いじめ駆け込み寺 いじめの内容
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いじめの目的

いじめとはレジャーであり、娯楽です。

いじめる側は、どうすれば被害者に精神的苦痛を与えることができるのか? とことん考え、追求していきます。
彼らは、被害者の苦痛や屈辱に満ちた表情を見ることに、得も言われぬ快感を感じます。

人間は古来から、上下関係が大好きです。
自分より劣った存在がいてくれると、自分は価値ある存在なのだと安心することができます。
いくら基本的人権の尊重を謳ったところで、差別やいじめが形を変えて存在するのは、このためです。

自分より劣った存在を作ることで、相対的に自分の価値を確認できるのです。

また、人間は戦うこと、暴力を振るうことに本能的な快感を持つ生き物です。
漫画やゲーム、映画などでは、繰り返し、繰り返し暴力の描写がされ、私たちはそれを楽しみます。
誰かを攻撃すること、特に反撃される心配のない特定の弱者を叩くことは、なによりの娯楽なのです。
これを行うことで、普段のストレスフルな毎日のガス抜きを行い、楽しく生きることができるのです。

もちろん、いじめの標的にされた側の気持ちなど、彼らは少しも考えたりしません。
同じ人間とは思っていないからです。


いじめられる人間は、その素行に問題があり、自分たちは、それを矯正してやっているのだという、
正義のための行いであるとすら思っています。
そのため、親や教師に注意されたところで、反省することなく同じ事を繰り返します。

自分たちの正義を邪魔する人間が身内から出現すれば、偽善者、裏切り者と呼んで、
今度はその人間をいじめの標的にします。

いじめっ子に良心なるモノを期待するのは無駄です。

彼らは、決して悪魔ではありませんが、いじめっ子との間に、私はいじめる側、キミはいじめられる側という
暗黙の人間関係の契約が出来ており、これを当然のものとして履行し続けます。
これは先輩や上司に対して、後輩や部下が、敬語で接するのと同じ次元の話です。
毎日、同じ事を繰り返すことで、この契約関係は、徐々に当たり前のモノとして強化され、
社長に偉そうな態度で接する平社員がいないと同じくらいに、
彼らにとって、いじめっ子をいじめるのは自然なことになっていきます。

さらに、いじめには大きな快感があるので、自発的にいじめっ子がいじめをやめることは、まずありません。
彼らは、さらなる快感を求めて創意工夫を凝らし、レジャーをエスカレートさせていきます。



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