の風景。テントの中の祭壇に、お参りに集まった十数家族が線香を手向け、僧侶がペット名を読み込んだ読経をあげる。
六本木にあるペットセレモニーホール。
六本木交差点を溜池方面に歩いて数分。ダックスフントなどの犬屋さんのビル。
二階が、金色に輝く祭壇になっており、一瞬、異次元空間に迷い込んだかのような気分になる。祭壇に向う大理石の道を進み、僧侶が読経をする。
ンジェルという、舞うような形の人形がペットの骨壷の周りを囲んでいる。
これはペットの霊を天国に案内する役目をするという。まことに、ファンタジックというか、なんというか、言葉を失うのであるが、タレントなど、結構有名人の利用が多いというのが、この霊園のウリである。
この愛犬の肖像画は、先程ご紹介した犬の肖像画家小笠原ゑつこさんの作品である。
ペットが亡くなったとき、あとに残るものが欲しいという要望が意外に多い。小笠原さんは、それを受けて、ペット生前の元気な時の肖像画を描いている。それだけ、ペットは、人とのつながりが深く、その思い出は永遠であるという証左でもある。
この写真は、渋谷駅前の忠犬ハチ公の銅像である。毎年4月に忠犬ハチ公祭りが開かれる。主催は忠犬ハチ公銅像維持会で、渋谷駅長や渋谷区長、デパートの店長とか、ゆかりの人々が集まってハチ公の慰霊祭を行っている。
秋田県大館市の生まれ。秋田犬の名を高からしめたハチ公は、飼い主の上野博士とともに青山墓地に眠っている。
これは忠犬タマ公の銅像。JR新潟駅にある。新潟には柴犬サイズの猟犬がいたが、その一種である。猟犬として飼われていたが、冬山での猟をしているとき雪崩が起きて、主人が行方不明になった。それをタマ公が必死で捜索をして、ついに救出した。昭和12年、市民の献金で銅像を造った。
名古屋駅前の盲導犬サーブ像。シェバードである。視覚障害者の目となって尽くした。あるとき、主人と一緒に道を歩いているときに、交通事故で脚を切断するほどの重傷をおった。主人の身代わりに車に轢かれたと、サーブは一躍有名になった。そのためサーブの銅像も左の前足がない。
茨城県立自然博物館。館長の中川志郎さんは、以前、上野動物園の園長をされていた方である。ここにオオカミの剥製が展示されている。犬の祖先伝説が日本の各地にあり、そのルーツ説にロマンを感じる人々も多く、ニホンオオカミを秩父の山奥で見たとか、和歌山の山で写真を撮ったなどの話も絶えない。
ニホンオオカミは、実際には人間によって絶滅させられたと考えられる。食物連鎖の頂点にいたオオカミの絶滅によって、北海道のエゾシカが捕食をされないから増え過ぎて、植林や農作物への食害を起こすという現象をもたらしている。ニホンオオカミ協会という団体もあるそうだ。
日本犬の血統を守る努力をしている人々は、ある意味では、オオカミに見られる野性の姿を、犬に求めているのではないかと感じることもある。
では、ここからは日本犬のPARTに移りたい。
さて、日本犬の最初の写真は柴犬のチャンピオン犬。
日本犬の特徴である耳がピンと立ち、尾が巻いている。四脚はすっきりと地につき、胸は張っており、腹部は引き締まって申し分がない。鼻部は黒く、目はつりあがり気味の三角形である。表情も凛々しく、気品を感じさせる。
飼い主は、市川で中華料理店を営んでいるが、犬の散歩の時間になると、オートバイで帰宅して、一緒に散歩に出かける。まさに犬のために生きているかのような生き方だ。みっちり1時間の運動。冷水のシャワー。食事は馬肉。こうして鍛えられた柴犬の毛質は、軟らかな下毛を表側の剛毛が覆うという自然対応型だ。
甲斐犬。ご存知、何でも鑑定団の中島誠之助さんが飼い主である。古美術の目利きとして、勝れた眼力の持ち主だが、住まいの世田谷周辺で色々な犬を観察した結果、甲斐犬しかないと決めたという。黒い毛の中にこげ茶色の縞模様がある虎毛である。
甲斐の国、山梨県原産の犬で、日本犬の純粋種である。やはり耳がピンと立ち、尾が巻いている。甲斐の山奥で猟に使われていた歴史が長い。主人には絶対服従し、敢然と獣に立ち向う。柴犬のメス伊万里チャンを13年飼ったあと、寂しさに耐えかねて甲斐犬にした。お宝犬の名前は勘介という。
