NEON GENESIS EVANGELION
新世紀エヴァンゲリオン小説化計画
24「瀬に浮かぶ冒涜」
発令所のホログラフィックディスプレイは、使徒の放つ閃光のために大きくノイズを走らせた。
「零号機を下げて!早く!」
ミサトはオペレーターへ向かって叫んだ。目を見開いて画面を見上げていたオペレーターは、はっとして端末にかがみ込んだ。
「き、緊急回収します」
零号機を固定する最終拘束具のリニアレールは電源をカットされ、ロックを外された。数百トンの重量を持つ零号機の巨体は滑車をきしませながら垂直なゲートの中へ自由落下を始めた。しかし、使徒の放つ光は零号機の胸部を執ように追い続け、兵装ビルを縦方向に蒸発させながら出撃ゲートに深い切れ目を入れた。
約1秒後に零号機が地下へ姿を消すと、使徒の光は絞りを閉じるように痩せ、やがて糸のような線となって空中へ消失した。貫通された兵装ビルの根本からは、液化した鉄骨が血のように流れ出している。周囲にはかげろうが漂い、閉鎖不可能になったゲートの口は深い坑を広げていた。
「零号機、回収しました」
オペレーターが、青ざめた顔を上げた。リツコは電波障害のためにいまだに回復しないディスプレイに背を向けると言った。
「ミサト、下に行ってくるわ」
「よろしく」
リツコが発令所から姿を消すと、ディスプレイの電波障害はようやく回復した。そこには何事もなかったかのようにたたずむ使徒の姿があった。
ミサトはうつむいて唇をかみしめると、眉間に指を押し当てた。
「なんて迂濶なことを…」
格納庫に姿を現した零号機の胸部は、溶解して深くえぐれていた。装甲は波紋のように周囲に押し広げられ、生体部品のタンパク質は炭化していた。零号機の頭部はのけ反るように上を向いたまま硬直している。作業員たちは胸部から放たれる高熱と異臭に顔をしかめた。
零号機はすぐさま拘束具に固定され、エントリープラグが排除された。プラグはアームで掴まれると、搭乗用のブリッジへ運ばれた。リツコがそこに到着する頃には、エントリープラグ担当の作業員達がハッチの開放に躍起になっているところだった。
「どうしたの?」
リツコは顔を赤くしてプラグコントロール用の端末に向かっている男に言った。
「熱で、熱で開閉回路がやられています。今外部の回線につなぎました」
「急いで。すごい熱だわ」
作業員は歯を食いしばりながら端末を叩き続けていた。
「待ってください…よし、いけます」
「開いて」
「はい」
作業員が端末のキーを押した瞬間、エントリープラグのハッチは鼓膜の破れるような爆音を上げて吹き飛んだ。それと同時に、水蒸気と化したLCLが大量に吐き出され、リツコの視界は真っ白になった。プラグのハッチは零号機の拘束具に当たって跳ね返ると、隔壁にぶつかりながら下の方へ落下していった。零号機に取り付いていた他の作業員達は、驚いて搭乗ブリッジの方を見上げた。
リツコはLCLの刺激にむせながらエントリープラグへ近寄った。
「LCLが気化するなんて。これは…」
白くかすんでいた視界がぼんやりと回復してくると、彼女はプラグの中をのぞき込んだ。シートからずり落ちるようにぶら下がっているものを見て、リツコは口をつぐんだ。
「…」
待機していた作業員達が彼女の脇からプラグに取り付こうとして立ちすくんでいた。リツコはプラグから視線をそらすと、作業員に指示を出した。
「このことは機密とします。関係部品その他は処分して」
彼女は、顔をこわばらせる作業員達を残してその場を離れると、誰もいない待機室に入って携帯電話を取り出した。
冬月は、発令塔から眉間にしわを寄せてディスプレイを見ていたが、電子音を耳にして受話器を取った。
「冬月だ。…ん、なに?…わかった」
冬月は、デスクの上で手を組んだまま正面を見据えるゲンドウを見下ろした。
「碇…、赤城博士からだ」
ゲンドウは受話器を受け取ると、口を開いた。
「私だ」
「司令、レイが死亡しました」
ゲンドウはメガネの奥で、一瞬目を細めた。
「零号機の方はどうだ?」
「そちらはまだ詳しく見ていませんが、胸部の装甲は溶解していますし、LCLが気化するほどの高熱を受けていますから深刻だと思います」
「そうか。修復のめどを探れ」
