釣行記
一見何気ない浅瀬の川にも、実はこんな綺麗な妖精が潜んでるんですよ。
この時使ったフライは、白のバタフライでした。
ゴールデンウィーク中でのスレた鳴子ダムの落ち込み(渕)で。
ルアーでゲットした山女魚の群れ・3時間で17匹。
あまりのヒット数に可哀想になりこれで止めました。
ロッドはジャクソン、リールはダイアモンド、ルアーはゴールドの「ハス」でした。

淀んだプールから、シルバーのスプーンで無理やり誘い出し、ランディングするまで15〜16分はかかったと思います。
ネットが30cmですから、スケールを当てなくても大きさがわかりますよね?
解禁当初、雪の中で餌で釣った山女魚です。
気温が8℃程度だったでしょうか?よくもまあ、こんな寒い日に釣りに行ったもんです。
それにしても、釣れたのは実に嬉しかった・・・。
確かロッドはシマノのズーム、道糸はトーレのナイロン1号、ハリスはガマカツの0.6号、ハリはヤマメ改良4号だったと記憶してます。

夏になると、まず、いくつかの監察(遊漁証)を買って河川に入ります。
タックルはベストがシマノ、ロッドはオリンピック:鮎プロフォース9m、タイツはダイワ:ドライ・プロタイプ、小道具は様々ですね。
釣果は今までで、最高30匹程度ですが・・・。取りあえず、生きている鮎を紹介します。
何度も強調するようですが、彼等の引きはその小さな身体に似合わず実に強烈で、侮ってると激流に引き落とされます。


これは「GOOD FISHING THE MIYAGI」にエントリーして、他魚の部で第2位を受賞した時の私とバスです。
2時間勝負で40cmクラスを2匹、トラウト用のスプーンで釣り上げました。
賞品はなんだったのか?・・・ 賞状とカナダ製のフィッシングブーツと帽子でした。

経歴:
1.小学1年、父親の強引な誘いで初めての海釣り(投げ釣り)。釣った魚は海タナゴと石ガレイとハゼ。
2.以降、鮒釣りから海の五目、なんでもかじるようになる。当時は何処の掘でも20cm級の真鮒がよく釣れた。
3.小学4年、へら鮒釣りに本格的に取り組む。放課後は決まって親友と穴場へGO!(喧嘩が絶えなかったなぁ・・・。(笑))
4.中学1年〜高校3年、最高釣ったのは一日50匹前後、アベレージは30cm・・・
全くもって難しい魚と実感。
5.19才〜25才、気仙沼で毎週投げ釣り。南三陸は遠浅の磯が多く、釣れてもアイナメ、ソイ、真ガレイ程度。
ただし、どの河口付近でも、カタのいいハゼがよく釣れた。
6.26才〜現在、車の錆と道具の負担から、原人(笑)のシンプルさを追求した結果、子供の頃から憧れていた渓流の世界へと転身。
専門書を徹夜で読みチャレンジしたのはいいが、先輩の熱い指導にも応えられず3日間ボウズ。(泣)
しかし、4日目にしてようやく念願の初山女魚。文字通りの「山の妖精」を手に、心臓が飛び出るほど感激する。
7.以降、スキーと同様、週末になると狂ったように東北の河川巡り。釣った渓魚の写真は数え切れないほど。
スタイルは餌、ルアー、フライと、ほとんどこなすようになる。
8.一番悔しかったのは、山形の小国川で40cm級の岩魚を簡単にバラシてしまったこと。
原因はリールの巻き糸を変えてなかったためなので、今でも怨念となって胸を締めつける。(笑)
9.28才、「みちのく渓友会」に所属。あまりの熱心さに会員から鮎釣りを勧められ、古川の「香技会」というクラブの事務局長を務める。
誰もが止める中、台風上陸の解禁時に釣りに行って、50mほど泥水に流されたのが一番の勲章。(苦笑)
10.転勤族のため、なかなかホームに行けず退会。現在はフリーの立場で「好きな時に好きな場所」に釣行するようになる。
11.時々、海にもイシモチ、スズキ、黒鯛を狙いに行くようにもなったかな?
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