NEON GENESIS EVANGELION
新世紀エヴァンゲリオン小説化計画
5「初号機」


 シンジは、葛城ミサトにうながされて、ピラミッド型の構造物へ向かった。
 ミサトは無言のまま、シンジの前を歩いていた。ピラミッド型の構造物の入り口にもゲートがあって、武装した警備兵が立っていた。彼らはミサトを見ると背筋を伸ばして敬礼した。ミサトはポケットからセキュリティカードを取り出すと、ゲートのスリットに通した。
 ゲートは重々しい音をたてて上下に開いていった。シンジは、そのゲートの装甲の厚さに驚いた。
 構造物の中は、異常なほど広い空間になっていた。天井の高さは、普通の建物とさして変わりはないのだが、広さは体育館の5・6倍はありそうだった。空間には何も置いてなく、中央に10基のエレベーターがあるだけだった。
 「広い…」
 シンジは思わずつぶやいた。
 「ああ、これね。なんか、造りが変わってるでしょ」
 ミサトは、シンジの方を振り向くと言った。
 「あ、あの…」
 シンジは思わず自分の右手を見た。
 ミサトは笑みをつくって言った。
 「何かしら?」
 「あの、ここはどこなんですか?」
 「ここは特務機関ネルフの本部よ」
 「ここって、本当に地底なんですか?」
 ミサトは、歩調を緩めてシンジに並んだ。
 「そうよ。びっくりしたでしょ。第三新東京市の地下には、巨大な空間があるの。ジオ・フロントって言うのよ」
 「じゃ、この真上が第三新東京市…」
 「そうよ」
 ミサトは、エレベーターの前に来ると、ボタンを押した。エレベーターのドアはすぐに開いて、二人は中へ入った。
 ドアが閉まると、エレベーターは降下し始めた。
 シンジは言った。
 「あの、ネルフってなんですか?」
 ミサトはシンジの顔を見た。
 「…碇君、お父さんからは、何も聞かされていないの?」
 「はい。だから、何が何だか。…父もここで働いているんですか?」
 「…あなたのお父さんは、ここの責任者よ」
 シンジは顔を上げた。
 「責任者?父さんが?」
 ミサトはまゆをひそめると、つぶやいた。
 「そんな子供に、いきなりなんて…」
 「なんですか?」
 ミサトは、慌てて笑みを浮かべた。
 「ん?何でもないの」
 言葉がとぎれ沈黙が広がった。エレベーターは、かすかな機械音を響かせながら、どこまでも下降していった。
 やがて、シンジがつぶやくように言った。
 「あの、…ぼくはなぜ、ここに呼ばれたんですか?」
 ミサトは、その答えを口にできなかった。


 N爆雷を受けて活動を休止していた使徒は、再び動き始めていた。ぎこちなく繰り出される足からは、炭化した表面の組織が破片となって地面に降っている。欠落した表面組織の下には、新たな皮膚と呼べるものがつくられていたが、体液が乾き切らずにぬめぬめと光って見えた。N爆雷を受けた後の使徒は、幾分歩調が速くなっており、周囲に点在する人工物目がけて、頻繁に攻撃を加えていた。
 使徒は再生した面の両眼から光線を発するようになった。光線は対象物に当たると大爆発を起こし、巨大な十字架の形の火柱を上げた。道路は荒々しく踏みつぶされ、建物は光る槍で貫かれていった。
 使徒は尾根を越えると、芦ノ湖を見下ろした。太陽は、山際に沈み始めていた。芦ノ湖は先ほどの衝撃波などうそのように静まり返り、夕日を受けて金色に輝いていた。その湖岸には、第三新東京市の街並みと、地下のジオ・フロントへ日光を送るための集光塔が浮かんで見えた。
 指令塔のホログラムディスプレイでその様子を眺めていたゲンドウは、再びデスクの上で手を組んだ。
 冬月は、受話器をもとの位置に戻すと言った。
 「戦自もお手上げだそうだ。我々に、指揮権を譲渡すると言ってきた」
 「譲渡するも何も、優先権は最初から我々にある」
 ゲンドウはメガネのフレームを押さえた。
 使徒は芦ノ湖へ向かう下りの斜面に足を踏み出した。
 冬月はつぶやいた。
 「ついに来たな」


