NEON GENESIS EVANGELION
新世紀エヴァンゲリオン小説化計画
4「ようこそ、ネルフへ」
旧熱海市から上陸した使徒は、芦ノ湖へ向かって北上を続けていた。
深い山の中をうねるように続く道路に沿って、使徒はゆっくりと歩き続けた。アスファルトは踏み抜かれ、熱海峠の料金所は蹴り散らされた。雑草のようにかき分けられる森の音を聞いて、鳥が逃げ惑っている。
使徒は人間の攻撃を全く意に介していないようだった。不可解な輝く銛で撃ち落とされる戦闘ヘリにしても、まるで人に払いのけられるハエのようだった。
使徒の上陸を許した時点で、国連軍上層部はN2爆雷を使用する決意だった。N2爆雷は、核兵器を除く人類最強の破壊兵器だった。N2爆雷は核兵器と違って残留放射能などを残さないため、「後腐れのない戦略兵器」としてセカンド・インパクト以後の紛争の中で頻繁に使われた経緯があった。
セカンド・インパクトをかろうじて生き残っても、N2爆雷の虐光に焼き殺された人は多かった。N2爆雷さえなければ、地球の総人口も半分にまで落ち込むことはなかったのである。
そのため、N2爆雷の生産・運用は厳重に管理され、国連軍と常任理事国の軍隊のみが所持を許されていた。
許可を受けた戦略自衛隊は、厚木の飛行場に待機していた爆撃機を飛び立たせた。その間に国連軍と陸上自衛隊の合同部隊は退却、航空自衛隊の部隊も帰還した。使徒のまわりには、国連軍の無人偵察ヘリコプターが飛び回っているだけになった。
人間があわただしく戦略を切り替えている間、使徒はゆっくりと、しかし歩みを止めずに歩き続けていた。使徒はまっすぐに芦ノ湖を目指していた。そして、芦ノ湖のさらに向こうには第三新東京市が控えている。
戦略自衛隊の爆撃機が上空に到着したとき、使徒は鞍掛山の斜面を歩いていた。鞍掛山を越えれば、もう芦ノ湖だった。
無人偵察ヘリは、爆風から退避するために上空へ離脱していった。爆撃機は、超高高度からN2爆雷を投下した。
使徒は無線中継所のふもとから、ゆっくりと空を見上げた。次の瞬間、激しい閃光が使徒を包んだ。
使徒を焼いた巨大な炎の柱は、一瞬にして1000メートル上空まで成長し、雲の水分を蒸発させて丸い空間をつくった。偵察ヘリは四方へ退避していたのだが、その半分は爆発の閃光に飲まれてしまった。残りの半分も、衝撃波に襲われて、木の葉のように吹き散らされた。
やがて炎の柱は巨大なきのこ雲に姿を変え、芦ノ湖を覆うように広がっていった。
一方芦ノ湖の湖面は、震えながら衝撃を伝えていた。やがて、10キロ以上離れた第三新東京市にまで突風は押し寄せ、湖尻水門には躍らされた湖水が打ちつけられてしぶきを上げた。
第三新東京市の地下にある発令所のディスプレイは、N2爆雷の電波障害でひどいノイズを走らせていた。
オペレーターの一人が顔を上げて言った。
「衝撃波、第三新東京市に到達しました。映像の方は、あと10秒ほどで回復します」
ディスプレイを眺めながら、ゲンドウは呟いた。
「人間同士の殺し合いには、役に立つ兵器だがな」
映像は唐突に回復した。色彩を取り戻したディスプレイは、爆風のために芦ノ湖の湖面を映し出していた。しかしすぐに画面は転回し、深くえぐられて融解している鞍掛山の斜面を映し出した。
使徒はその中心で、立ち止まっていた。
冬月は言った。
「やはり、ATフィールドか。通常兵器では役に立たんな」
「ああ、だが思ったよりは効果があったようだ」
画面が拡大され、焼けただれた使徒の姿が大写しになった。使徒は、腰の両側にあるエラのようなものを動かしていた。画面がさらに拡大されようとしたとき、使徒の胸部が光り、無人ヘリの映像は途切れてしまった。
冬月は目を細めた。
「遠距離攻撃をしてきたぞ。機能強化ができるのか」
映像は、別の無人偵察ヘリのものに切り替えられた。拡大された使徒の胸部には、二つの眼窩を持つ面の下から、もう一つ別の面が生えはじめていた。
それを見たゲンドウは、口を歪めるようにして苦笑した。
「自己修復機能か。…そうでなくては、単独兵器として役に立たんがな」
その時、再び受話器の電子音が鳴った。冬月は、受話器を取った。
「冬月だ。…そうか」
冬月は、ゲンドウの方を向いた。
「シンジ君を保護したそうだ。間もなくこちらに来る」
ゲンドウは立ち上がると、指令塔の下にある、オペレータールームを見下ろした。
「葛城一尉」
葛城ミサトは、先程から腕組みをしてディスプレイに映し出されている使徒の姿を睨んでいた。
