自 称 名 品(45)
2004.01.01
穂高16円貼りの外信航空便
産業図案切手の中に編入されている大型普通切手「穂高16円」貼りの外信カバーです。昔から1枚貼りの船便が人気品ですが、その陰に隠れた下に示すような混貼カバーも、なかなかよいものです。

穂高16円+航空料金110円貼り: フランスあて航空便
TOKYO 1949.5.31 (料金最終日)
穂高16円切手
1948年9月の料金改定によって16円となった、外国あての封書基本料金用として発行されたのがこの16円切手。しかし凹版印刷の大型切手という凝った造りにしたために準備が遅れ、料金改定から4ヶ月遅れでの発行となりました。
発行時期が産業図案切手の時代であったため、慣例上産業図案切手に編入されていますが、明らかに一般の普通切手とは別枠で発行された切手であると言えましょう。この切手に対しては、全く同図案、しかもきわめて類似の色で発行された「長野博」記念切手がありますが、この両者の区別は、ベテランの収集家でも迷うことがあります。普通切手は鮮やかな青、記念切手はややくすんだ感じの青、ということは一応はわかっていても、1枚だけ単片で見せられたときに100%間違いなく分類できるかと言われると、私も自信がありません。普通切手の方に若干の刷色変化があるのも、厄介な点です。
両者には、シート構成と目打形式に、明瞭な違いがあります。普通切手は50面シートの普通櫛型目打(上抜け)、記念切手は20面シート(題字つき)で目打形式は逆抜櫛型(下抜け)という点を、しっかり頭に刻んでおきましょう。両者は上下の耳つきであれば、簡単に見分けられます。この目打形式の違いは日専に明記されていないので、JAPEXのような切手展の展示作品においても、間違えて分類されていることがあります。
外信封書平面路料金
多くの方に認識されているように、この16円切手の難関は適正使用例です。何せせっかく発行された立派な切手が、発行後わずか半年も経たない1949年6月には、料金改定によってご用済みになってしまったわけですから。「適正1枚貼り」の外信船便書状は昔から人気の的で、万を越える価格で取り引きされるのが通例です。
しかしそのような1枚貼りカバーばかりに目を奪われていると、貴重な品物を見逃してしてしまいます。この時代の航空便料金は大変高価でしたが、世界共通の平面路料金(船便)に、地帯ごとの航空料金を加算するという方式をとっていました。今回紹介したカバーは、この時代のヨーロッパ(第4地帯)あての航空便に、航空基本料金110円分の普通切手とともに使用された使用例です。このカバーにおいて16円切手の果たしている役割は、1枚貼り船便書状と何ら変わるところがありません。このような使用例も、見過ごすことはできません。しかもその110円分の航空料金が、100円+10円というスッキリした貼り合わせになっている点も気持ちよいものです。この時代、まだ航空切手が発行されていなかった点に、注意して下さい。この時点で合算料金126円分の切手を貼ろうとすると、このカバーの100+10+16円が、最小枚数の組み合わせとなります。
このカバーに押された消印は一部不鮮明ですが、1949.5.31のTOKYO欧文櫛型印が読みとれます。ということは実は、この16円料金の最終日ということになります。翌6月1日からは、外信封書料金は24円、ヨーロッパあての航空料金は103円に改定されます。合算額は126円から127円へと、1円だけの値上げということになります。
この16円という料金は、国内あての2倍重量封書という用途にも適応していました。この料金は1951年10月までの3年近い適応期間があったので、かなりの使用例が残されていそうに思えるのですが、その例は外信1枚貼りよりさらに希少です。後の時代でもそうですが、重量便の封書というものはそもそも量が少ないようです。オークションに登場したこともありますが、とても庶民の手の届くものではありませんでした。
なお、上にも書いた同図案の「長野博」については、適正使用例収集はもはや絶望的と言えます。何ぜ発行日が同年4月1日、適正期間が2ヶ月しかありません。その上に地域限定での発売です。収集家が残したカバーがわずかに存在する可能性がありますが、まあ初めから存在しないと思っていた方が気が楽です。長野博の使用例は、後の時代になって、いろいろな記念切手と混貼された郵趣家使用便しかないと言えましょう。