 長いエレベーターの降下が終わり、ドアが開くと、そこは火事の現場のような大騒ぎになっていた。いくつもの十字路のある廊下には、オレンジ色のつなぎを着た作業員や、ウェットスーツを着た男たちが、忙しげに走り回っていた。
 「左腕の神経回路のチェックは、誰がやったんだ?」
 「徳永、おい、徳永はどこだ?もう潜ってるのか?」
 「こんなの、動かしてみなきゃわかんねえよ!」
 ミサトは、人込みの中をすり抜けるようにつかつかと歩き始めた。シンジは慌てて後を追った。
 彼女は十字路を右に折れると、すれ違おうとしたウェットスーツの男をつかまえた。
 「赤城博士はどこですか?」
 男ははっとして姿勢を正した。男の濡れた髪の毛からは、液体が滴り落ちていた。
 「はい、博士は初号機の仮設ブリッジにおられると思います」
 「ありがとう」
 ミサトは再び歩き始めた。
 廊下の突き当たりは、広大な空間になっていた。それは高さも奥行きも、今までシンジが見たこともないようなスケールの部屋だった。しかし、立て続けに信じられないような光景を見せつけられていたシンジは、その部屋の広さが当たり前のような錯覚に陥った。
 空間は赤い液体で満たされていて、むっとするほど湿度と気温が高い。わきにはゴムボートが数隻係留されていて、水際ではウェットスーツを来た男たちが冷蔵庫くらいはありそうな奇妙な機械を引き揚げていた。
 ミサトはゴムボートの1つに乗ると、振り返った。
 「さあ、乗って」
 シンジはゴムボートに乗り込んだ。ボートの表面は、気味が悪いほどあたたかかった。シンジは赤い液体に手を浸してみた。赤い液体はぬるま湯のようだった。
 ミサトはボートのモーターのスイッチを入れると、舵を握った。
 ボートは赤い液体の上を滑るように走り出した。空間の天井には、いくつもの照明が光っていた。しかし、赤い液体の底は知れず、落ちたらどこまでも沈んで行ってしまいそうだった。
 ミサトは、対岸にある係留所にゴムボートを寄せると、シンジを促してボートから降りた。そしてステップを上り、扉を開いた。
 シンジは扉の向こうに浮かんでいた物体を見て息をのんだ。
 「顔!…巨大ロボット?」
 扉の向こうには、鬼を彷彿とさせる、いかめしい紫色の巨大な顔が浮かんでいた。
 ミサトはシンジを振り返ると、言った。
 「そう。汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」
 「エヴァンゲリオン…」
 シンジは、赤い液体の上に顔だけ出したエヴァンゲリオンの顔を見つめた。顔がこんなに巨大なのだから、胴体の大きさは想像ができなかった。シンジは扉から、一歩踏み出した。
 「遅かったじゃないの」
 奥の方から、ウェットスーツを着た女性が歩いてきた。エヴァンゲリオンの顔の正面には、橋桁のようなものが組まれていたのだ。女性は、片手に防水加工の施された携帯端末を持ち、もう片方の手には水色のウェットスーツのようなものを抱えていた。
 女性は言った。
 「使徒はもう、芦ノ湖へ進攻したという話よ」
 「リツコ、彼はまだ到着したばかりなのよ」
 ミサトは赤城リツコに向かって言った。リツコはそれには答えずに、シンジの方を見た。
 「あなたが、碇シンジ君ね」
 「…はい」
 「詳しく説明している余裕はないわ。とにかく、これを着て」
 リツコは、シンジにウェットスーツのようなものを差し出した。シンジは、思わずそれを受け取った。
 「な、なんですか?これ」
 「プラグスーツよ。背中が開くようになっているから。服を全部脱いでそれを着て。あと、これは頭につけてね。どちらもサイズが合わないかもしれないけど、調整できなかったから仕方ないわ」
 リツコはシンジの抱えているプラグスーツの上に、ヘッドホンのようなものを乗せた。
 「ちょ、ちょっとリツコ!」
 ミサトはリツコの肩を押さえた。
 「彼はまだ、何も知らされてないのよ」
 「どういうこと?」
 リツコはまゆをひそめた。
 「彼は今日この街に来たばかりで、何の説明もうけてないの。司令は何も伝えてないのよ」
 「そう。でも、そんなこと言ってる場合じゃないわ。使徒がすぐそこまで来ているのよ。それに、事情を説明するのはあなたの仕事じゃなくて?」
 ミサトはみけんにしわを寄せた。
 「こんなめちゃくちゃな話、説明できるわけないわ!訓練も受けてない子供に、いきなり実戦をさせるなんて」
 「エントリープラグに、乗っていてくれればいいわ。それ以上は求めません」
 「碇司令もそう言うけど…。勝算はあるの?それに、だいたい起動するの?初号機は」
 「私たちは、最善を尽くしたわ。勝算も、ゼロではないのよ」
 「納得できないわ。こんな作戦」
 ミサトは吐き捨てるように言った。
 リツコは目を細めてミサトを見ていたが、シンジの方へ視線を移した。
 「碇シンジ君」
 「はい」
 シンジは顔を伏せたまま答えた。
 「今、第三新東京市の近くには、使徒と呼ばれる物体が現れているの」
 「使徒?」
 「そう。あなたには、これに乗ってその使徒と戦ってもらうわ」
 シンジは驚いて顔を上げた。
 「戦うって、ぼくが?そんな、無理ですよ」
 「無理じゃないわ」
 シンジは目の前に浮かぶ巨大な顔を見つめた。口を開くと、声がかすれるのがわかった。
 「だって、そんな…」
 「大丈夫、あなたはただエントリープラグに乗っていてくれさえすればいいわ」
 その言葉を聞いて、ミサトはリツコを睨んだ。
 「リツコ!」
 リツコはミサトの方を振り返った。
 「勝算は、ゼロではないと言っているでしょう?それよりもミサト、あなたはいつまでここにいるつもりなの?発令所ですべきことがあるはずよ」
 「くっ…」
 ミサトは奥歯を噛みしめたが、何も言うことができなかった。
 橋桁の奥の方では、作業員達がエヴァンゲリオンの頭部に取りついて、大声で声をかわしている。ミサトの背後を、大きなボンベを抱えた男があわただしく走り去っていった。
 ミサトはシンジの方を向き、口を開こうとした。しかし、あえぐようにして口をつぐむと、きびすを返してゴムボートの方へ歩き去っていった。
 シンジはミサトの後ろ姿を呆然と見つめ、それから自分を見下ろすリツコの方を見た。
 大きな地響きが起こって、天井の照明が瞬いた。
 リツコは上を見上げた。
 「まずいわ。…碇シンジ君、むこうの監視室で着替えることができるわ。急いで」
 リツコはシンジの背中を押すようにして、橋桁の向こうの扉を指さした。そして、作業員達の方を向くと、何事か大声で指示を出し始めた。
 彼女の背後では、エヴァンゲリオンの巨大な両眼が光っている。
 シンジは胸が押さえつけられるような気がして下を向いた。
 「ぼくが?…そんな」