熊本−平成−南熊本−新水前寺−水前寺−東海学園前−竜田口−武蔵塚−光の森−三里木−原水−肥後大津−瀬田−立野−赤水−市ノ川−内牧−阿蘇−いこいの村−宮地−波野−滝水−豊後荻−玉来−豊後竹田−朝地−緒方−豊後清川−三重町−菅尾−犬飼−竹中−中判田−大分大学前−敷戸−滝尾−大分
(太字は主要駅)
豊肥本線は、熊本を起点に九州を横断し、大分に至る全長148kmの路線である。立野から宮地にかけては、阿蘇のカルデラの中を走り、雄大な阿蘇山の風景を楽しめる。一方、九州中部の県庁所在地を結ぶ重要な役割を果たし、また起終点付近では急速にベットタウン化が進み、通勤・通学路線として区間列車も多数運転されている。特に、熊本−肥後大津間は平成11年10に電化され、博多方面から特急有明号も多数乗り入れている。豊肥本線は、昭和53年7月、生まれて初めての九州旅行で全線を乗り通し、私にとって、地方の路線で初の全線走破を達成した記念の路線でもある。
豊肥本線を全線通して走る特急は、「九州横断特急」という奇抜な名前で、九州新幹線の開業時に「あそ」から改称され、大半が肥薩線の人吉発着となっている。JR九州のイメージカラーである真っ赤な車体が印象的であるが、グリーン車もない2両編成で、前身の急行「火の山」時代よりも停車駅が多く、特急と言うにはいささか物足りない感じがする。ただ、車内は木をふんだんに使用し、観光特急にふさわしい、温かく好ましい雰囲気である。
熊本を出ると、列車は市街地の南側を180度近くカーブする。平成4年に、カーブの終端に「平成」という駅が新設されたが、この駅名は、多少年号にあやかった感じもするが、たまたま駅の所在地が「平成」という地名であるためにつけられたものである。
カーブを曲がりきると、列車は熊本の市街地を北東に向けて進む。新水前寺駅は昭和63年に新設された駅で、ホームは片面のみで、市街地に埋もれて見過ごしてしまいそうな小さな駅であるが、熊本市電の乗換駅のため利用客が多く、有明号・九州横断特急の全列車が停車する。次の水前寺駅にもすべての特急が停車するが、両駅の距離はわずか600m。歩いて行けるほどのこの区間は、JR特急の2駅連続停車の最短記録でもある。
市街地は、電化区間の終点肥後大津付近まで続く。ここまでの区間は、沿線の宅地化が進み、どの駅も利用客が急増し、特に昭和後期以降、次々と駅が新設されている。特に武蔵塚駅の利用客の増加が著しく、以前は豊肥本線に乗り入れる特急有明号の多くがこの駅で折り返していたが、平成18年に、隣に光の森駅が新設され、今は有明号の大半がこの駅で折り返している。両駅とも駅の規模は意外と小さく、特急の終着駅という華やかなイメージとはちょっとかけ離れている。
原水の辺りから風景がだいぶのどかになってくるが、肥後大津を過ぎて非電化区間に入るとさらに人家が減り、勾配も急になる。瀬田を過ぎると、すっかり森林の風景になり、阿蘇の外輪山が間近に迫り、クライマックスが近づく予感を感じる。
立野駅からは、阿蘇の南側のカルデラ(通称「南郷谷」)を走る南阿蘇鉄道の起点となっている。南阿蘇鉄道は、今まで進んできた方向と同じ方向に出発するが、豊肥本線の列車は逆方向、つまりバックして出発する。ここは豊肥本線のハイライトのひとつである、3段式スイッチバックである。スイッチバックは、急峻な山をジグザグに登る方式で、日本は山が多いため、ここ以外にも全国に何ヶ所かあるが、ここのスイッチバックは逆Z型で、他のものと比べるとかなり規模が大きい。立野駅を逆方向に出発した列車は、Z字の斜辺にあたる部分をゆっくりと登り、1km以上戻って山の中腹で小休止、また方向を変えて出発する。スイッチバックを終えて先ほどと同じ方向に進むと、眼下に立野駅がミニチュアのように小さく見える。
スイッチバックを終えると、列車はいよいよ阿蘇の北側のカルデラ(通称「阿蘇谷」)の中を走る。列車が進むにつれて、阿蘇五岳の緑色の美しい山並みが迫ってくる。カルデラの中を列車が走り、車が走り、人が住む…。まさに、人と自然が共存する風景である。ちなみに、立野から宮地の先までのカルデラを走る区間は、阿蘇くじゅう国立公園に指定されており、景色がよいのもうなずける。
【緑が美しい阿蘇五岳を見ながら走る(市ノ川−内牧間)】
