子供の頃、誕生日などのお祝いの日に、「何が食べたい?」と聞かれると、私は決まってこうこたえていました。

「おいしいお鮨をお腹いっぱい食べたい」

親がかりだった頃は、たまにでしたがこの
「おいしいお鮨をお腹いっぱい」を実現させることができました。
ご近所だった「すし春」のおじちゃんは
「しのと弟はトロとウニをどんどん食べて、おとうちゃんはそれを横目で見ながら、自 分には並を一人前握ってくれって言うんだ」
と今でも行くたびに思い出話をして笑います。
子供の頃にこの「すし春」に出会ってしまったのが運命のはじまりか、運のつきか。
べらんめえ調のいなせなおじちゃんが
「よく来たな。今日は何個に挑戦できるかな」Gの嫉妬の対象 ゼイタクなガキども
とあおりながら、次々握ってくれるシャリもねたも大きなお鮨を 「30個」 「40個!」 と弟と競争しながら食べていた私は、お鮨が大好きの大人 に成長し、でもこのすし春以外のすし屋には会計が怖くて入れない、臆病者の食いしん 坊になってしまったのです。

この臆病癖は小樽に行ったときにちょっと変わりました。
小樽はおすし屋さんが100軒以上もひしめく「お鮨の街」です。 小樽港に上がったエビやカニやウニ、ホタテをお腹いっぱい食べても一人5000円 もいかないような安さとネタの新鮮さに感動しました。そして
「なるほど。すし春に行けない時は、お鮨はどこか漁港の近くで食べればいいの ね」と開眼したのでした。

それ以来お鮨を食べに行くための小旅行がたびたび企画されるようになりました。
カツオの季節には銚子に、イワシの背中が光ったと聞けば勝浦に、マグロが食べたく なったら焼津にと出かけるようになったのです。

同じ江戸前を名のるおすし屋さんでも、お店によって、握る人によってお鮨はずい ぶん違いますよね。
ネタが分厚くて大きかったり、丁寧に包丁が入って上品に薄 かったり、シャリも大き く握ってあったり、ほんのぽっちりだけネタの下についていたり、やわらかく握って あったり、おにぎりみたいにギュウギュウに固めてあったり・・・。
初めてのおすし屋さんに入って最初に出てきた握りを食べるときは、この板さんの握 るお寿司はどんなタイプなんだろうとちょっと緊張します。(大げさですが)
すし春のおじちゃんです。 私が好きなのはやはり、私をここまでお鮨好きにしたすし春のおじちゃんのお鮨 です。ネタが分厚くってそれが大きなシャリの上にどーんと乗っています。シャリは お店が混んでおじちゃんが疲れてくると、やや握りが甘くなって崩れるようになって しまうのですが、おじちゃんの奥さんが仕込むこのシャリが炊き加減も味加減も抜群でまたおいしいのです。
お鮨のおいしさはネタが新鮮でよく仕込んであることに加えて、すし飯がいかにネタ の味を引き立てるかで決まってくると思います。 今朝そこの港に上がったんだよと聞きながら、新鮮なネタのお鮨を食べるのはこの 上ないシアワセですが、シャリがちょっとべとついていたり、小さすぎたりすると少 しだけがっかりしてしまいます。

私の大好きなすし春は、行くたびに私たち家族も、すし春一家も年を取り、お酒が大 好きでネタの一番おいしいところは自分で食べてしまうらしいおじちゃんは糖尿病 で、ずいぶんやせて小さくなってしまいました。
心配だなあと思っていたら、おじちゃんの弟さんに加えて息子さ んがお店を手伝うようになったんですよね。私たちがすし春に通うようになった頃に はまだほんの2歳だったのに・・と思うと感慨深いです。
すし春しのスペシャル。  とろいっぱい、てんこ盛りのウニ、穴子、赤貝、平目、イカ、甘エビ 息子さんはまだまだ修行中ですがとても好青年で、 毎日夜中まで働く両親や叔父さんを見て、きちんと育ったんだなあという感じです。
最近すし春はますます繁盛で、ふらりと入ってくるお客さん を満席ですと次から次へと断っているのを見ると、お店の人気ぶりがよくわかって、 何だかとっても嬉しくなってしまいます。

すし春は2007年春に閉店しました。残念!
おじちゃん、長い間お世話になりました。


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