NEON GENESIS EVANGELION
新世紀エヴァンゲリオン小説化計画
15「虐殺の徒」
シンジはプラグスーツに着替え終えると、ロッカールームに据え付けてある端末にアクセスした。発令所を呼び出すと、メガネを掛けた若いオペレーターがディスプレイに映し出された。
シンジは言った。
「あの、用意できました」
オペレーターは、一瞬別のディスプレイへ視線を走らせると口を開いた。
「了解。A7待機室で次の指示を待っていてください」
「はい」
その時、ミサトが画面に顔を出した。
「シンジ君?」
「はい」
「使徒がこの街に来るまで、まだ時間があるわ。待機室で待ってて」
「はい…、使徒なんですね」
ミサトは身を乗り出した。
「そうよ。でも、大丈夫。今回も倒せるわ」
「はい」
シンジは端末の画面を消すと、ロッカールームの扉の前へ立った。しかし、彼は扉を開けるのをためらい、ロッカールームを振り返った。狭い室内は、天井からの照明に明るく照らされている。外で作業員達が走り回っている音が聞こえた。
シンジはつぶやいた。
「また…あれに乗るのか」
シンジはロッカールームを出ると、すぐ近くにあるA7待機室の扉を開けた。待機室のベンチには、プラグスーツ姿のレイが座っていた。レイは顔を上げると、シンジを見た。彼はうつむくと、ベンチの隅に座った。
発令所のオペレータールームにリツコが入ってきた。彼女は腕組みをしているミサトに声をかけた。
「遅くなって、ごめんなさい」
ミサトは振り向いた。
「ご苦労さま」
「使徒なの?」
「そうよ」
ミサトはオペレーターに向かって言った。
「映像、出せる?」
「はい」
発令所の巨大なホログラフィックディスプレイには、無人偵察ヘリによって撮影されている使徒の姿が映し出された。赤いエラの両側に浮かぶ眼球のようなものが、朝日に浮かび上がっている。使徒が飛び去った後の田園地帯は、黒々とした地面が醜くむき出しになっていた。
リツコはディスプレイを見上げてつぶやいた。
「…なんて姿」
ミサトは、リツコの方を向いた。
「全く、人間の常識を外れた形ね」
「どうするつもり?」
ミサトは息をついた。
「どうするも何も。今度の使徒は空まで飛ぶのよ。どんな性質を持っているのか、想定しようもないわ」
「そうね」
「ただ、ATフィールドをまとっている点だけは共通だから」
リツコは、ミサトの言葉を遮るように言った。
「接近戦しかないわね」
「そう。考え得る最善の方法は、エヴァによるパレットライフルの使用かしら。…ねえ、リツコ。例の武器はまだ完成しないの?」
「無理言わないで。プロトタイプがやっと形になっただけよ」
ミサトは唇をかんだ。
「…私達はまた、シンジ君を裸で放り出すのね」
リツコは息をつくと、ディスプレイに映し出される不気味な赤黒い物体を見上げた。
「それで、使徒はどこにいるの?」
「現在、第二国会議事堂の北10キロの地点よ」
リツコは目を見開いた。
「なんですって?使徒が都心にいるの?」
ミサトはまゆをひそめてリツコを見た。
「そうよ。なす術もないわ」
美ヶ原の山並みからのぞいた朝日は、松本盆地に広がる高層ビルの森をオレンジ色に照らし出していた。
使徒は中央自動車道を不可思議な力で押し潰しながら、すばらしい速度で南下を続けていた。高速道路の両脇に林立する建物は、小枝がなぎ払われるように倒壊している。空中を浮遊している使徒の半径50メートルほどに位置するものは、すべて見えない壁に押し崩されるように破壊されていた。
非常事態宣言の発令されている第二東京市は、極度の混乱状態に陥っていた。シェルター施設の完備していない都心では、道路に人と車があふれていた。警察機能はマヒし、暴徒となった人々が河の流れのようにうねっていた。ビルはその上に崩れ落ち、あちこちで火災と小爆発が起こった。
国連軍の航空部隊は、どうすることもできずに上空を旋回していた。
第二東京市を縦断すると、使徒は身体を波のようにくねらした。そして、さらに速力を上げて富士見町の方角へ飛翔していった。
●
垂直に地上へ延びている非常用の通路は、鋼鉄の扉で塞がれていた。
トウジとケンスケは、ステップに踏ん張って扉のハンドルをまわした。ハンドルは音もなく動き出し、急速に抵抗がなくなっていった。
「サンキュー、行けそうだ」
ケンスケはハンドルを一杯まで回しきると、肩で扉を押し開けた。外の冷たい空気が、通路の中へ流れ込んできた。そこは雑木林の斜面だった。木々の隙間から、弱い朝の光がのぞいている。
