マウンティンゴリラ
チョモランマ登山隊2003 報告書



1:結果:2003年5月21日12:35、北稜より、安村・荒木・ダワチェリ・タムティンの4名がチョモランマ8850m(エヴェレスト)に登頂

2:メンバーとシェルパの活動内容と結果

リーダー:  安村 淳(56)       5月21日登頂
アシスタント:荒木富美雄(53)     5月21日登頂
登頂隊員: 伊藤克美(46)       4月13日BCで体調不調となり、4月28日帰国
撮影隊員: 杢代新一(64)       5月5日BC着、6700m地点まで撮影活動を行う
サーダー: ダワチェリシェルパ(37) 5月21日 登頂
シェルパ: タムティンシェルパ(29)  5月21日 登頂
       アンニマシェルパ(37)   C5・7700mまでサポート
ジャンブーシェルパ(27) 杢代隊員のアシスタント、6700mまで撮影のサポート
コック:   ポールマンタマン(42)    BCキーパー
キッチンボーイ:ダヌルシェルパ(24) ABCキーパー
ポーター: ツリム(42)          現地雇用、BC〜ABC間の補給とサポート

3: 登山活動の概要

3/21成田出発、3/22カトマンズ着、〜3/27までカトマンズで準備、
3/28カトマンズ出発、3/29ザンムーでチベットへ入国、
3/30〜4/04ニエラム3800mで第1回高所順応、4/05テンリーに移動、
4/05〜08テンリー4300mで第2回高所順応、4/09チョモランマBC5150m着、
4/13BCで伊藤隊員が体調不調の為安村とシュルパ1名付き添いニエラムへ戻り、ニエラム人民医院で診療を受ける(高血圧症との断)
4/17伊藤隊員は体調が改善しない為、登山を断念してカトマンズへ帰る。安村とシェルパ1名はBCへ帰着、登山活動を再開。
4/18ABC(6400m)完、4/28伊藤隊員カトマンズから帰国、
5/02〜06ジェットストリームが吹き荒れる、5/05杢代撮影隊員BC着、撮影活動に入る
5/10最終キャンプC6(8200m)完
5/13アタック隊(安村・荒木)ABCに入る、〜5/17まで強風の為ABCで待機をする
5/18アタック隊とダワチェリ・アンニマ、C4(7000m)に入る
5/19アタック隊とダワチェリ、C5(7700m)に入る
5/20アタック隊とダワチェリ・タムティン、C6(8200m)に入る
5/21アタック隊とダワチェリ・タムティン2:30C6出発、12:35登頂、16:30C6帰着
5/27BC発、5/28カトマンズ帰着、6/01成田帰着 

4:登攀ルート図

5: 後記
 今回の最大の誤算はBCでの伊藤登頂隊員の体調不調でした。症状は強い頭痛と上体の硬直と意識障害で、ニエラム人民医院では高血圧症の診断でしたが、血圧が下がっても症状が良くならないので、登山を断念してカトマンズに帰り、カトマンズの病院でCTなどの診察を受けるも原因不明、帰国後精密検査を受けると「脊髄液にウイルス感染の形跡があるが、今は良くなっているので何のウイルスだか分からない」との事で、結局原因不明でした。
伊藤登頂隊員は4年前に安村と一緒にシシャパンマに登頂しており、今回も必ず登頂出来ると思っていただけに、大誤算でした。
また、今年はエヴェレスト初登頂から50周年目という事で、ネパール側同様チベット側からも多くの登山隊が入山しましたが、今年は例年以上に風が強くジェットストリームが吹き荒れ、上部テントを飛ばされるなどで各隊とも苦戦し、登頂率はそれほど良くなかった様でした。
ゴリラ隊もC5・7700mテント2張飛ばされ、C4・7000mテント1張潰されるなどの被害を受けました。結局5月20日すぎまで粘った隊が登れ、幸い私とアシスタントも登頂しましたが、伊藤隊員の登頂というゴリラ隊の最大の目標が達成できず、「こんなはずではなかった」という気持が一杯の、悔いの残る登山となりました。(記:安村 淳)

登山隊本部:〒186−0003東京都国立市富士見台2−37−9−202 安村 淳
042−575−6131/E−mail:gorilla@jt.ejnet.ne.jp
登山報告書:2003年7月26日作成、作成者安村 淳