2005/05/12 更新
登山を試みたのはいたって単純な動機でした。
衰退気味のスキーと渓流に一度距離を置き、栗駒山を知りたい、老化は足腰から始まる、もともと同じ場所にジッとしているのが苦手・・・
とまあ、そんなところでした。
しかし、細く長く続く道を見るたび、誰が最初にここに登ったのだろう?とか、祠はどうやって運んできたのだろう?
という数多くの疑問が沸き起こり、山頂には何があるのだろう?どんな景色が待ってるのだろう?
と、どんどん知ることに対するエネルギーが高まっていきました。
それに、釣りやアルペンスキーのように、数や速さや優劣を競うわけでもなく、
好きなように好きなペースで美しい景色を堪能しながら、密度の濃い時間を過ごすことが出来るのも醍醐味だと思いました。
私がスキーと渓流で楽しんでいたフィールドが、実は著名な山々だったということ。
そして、そのスキー場によって動物達の生息地が脅かされているということ。
これからは視点を変えて、考えなくてはならないことも多いようです。
肩に爆弾を抱えてしまった私には、上半身に負担をかけずに歩くことが何よりの運動・・・
つまり、皮肉にも怪我をしてしまった登山が一番のリハビリであることも医師に言われました。
これは天命だと受け止めています。
病院で読み続けた山の本、病棟から描いた奥羽山脈のスケッチ、2倍の時間で痛みを引きずりながら歩いた登山道、木々の生命力、雪の深さ。
どの思い出も大好きです。
これからは、人間と自然がどう関わりあうべきか、肌で感じる喜びと感動を求めて旅を続けたいと思います。
2005/05/06 更新
大土ケ森の写真を数枚掲載します。
2005/04/24 更新
あれから勢いづいたように、毎週山と戯れています。
4月17日には、栗駒連峰前衛の文字三山(もんじさんざん)の櫃ケ森と中ノ森に登ってきました。
向かって左から大土ケ森(580.3m)、中ノ森(610m)、櫃ケ森(612m)です。
ちなみに、大土ケ森と中ノ森に挟まれた小さな山が天狗森といい、ここにも登山道があるようです。
櫃ケ森は台形で「弁当箱」のような形をし、中ノ森は「おっぱい」のような形をしています。
高さを競い、喧嘩ばかりしていた大土ケ森と櫃ケ森の間に生まれた子供が中ノ森というわけです。奥の深い伝説ですね。
私なりの分析では、大土ケ森の刀によって、櫃ケ森の上部が隣に飛んでしまったのが中ノ森だと思うのですが・・・。(笑)
地元の人の話と、マルゴさんのHPを見て「登れるんだぁ!」と知り、やぶを漕ぎながら元気よく登頂を試みました。
そして、またまた汗水たらして、していいものかどうか判断に迷いましたが、結局、中ノ森の登山道整備もしてきました。
整備後の写真は載せていませんが、中ノ森の登山口は「安全走行と動植物の保護」を訴える、道路標識のすぐ側にありました。
それから数日後、仕事でいわかがみ平まで行くこととなり、長い冬から開放されつつある栗駒山を眺めてきました。
いわかがみ平の標識が、まだまだ雪に埋もれていましたので、駐車場脇の十数メートル上部から、その勇姿を撮影しました。
晴天という好条件にも恵まれましたが、雄大かつ綺麗ですよねぇ〜!
そして今日、4月24日、ご主人であり「文字富士」と親しまれている大土ケ森に登ってきました。
七ツ森で斜度に慣れましたので、さほど心配してませんでしたが、くま落とし坂と鼻こすり坂は以前よりもキツくなったような気がしました。
沢コースにはカタクリ、ニリンソウがたくさん咲いていました。
山頂からは栗駒山はもちろん、焼石岳、山形神室山、須金岳、禿岳、船形山、御駒山、大森、泉ケ岳、七ツ森までもが見えました。
帰ってきたばかりですので、デジカメ取り込み後にその模様をアップしたいと思います。
あ〜あ、やっぱり山歩きは楽しい!青く澄み渡った空と、ウグイスの声が爽やかでした。