阿蘇駅は、キャッチフレーズにもあるように、世界一のカルデラの真ん中にある駅。文字通り阿蘇山頂へのアプローチとなる駅で、駅舎も西部劇風のおしゃれなつくりになっている。ここから、草千里や中岳火口までバスが出ており、多くの観光客がここで下車する。
阿蘇山頂へのもうひとつの玄関口である宮地駅は、カルデラの中では最も開けており、カルデラ都市となった阿蘇市の代表駅でもある。阿蘇駅とはうって変わって、神社風の日本的な風情の駅舎となっており、阿蘇山の玄関口であるとともに、瀬ノ本高原・飯田(はんだ)高原を経由して湯布院に至る、やまなみハイウェイの起点にもなっている。やまなみハイウェイは、一度定期観光バスで通ったことがあるが、阿蘇・久住の雄大な山岳風景や、美しい草原が広がる風景など、なかなか変化に富んだ面白い道路なので、ぜひ一度乗車することをお薦めしたい。
宮地を出ると、今度は阿蘇の外輪山の東側を登り始める。こちらはスイッチバックではなく、大きく逆S字型のカーブを描いて登る。時々トンネルの合間から見えるパノラマは、日本三大車窓にも匹敵する雄大さである。外輪山の頂上をトンネルで抜けると波野駅に着く。この駅は、標高754mで、九州では最も高いところにある駅である。
ここから先は、外輪山の東斜面の鬱蒼とした森林地帯をアイドリング状態で下っていく。豊後荻駅は、以前は普通列車のみ停車していたが、現在は九州横断特急のすべてが停車する。駅名から分かるとおり、ここから先は大分県である。豊後竹田は、滝廉太郎の「荒城の月」の舞台である岡城跡のある町で、列車が着くたびに、ホームに荒城の月のメロディーが流れる。ここではぜひ途中下車して、岡城跡まで足を運びたい。駅から徒歩30分とかなりあるが、石垣がきれいで、高台にあるため大変眺めがよい。また、岡城跡に至る道には古い町並みも残り、いかにも小京都らしい風情がある。
【時間があればぜひ岡城跡まで足を運びたい】
豊後竹田から先は、カルデラ区間も終わり、のんびりとした旅となる。私事であるが、私はこれまで豊肥本線を3度利用したが、平成5年の2度目の時は、緒方−豊後清川間が台風による鉄橋の流出で運休しており、この区間は代行バス利用という変則行程となった。豊肥本線は有数の山岳路線で、風景には恵まれているものの、自然環境は特に厳しく、大分県側を中心に、これまでも何度か台風や大雨による運休を余儀なくされてきた。3度目のときも、1週間前に台風が通り過ぎたばかりで、毎日ホームページで運行状況を調べなければならず、まさに冷や汗ものであった。風景はクライマックスを過ぎた感じで平凡になってくるが、この辺りは石仏が多いところとして知られ、有名な臼杵石仏へは、三重町からバスが出ている。
なお、九州横断特急はわずか2両で運転されているため、乗務員は運転士とアテンダントの女性の二人だけとなっている。乗車した日は夏休み期間中の日曜日で、自由席では席に座れず、立ったままの乗客がいるほどの混雑で、女性アテンダントは、車内放送、検札、車内販売、ゴミの回収と、2両編成とは言え、一人何役の多忙ぶりである。混雑がひどいと、疲れとイライラがつのり、せっかくの旅行が台無しになってしまうものであるが、アテンダントが、隣の席に荷物を置きっぱなしにしている乗客に、荷物を棚に上げるよう促すなど、一人でも多くの乗客に座ってもらい、すべての乗客に快適に過ごしてもらうため、これらの作業を丁寧にこなしていた。余談ではあるが、誰もが車内で楽しく快適にすごせるよう、このようなことはいちいちアテンダントに注意される前に本人が気を使ってほしいものである。
菅尾から中判田にかけて、車窓右側に大野川が広がる。大野川は、地理の授業では習わなかったが、九州では有数の大きな川である。中判田から先は、大分のベットタウンとして宅地化が進んでおり、区間列車も多数運転されている。中判田駅も、以前は普通列車しか停車しない駅であったが、今は九州横断特急がすべて停車する。滝尾を出ると、大きく左にカーブして日豊本線と合流し、そのまま大分駅に向かう。
豊肥本線は、沿線の観光地にも恵まれた風光明媚な路線であるため、九州旅行にぜひ取り入れたい路線である。また、鉄道ファンであれば、ぜひ肥薩線とセットで乗車したい。

【普通列車と並んで停車する九州横断特急(大分駅)】