トウジは扉の縁に肘をかけると、あたりを見回した。
「ほんまに行くんか?」
「今さら何を言うんだよ」
ケンスケは地上にはい出した。彼は立ち上がると、雑木林の向こうへ目を細めた。
「まだ来てないみたいだ…。よし。じゃ、行ってくるから」
トウジは唇を突き出してケンスケを見上げていたが、非常口の外に体を乗り出した。
「しゃーないなあ」
「あれ?ここまででいいよ。後は一人で行くからさ」
「だめやな。この先お前が怪我でもしたら、寝覚めが悪いやないか。なんか、怪物が目の前まで来ても喜んでカメラ回しとりそうやからなあ。あかんくなったら連れ出してくれる奴が必要やろ」
「そんな、悪いよ」
トウジは非常口の扉を閉めると、溜息をついてケンスケを見上げた。
「そうせんと、わしの気が済まんのや」
●
「さて、以上が今回の作戦の概要よ」
待機室の正面にある大型ディスプレイには、ミサトの姿が大きく映し出されていた。シンジとレイは、ベンチに座ってそれを見ていた。
「わかった?」
「はい」
ミサトは、シンジを見て言った。
「パレットライフルによる掃射は、なるべく接近しておこなうのよ」
「はい」
「そのためには、兵装ビルの陰に隠れて、使徒を十分引きつけること。地上に出ているものは、すべてあなたの盾として使っていいのよ」
「はい」
「それから、退避口は100メートルおきにたくさんあるから。危険になったら、いつでも脱出できるわ」
「はい」
ミサトは、口もとにかすかに笑みを浮かべてみせた。
「ま、要するにシミュレーションナンバーRT24ね。シンジ君は、抜群の成績でクリアしたでしょ?」
「そうでしたっけ?」
「そうなのよ。だから、あなたにならできるわ。がんばってね」
「…はい」
シンジは唇をかみしめた。
ミサトはレイの方を見ると言った。
「それからレイ、あなたはバックアップとして待機していてもらうわ。零号機の起動は未定だけど」
「はい」
ミサトは二人を見た。
「それでは、健闘を祈ります。エントリープラグに搭乗して」
ミサトは待機室のとの通信を終えると、横を向いた。彼女は、痣が残るシンジの青ざめた顔を目蓋から消すことができなかった。
ミサトはつぶやいた。
「私も調子がいいわね」
待機室のディスプレイが消えると、シンジは下を向いて息をついた。
レイはベンチから立ち上がると、待機室の出口へ向かって歩き始めた。シンジの目の前を、白い影がよぎった。シンジが顔を上げると、レイは扉の前に立っていた。
シンジは思わず言った。
「怖くないの?」
レイは振り返り、シンジを見た。
「どうして?」
「どうしてって、だって…」
シンジが答えられないでいると、レイは扉を開いて外へ出ていった。彼はうつむくと、自分の右手を見つめた。
●
使徒は甲府盆地を通過すると、富士山のふもとへたどり着いた。湖面に富士を映し出していた河口湖は、まがまがしい巨体のために激しく水面を乱した。使徒は原生林に深い爪痕を残しながら南下していった。
国連軍の航空部隊は、先程から使徒の上空へ群がっていた。しかし、使徒はミサイルの閃光の中をゆうゆうと飛翔し続けた。
冬月は発令塔からその様子を見つめていたが、首を振ってつぶやいた。
「税金の無駄遣いだな」
その時、ゲンドウが発令塔に入ってきた。彼はデスクに座ると眼鏡のフレームを押し上げた。
ミサトはゲンドウが発令塔に現れたことに気付くと、顔を上げた。
「司令。今回の使徒迎撃には、初号機単独によるR24を起用したいと思いますが」
「マギの判断はどうだ?」
「保留2、条件付賛成1です。…Rシリーズの作戦ナンバーでは最も高い評価です」
「そうか。いいだろう」
ミサトはリツコの方を見た。
「リツコ。初号機を…、起動して」
●
シンジはオレンジ色の常備灯の灯る、エントリープラグの中に座っていた。LCLは既に注水されていて、シンジの身体を温かく覆っていた。
突然、エントリープラグの内壁が複雑な模様を描きはじめた。シンジの四肢に、骨格を振動させられているような軽い衝撃が走り、特に指先の感覚が鈍くなってきた。
やがて、プラグの内壁にはいかめしい拘束具と、格納庫に満ちている赤い液体が映し出された。
シンジは、自分の身体が液体に浸されているのを感じた。
彼は思った。
(あの時と同じだ…)
シンジは右手を握り締めようとしたが、力が入らずにただ指が震えるだけだった。初号機の右手が、びくりと痙攣した。