中島さん宅のダイニングルーム。中島さんがコーヒーにミルクを入れたあと、ミルクカップの底に残るミルクをペロペロなめる勘助とのツーショット。勘助はこのミルクが大好きで、残りを上げないと怒る。毎朝5時起きして、普段は和服の中島さんが、スポーツウエアに着替えてから勘助と運動に出る。気性が激しく、見るからにたくましい勘助と中島さんは、しっかり組み合って暮らしている。
四国犬。四国の山中を猟犬として駆け回っていた狼タイプの中型犬である。鋭く切れ上がった目には、気迫が感じられる。四国には土佐犬という有名な闘犬用の犬がいるが、あれは四国犬に大型洋犬を掛け合わせて作ったもので、純粋の日本犬ではない。
北海道犬。別名アイヌ犬ともいわれる。大人しく見える親子のスナップだが、ルーツを辿ると、羆にでも向っていくという逞しい気性の猟犬である。飼い主は東大病院の中の花屋さん。お医者さんや看護婦さんに可愛がられ、病院のアイドル犬となっている子犬をうずり受けた人も多い。患者さんも時々、病棟から出て来て頭を撫でている。
川上犬。長野県川上村の産である。柴犬の系統であるが、陸の孤島のように山また山で隔離された川上村であることが幸いして、日本犬としての純粋種が保たれたという猟犬である。昔は、柴犬であっても、土地土地で固有の名を付けていたが、村の名前が付いている犬は、天然記念物の川上犬だけである。
日本犬に共通する特徴は、簡単には他人になつかないという野生味である。しかし、主人には、実に忠実である。日本犬に惚れ込む人は、その潔さがたまらないのである。
つぎは、取材ノートから「犬へのこだわり」の紹介をしたい。
これは懐かしいスピッツ。昭和30年代には全盛を極めた家庭犬であった。
純白の姿が可愛らしいが、キャンキャン吠えるのが狭い住宅事情から、嫌われて50年代以降は急激に減少してしまった。しかし、キャンキャン吠えるという欠点を克服した改良も進んで、いまはおとなしいスピッツが復活しつつある。
トイプードル。生後3ヵ月の洋犬である。
飼い主は元大学教授で、ペット法学会の設立に尽力をされた方である。昨年、トイプードルの老犬ロリー(19歳7ヵ月)を失って、大変なペットロスを経験したと述懐する。亡くなる直前の数年、元教授は犬の介護をした経験がある。
人間の年齢に換算して約百歳になった老犬は、家の中の、わずか1センチの段差にもつまずく。バリアフリーの家は、人間のためだけではなく、ペットのためにも必要だということを実感した。ロリーは、どんな場合にも粗相はしなかった。よろめきながらも、決められたトイレの場所に向うのだった。
そのさまが、余りにも痛々しいので、犬用のオムツを作ってあてがったという。ペットは若いうちは元気だが、そのうちに飼い主の年齢を追い越す。緑内障や痴呆症になる犬もある。食事の関係で糖尿病などの老人病にもなる。元教授は、自分の親を介護する気持ちで、老犬ロリーの最後を看取ったという。
犬の散歩の途中でよく出会う、自宅の近所に住む歌人。愛犬はミッキーという。数年前ガンのため胃の全摘手術をした。ミッキーと散歩しながら、歌を詠むことが生きがいである。子犬でやってきたミッキーの一挙一動が、家族の笑いを呼び、一家の明るさを取り戻した。犬のお陰で幸せを感じるという。
隅田川の河べりで見かけたホームレス。自分たちの小屋の横に犬小屋をつくり、犬を飼っている。散歩は朝夕、隅田川の河べりである。家財道具をいっぱい積んで、青いビニールシートで覆われたリヤカーに繋がれた雑種の犬。この飼い主は、自分達の食べ物に不自由していても、犬には身銭を切ってドッグフードをちゃんと食べさせている。
国分寺にお住まいの、芥川賞作家の井出孫六さんは柴犬系の雑種の飼い主である。柴犬系の雑種であるが、河川敷に捨てられていたのを拾って育てている。河川敷は動物にとっては、広々として格好の運動場であるが、逆にペットの捨て場としても、心無き人にとっては好都合であるようだ。
井出さんの自宅のお庭に、先々代からの犬の墓がある。居間から見える場所に盛り土をして、葬ったものである。二階の仕事場から下りてきて、居間で今飼っている犬と戯れたり、亡くなった犬達のことを思い出したりしながら、心を休めている。夏場は自然に囲まれた長野県の別宅で、犬と共に過ごす。
などなど、犬がかけがえのない家族として惜しみなく愛情を注がれ、その命を輝かせている話は尽きない。人間本来のあり方や、自然や、やすらぎをを求めて、人は動物と暮らすのだろうか。犬を通して、さまざまな人間の姿が見えてくる。
終わり
(文責 三上卓治)