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● 努力しろ!という暴力 今日、「努力」という言葉はある種の病気を持つようになりました。 場合によっては人をいたぶる言葉としてもよく使われます。 事情を理解せず頭ごなしに「努力が足りない」と言う人が分かりやすい例だと思います。 ひきこもりやニートに対してのステレオタイプなバッシングに 「働かざる者、食うべからず」というのがあります。 しかし、ひきこもっている人は、もしかしたら、大変ないじめに会い、 対人恐怖症になって、出るに出れない状況になっているのかもしれません。 ニートの人は、必至に就職先を探しても、採用されなくて、苦しんでいるのかもしれません。 このような事情を無視して、「努力が足りない」と叫ぶのは、あまりにも短慮、想像力が欠如していると言えます。 そもそも人類の夢はですね。 働かないで食べていくことなんです。 もし3億円の宝くじが当たったら、もう会社なんてやめて働かないって人は当たり前にいますよね。 その人を「このニート野郎め!!」「働かざる者、食うべからず!」って攻撃しますか? 人のことはほっとけ!って言いたくなりますね。 また、当たり前のことですが、人間の能力には個人差があります。 ある人には簡単にできることが、別の人にとっては努力しても達成困難な場合があります。 誰もがテストで100点が取れるわけでも、逆上がりができるわけでもありません。 それなのに80点の人に対して、「100点を取れないのは、お前の努力が足りないからだ!」と声を荒上げるのは、 無意味どころか、怒りと反感を植えつける効果しかありません。 彼(彼女)は80点を取るために、もう十分な努力をしていきているのです。 「努力しろ!」というお説教は、誰の耳にも正しく響くので、ついつい人を責めるのに使ってしまいがちです。 しかし、この言葉の裏には、「努力をしない人間には価値が無い」という断罪のメッセージが隠されており、人を追い詰めます。 さらに言うならば、「努力しろ!」と叫ぶ人間には、 相手を攻撃したい、優位に立ちたいという心理が働いていることが往々にしてあります。 お前のためを思って言っている、などという言葉は真っ赤な嘘の場合もあるのです。 根本悪とは卑劣極まる・血の凍るような・人間業とは思えない極限的悪行のことではない。 それは、信用を得るために人を援助するとか、けちと思われたくないから寄付するとか、 他人を傷つけたくないために真実を伝えないという些細な行為のうちに巣食っている。 それは、われわれが幸福を求めようとするかぎり、 必然的に陥る罠なのであり、あらゆる行為の「根っこ」なのである。 (中島義道「悪について」) 書店でズラリと並ぶ自己啓発の類の書が増えたのも、 現代という時代が、ある種の「努力病」にかかっているためだと考えています。 もっと肩の力を抜いて、「努力しなくても生きているだけでキミには十分価値がある」とお互いに言い合えることができれば、 人間はもっと幸せになれると思うのですけどね・・・ 『いじめ研究』の目次へ戻る トップへ戻る▲ページの先頭へ |
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