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☆ 故事 文化革命の下放政策のもと、マーとルオは、一本の石段の道を山村へと登っていく。 およそ、その村は、”文化”とは無縁の村だ。 その村で、マーとルオは、「再教育」を受けるため、村人たちと労働を共にする。 そして、村の生活の中に、ほのかな安らぎを見つける。 お針子、そう、名もなきお針子への恋心。。。。。!!
村の文化というば、巡回の朝鮮映画だ。 お針子は、文化に渇望している二人に、禁書の外国小説を持つ再教育中の知識青年 から盗んだらと。。。!! その中に”バルザック”の小説がある。。。。 やがて、お針子は、ルオの子供を身ごもるが。。。。 ルオは、街に残った父の看病に、二か月ほど帰っていく。 それとは知らないルオは、マーにお針子の監視を頼む。 マーは、毎日、お針子に外国小説を読み聞かせる。 そして、お針子の中絶シーンとマーの奏でるバイオリンのモーッアルトのソナタ。。。 お針子と”バルザック”。。。。!! 中絶後、お針子は、マーとルオを山村に残して、一本の石段の道を出ていく。。。!! 髪を切り、真新しい白の運動靴を履いて。。。。!! マー、ルオ、お針子のそれぞれの愛の形は。。。。!! ☆☆☆ この”小さい中国のお針子”は、中国の演員だが、まぎれもなくフランス映画だ!! 監督の”戴思杰”はフランスに住み、故国を思う。 山村といっても、風景は、幽玄の山水画の世界の張家界が舞台になっている。 中華の世界の香りを微塵も感じない。 フランス映画の”シェルブールの雨傘”の香りがした。 ラスト、マーはいう!! ルオの問いに対して!! ルオ: お前も、あの子を愛していたよな!! 分かっていたよ!! マー: そう! だけど、お前と俺とは、愛し方が違っていたんだよな!!
お針子の中絶後、マーは、お針子を背負って、気晴らしに街に買い物に行く。 お金は、バイオリンを売り払った25元、20元をお針子に、5元は自分に。。。 そう!! お針子は、街でマーからもらったお金で、自分の旅立ちの支度をしたのだ。 それは、マーのお針子への”愛”ではなかったろうか?? また、それは、お針子がマーの”愛”に応えたのかもしれない?? お針子の”バルザック”の”自立と自由”への目覚めではなかったろうか?? ただひとつ、中国の香りを感じたのは、お針子の旅立ちのシーンで見せた ”周迅”のきりりとした意志の強さには、”鞏俐”の面影をかいま見た!! (2003.3.16記) |