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●外こもり? 2006年03月06日のファンキー通信に、 ヘソがローズヒップティーを沸かしちゃうような驚愕の記事が掲載されていました。 その名も「外こもり」 ちょっと、記事を引用してみましょう。 雑誌『AERA』によると、「外こもり」とは「日本で日雇いバイトなどをして資金を調達し、物価の安い途上国へと飛んで自由気ままな生活を送る。そして、資金が底を尽くと再び日本へと舞い戻り、資金調達のためにバイトに明け暮れる」という人々のことを指しているらしい。 つまり、家にこもる「引きこもり」とは対称的に、「外こもり」は途上国にこもっているわけだ。この2つ、名称は似ているけれども、両者の本質は同じものなのだろうか? 「同じだと思いますよ。 両者とも、こもってしまう発端は深刻な厭世感からきているのだと思います。 “社会に入っていけない”“自分の存在が許されていない” ……そう感じたときに、ある者は家に閉じこもり、ある者は日本を出ていこうとする。 ただそれだけの違いではないでしょうか」(ひきこもり支援団体・関係者) (以上引用終わり) これを読んだとき、ますます社会の病理は深まっているなぁ〜、と、欝になりました。 一方では個性尊重教育とか叫んでるクセに、一方では「外こもり」はけしからんですよ? 今の日本人は、こういうダブルバインドの中で生きています。 おいおい、どうすりゃいいのって、絶望してしまって、深刻な厭世観にも陥りますって。 昔から存在していた人たちを、無理矢理病人にしたてて批判する怖気を振るう潔癖症こそ、まさに病気だと思いますね。 もっとも個性尊重教育の個性とは、本当の意味で個性を尊重するものではありません。 例えば、小学校の先生が教え子の少女に「キミは将来何になりたい?」と尋ねたとしましょう。もし、この少女が、 「あたしは将来、売春婦になりたい! 私の身体で人を癒してあげるの」 と言ったら、ふざけるなぁー! キミ、それは違うぞ! とか言う話になるでしょう。 でも、 「あたしは、将来、看護婦さんになりたい! 私の力で人を癒してあげるの」 と言ったら、よしよし、えらいえらい、という感じで、頭を撫でられるでしょうね。 つまり、個性尊重教育の個性とは、社会に求められる個性を発揮しなさいという意味で、非常に限定されたものなのです。 人々の個性は振るいに掛けられ、社会にとってNGとなる個性は、悪と断罪されます。 他人と付き合うのが苦手な人は、それで良いというのじゃなくて、 なんとしてでも、それを克服しろ! と強制されちゃうわけですね。 最初から個性を伸ばす気がないなら、個性を伸ばそうとか言わないで欲しいです。 『管理人コラム』の目次へ戻る トップへ戻る▲ページの先頭へ |
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