「はい…。司令、レイの方は一応機密としましたが」
「そうだな。ダミーシステムは使えるか?」
「いえ、とても実戦は無理です」
「レイの予備を使うとなると、時間はどれくらいかかる?」
「パーソナルの移植だけでも2カ月は必要です」
「そうか…」
ゲンドウは眉をひそめた。受話器の向こうで、リツコの声が響いた。
「しかし方法はあります」
●
トウジはシェルターの隅に座り込んで天井を見上げていた。
教室の倍ほどの広さのシェルターの中は、非難した人々の雑談でぼんやりと騒がしくなってた。トウジは、低い天井に取りつけられた四角い蛍光パネルから目をそらすと溜息をついた。
「おとうは心配しとるかなあ」
急に、シェルターの入口の方で人の騒ぐ声が聞こえた。トウジは首をひねると、入口の方を見た。
そこには警察官の腕の中で激しくもがいているシンジの姿があった。
「あ、転校生?」
トウジは思わず立ち上がった。
「は、放して!助けて!」
シンジはシェルター中に響くほどの金切り声を上げていた。非難していた人々が次々に顔を上げた。
「き、君!落ち着きなさい。ほら、シェルターの中だ。君?」
警察官は汗をかきながらシンジの耳もとで怒鳴った。しかし、シンジの見開かれた目は半ば正気を失っていた。
「助けて!ぼくを助けて!」
警察官はシェルターの床に敷かれたカーペットの上にシンジを組み伏せるように押し倒すと、もう一人の警察官に言った。
「怪物を見てパニックを起こしたのかもしれん。鎮静剤か何かあるか?」
もう一人の警察官は、難しい顔をして胸ポケットから携帯端末を取り出した。
「ここにはないな。錦町公園のシェルターに医療班がいるから呼んでみるか」
「ああ、頼む。すごい力だ」
警官に押さえつけられているシンジは、カーペットをかきむしっていた。
「助けて!助けて!」
その時、地面に組み伏せられたシンジの目の前に人影が現れた。
「転校生、おい、転校生やないか」
その声を聞いて、シンジは凍りついたようにもがくのをやめた。声の主はトウジだった。トウジはシンジの顔を見た。
「…何でお前がこんなところにおるんや?」
シンジは息を切らしながら、大きく開かれた目をトウジに向けた。彼を押さえつけていた警察官は、とまどいながら手の力を緩めた。警察官はトウジを見た。
「君、この少年の知り合いかね」
「あ、はい。中学校で、同じクラスです」
「そうか…」
シンジは、もう何も逆らわずにカーペットにうつぶせになっていた。警察官は、シンジから体を放すと溜息をついた。
トウジはシンジを起こそうとして手を差し出した。シンジは一瞬身体をこわばらせたが、されるがままになっていた。彼はトウジに助けられて座り込むと、シェルターの中を見渡した。
「ここは…?」
トウジは言った。
「シェルターの中や。ほんま大丈夫か?」
シンジはきつく目を閉じると、深い溜息をついた。
●
発令所では、先ほどの混乱はだいぶ静まっていた。しかし、そのかわりに息もできないような重い沈黙が漂い始めていた。
オペレーターの一人が顔を上げると、腕組みをしたままたたずむミサトに報告をした。
「赤城博士の方から連絡が入っています」
ミサトは振り返った。
「そう」彼女はオペレーターの端末へ近寄った。「つなげて」
「はい」
オペレーター用のディスプレイには、リツコの顔が映し出された。
ミサトは言った。
「どう?」
「ひどいものよ。零号機の胸部装甲板は溶解、生体部品も高熱で変質しているわ。零号機は大破よ」
「レイの方は…どうなの?」
リツコは無表情な顔で言った。
「レイは今、集中治療室よ。命に別状はないわ」
ミサトは肩の力を抜いた。
「そう…、不幸中の幸いね」
リツコは言った。
「使徒の状況は?」
「あれ以来、完黙中。下部からのボーリングによる侵攻だけが続いているわ」
「どれくらいで、ジオフロントに到達するの?」
「この切削速度でいけば、およそ18時間後の予定よ」
「18時間…」
リツコは眉間にしわを寄せた。
ミサトは腕組みをすると、口を開いた。
「零号機を18時間で修復できる?」
リツコは首を振った。
「とてもそんな…。でも、最善は尽くすわ。初号機が使えない今、零号機を動かせなくてはどうしようもないものね」
「よろしく。こちらの方でも何とか対策を考えてみるわ」
