|
|
☆ 故事 それは、おだやかに流れる川につつまれた静かな田舎町での故事。。。 日中戦争も終わり、親友を訪ね故郷の駅に降り立った”志忱”。。。。 病にかかった親友の”礼言”は、驚いて”志忱”を迎える。 ”礼言”の傍らには、かっての恋人”玉紋”がたたずみ、”志忱”を迎える。 何と言うことなんだ!! ”玉紋”が、親友の妻になっているとは。。。。。 医者である”志忱”は、かって使ったことのある書斎で過ごし、 ”礼言”、”玉紋”と日々をともにする。 これまでは、おだやかに日々の買物と刺繍をひとときの楽しみに活きてきた ”玉紋”。。。。 自らの病に、憔悴し、活きることへの希望を失いかけていたていた”礼言”。。。 そのおだやかな川面に、ひとつの波紋が広がっていく。。。。 このおだやかな春の季節とはうらはらに、三者三様に、愛と誠実に苦悩し ながら自らの意志に活きていく。 ☆☆☆☆☆ 田壮壮監督、10年ぶりの作品です。 この作品は、かって1948年に発表された”費穆”監督の名作のリメイク という。 ゆったりと流れる川の水面に、春の光がさし、モノトーン調の中に、きらきら ひかる春の陽光が、実にみごとなカメラアングルです。 希望を予感させます。
しかし、激しい愛の葛藤が生まれます。 義理の妹の”秀”の16歳の誕生日を祝う食卓!! ここから続くシーンは圧巻です。 祝いのゲームにことよせ、酒杯をあげる”玉紋”と”志忱”。。。。 傍らで見つめる”礼言”。。。。 堰を切ったように”志忱”に求める”玉紋”の愛!! 受け止めたくも受け止めきれない”志忱”の愛!! そして、書斎でせめぎ合う愛の緊張を、自らの手でガラス窓を割り ”志忱”がかけた鍵を開ける”玉紋”。。。。 このシーンは、二人の感情表現が実にみごとに画かれている。 胡靖〔金凡〕の押さえながらも、力強い演技がすばらしい。 ”玉紋”の身を包む黒のチーパオが、実に”玉紋”の情念を引き立て ている。 そして、”礼言”の睡眠薬自殺と”玉紋”の戸惑い。。。。 それを助ける”志忱”。。。。 ラストシーン 上海へ戻るため”秀”と”老黄”に見送られて、駅に向かう”志忱”!! 上海へと戻る”志忱”を見送ることなく、庭木を剪定している”礼言”!! 何事もなかったかのように、窓辺で刺繍をはじめる”玉紋”!! 春の日のひととき、三者三様の愛は終わったのだろうか。。。。? なにがしか明るい春の陽光が旧家にそそいでいる。 これまで、いつも窓辺で刺繍をしていた”玉紋”だが、汽笛を聴きながら 刺繍をする”玉紋”には、新たな活きる希望が見える!! ☆☆☆☆☆ 1948年という時代は、まだ新中国が成立していない混沌とした時代だ。 そういう混沌とした時代の中で、こういう男女の愛をテーマにした作品があっ たということ自体に驚いた。 ”費穆”監督の作品は、もっと暗い印象だという話であるが、それにしても 中国映画の懐の広さを感じた。 ”費穆”監督の”小城之春”を観てみたい!! 田壮壮監督は、三人の感情表現を実に丁寧に描いている。 映像全体が落ち着いていて、そこに3人の登場人物が溶け込んでいる。 舞台装置は、蘇州の”自然”、”旧家”のたたずまいと”人”である。 何ともシンプルな舞台装置である。それ故に、人の心の葛藤をどう伝えるか がこの作品の見所だと思う。 その点、三者三様の心の葛藤が、スクリーンから直に響いてくる。 ”玉紋””礼言””志忱”、それぞれのこれからの生き方に思いを馳せると。。。 何だか心地よい余韻を残してくれた!! ”胡靖〔金凡〕”は、映画初出演だという。こういう演技ができる女優が 潜んでいるというのが、また中国映画の楽しみだ。 お気に入りの作品のひとつになった。 (2003.8.3記) |