彼女は美しい顔立ちをしていたが、今その眉間には深い皺が刻まれていた。ミサトはゲンドウに呼ばれると、我に返ったように顔を上げた。
「はい」
「初号機の搭乗者が来た。君の指揮下だ。よろしく頼む」
「はい…しかし」
「何だ?」
「司令、私は今回の作戦、良策とは思えません」
ゲンドウはメガネの奥からミサトを見下ろした。ミサトは、ゲンドウのいる指令塔を強く見上げた。
「使徒迎撃に、初号機を使用するのは無理です。零号機の起動実験は失敗してます。それなのに、実験すらしていない初号機がうまく起動できるとは思えません。また、かりに起動したとしても、使徒を迎撃できるほど有効に運用できるとは思えません」
ゲンドウは淡々と言った。
「エントリープラグに乗せておけばいい、それ以上は望まん」
「そんな無茶な…。搭乗者は司令のご子息なのですよ。まだ訓練もしていないのに…。綾波レイでさえ、七カ月訓練してあの結果です」
ゲンドウはミサトの目をのぞき込んだ。
「もう一度言う。初号機の搭乗者を頼む」
「…」
ミサトは唇を噛んで顔を伏せた。
●
シンジを乗せた黒塗りの車は、第三新東京市の市街地から地下へ通じるトンネルへ入った。入り口はどこにでもあるような高速道路風のトンネル入り口だったが、その途中にはいくつものゲートがあり、車を運転していた男は、そのつど守衛にカードを手渡していた。
守衛はみな肩から銃をぶら下げていて、シンジの顔を覗く目は鋭かった。
(こんな人達が、ぼくに何の用なんだ?)
シンジは、ナトリウム灯に黄色く照らされているゲートが動き出す様を見つめていた。
車は最後のゲートを抜けると、カートレインのホームへ到着した。カートレインとは、モノレールで自動車を運ぶための輸送機関だった。広いホームには人影はなく、カートレインはすでに扉を開いて待っていた。シンジを乗せた車は、ゆっくりとカートレインに車体を入れた。
車が車両に乗ると、車のタイヤはロックされ、扉は閉ざされた。間を置かずに、カートレインは動きはじめた。カートレインは、地下鉄のトンネルのような薄暗い穴を疾走しはじめた。
シンジはどこへ行くのかたずねようとして、隣に座っている男の方を見上げた。しかしすぐに目をそらすと、自分の右手を見つめた。
シンジは右手に力を入れてみた。右手は、ぎこちなく握り拳になっていった。その時、急に窓の外が明るくなったので、シンジは顔を上げた。
彼は目を見開いた。
「すごい!」
シンジの目の前には、巨大な地下空間が広がっていた。地下空間にはオレンジ色の淡い光が降っていて、遠くの方はかすんでよく見えなかった。シンジが下を見下ろすと、地下空間の地面は森になっていて、湖とピラミッド型の建築物が見えた。シンジの乗るカートレインから地面までは、かなりの高さがあった。
シンジは地面を見ているうちに寒気を感じて目をそらした。かわりに天井を見上げると、空間の天井にはシャンデリアのようにたくさんのビルがぶら下がっていた。逆さに生えたビルの群れは、奥行きのかすむ地底空間の天井を埋め尽くしていた。
シンジは半ば口を開いてその圧倒的な風景を見つめていた。
「…」
シンジを乗せたカートレインは、そんな巨大な地底空間の外壁を、らせんを描くように旋回していった。
カートレインは地底空間の外壁を二周してから、やっと地面に到着した。モノレールの両脇には針葉樹の森が広がり、その隙間からは湖の照り返しが光っていた。間もなく、カートレインは先ほどのピラミッド型の構造物の前に到着した。
構造物の前にあるホームに停車すると、カートレインのドアはすぐに開いた。
先程、カートレインに乗り込んだときのホームは、地下鉄の駅のように閉鎖された空間だった。しかし今、車が降りようとしているホームのまわりには、広い森林が広がっていた。
窓の外を見ていたシンジはつぶやいた。
「地下に降りてきたはずなのに…」
車がホームに降りると、シンジのとなりに座っていた男は、車のドアを開けた。
「降りてください」
シンジは車から降りると、空を見上げた。
高い天井には無数のビルが並び、その周囲の円形の構造物からは、淡い黄色い光がさし込んでいた。
シンジは背中を軽く押されて正面を見た。
そこには、見慣れぬ女性が立っていた。女性はシンジに近づいてくると、少し微笑んだ。
「碇シンジ君ね」
「…はい」
「はじめまして。私は葛城一尉です。そして…」
葛城ミサトは口をつぐんで、あらためてシンジを見た。碇シンジは、彼女が想像していたよりも、さらに幼い少年だった。ミサトは言葉を続けた。
「…ようこそ、ネルフへ」