「わかったわ。私は修復のために、これから少し連絡が取れなくなるけど、携帯は持っているから。そちらの方へよろしくね」
「了解」
リツコの映像が消えると、ミサトはうつむいたまま口もとに手をやった。
オペレーターが彼女を見上げた。
「シンジ君が…、みつかるといいんですけどね」
ミサトはちらりとオペレーターを見ると、息をついた。
「そうね…。でも、シンジ君がいてもいなくても、何か対策がなくてはどうしようもないわ。対策を考えないと…」
ミサトはオペレーターの端末から顔を上げると、口をきつく結んだ。彼女はメインディスプレイに表示されている使徒を見上げた。
使徒の下部から伸びているボーリングは、ゆっくりと回転しながら地面へ沈み続けていた。その規則的な掘削音以外、あたりには何も響いていなかった。太陽はだいぶ上の方まで昇っていて、斜めに照りつける陽光が使徒の滑らかな表面を射していた。
●
トウジは、シンジをシェルターの隅に座らせて様子を見ていた。
シンジは膝を抱えたまま、じっとカーペットの一点を見つめている。トウジは先ほどの警察官から、シンジに飲ませるように鎮静剤を渡されていたが、その錠剤はまだ彼の手の中にあった。トウジは鎮静剤のカプセルの感触を、指で確かめた。
「な、なあ転校生。なんやもう落ち着いとるみたいやけど、念のためにこれ飲んどくか?」
シンジは目をつぶった。
トウジは息をついて、カプセルを見つめた。
「まあ、飲まずにすむなら、それにこしたことはないけどな」
シェルターのなかでは、相変わらず人々の雑談が部屋中に流れていた。それは全体として一つになって、大河の流れのような留まることのない背景音になっていた。どこかで赤ん坊のむずかる声が聞こえる。
しばらくして、トウジは思い切ったように口を開いた。
「なあ、わしはお前に謝ろうと思っとったんや」トウジは身を乗り出した。「転校生、どついてすまんかったな」
シンジは身動き一つしなかった。
「わしはほんまアホやったわ。この前怪物が攻めてきたときに妹が怪我したんで、お前に逆恨みしとったけど、わしはほんまアホや」
シンジは膝をきつく抱えた。
「ケンスケから聞いたみたいやけど、わしもお前が戦っとるところを見たんや。わしら地下に避難しとったからしらなんだけど、えらいとんでもない化け物と戦っとったんやな。それ見て目が覚めたわ。ほんとすまんかった。なあ、もしよかったら、わしのこともどついてくれ。そうしてくれんと気が済まんわ。転校生の…」
「やめてよ!」
突然シンジが叫び声を上げたので、トウジは驚いて体を起こした。シンジは両耳をふさぎながら吐き出すように言葉を洩らした。
「やめてよ!もうやめてよ。…いいじゃないか。逃げ出したんだから、もういいじゃないか」
トウジは言葉を失って、シンジが身を丸める姿を見つめた。
●
リツコは公用車を使って地上へ出ると、ネルフの医療施設へと向った。後部座席からは、遠く兵装ビルの中にピラミッドのように浮かぶ黒い使徒の姿があった。彼女は使徒を見つめながら、携帯電話で零号機修復作業の指示を出し続けた。
やがて車が医療施設へ到着すると、リツコは足早に人工進化研究領域の中へ入っていった。
彼女はとある研究室の扉を開いた。広大な研究室の地面には、赤いエントリープラグが横たわっている。赤いエントリープラグには大小様々なケーブルが接続されていて、植物の根を彷彿とさせていた。
プラグの表面には、ダミーシステムという文字が刻印されていた。
リツコは言った。
「ダミープラグの電源を落として。ハッチを開放します」
研究員達が端末を操作しはじめる中、リツコはケーブルの隙間に足を運びながら赤いエントリープラグへ近づいていった。
プラグのハッチが開かれると、中には灰色にてらてらと濡れた繊維の束のようなものが詰まっていた。リツコはそれを見て口をつぐんでいたが、そばへ近寄る研究員達へ言った。
「残念だけど、この人工神経細胞は破棄します。取り除いて」
研究員達がゴム手袋をした手で繊維の束をはがしていった。繊維が取り除かれていくと、その中に橙色の液体が詰まった透明な袋が入っていた。
リツコは液体の中に浮かんでいるものを見つめた。
それは、焦点の合わない薄目を開けている綾波レイだった。