1998年
制作者のつぶやきより抜粋
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★1998年3月15日★(赤坂BLITZ ウサギさんチーム) この週末から、いよいよ怒涛のライブ月間本格始動です!といっても、14日はたぼちゃんでは なく、みっちーこと、及川光博サンのライブ・・・いや、ワンマンショウでした。みっちーの曲って 正直、ぜんぜん知らなかったので、友達に特製テイプを送ってもらって、ここ1週間ほど聴いて お勉強しましたよ。ライブに行くからには、楽しまなきゃ損だからねっ!そして、東京にて友達 と合流し、カラオケボックスにてポンポンを作成し(笑)、行ってきました、赤坂BLITZ♪♪ 会場につくと、ファン・・いや、みっちーマニア・・・ベイベーたちがワンサカいましたねぇ。 全体的に、たぼちゃんと比べると、割とエレガント系という印象を受けました。(中には違う方も いらっしゃいましたが)そして、男性が多いことには正直驚きました!14日はウサギさん チームだったので、ウサギ耳をつけていた方々も多かったです。 そしてそして、肝心のワンマンショウですが・・・これが想像していた以上に楽しかった! 2階席だったんだけど、かなり良い席でした。みっちーも「2階ベイベー」ってよく呼びかけて くれたし・・(笑)単純に、とても楽しめました。参加できて、よかったなぁと思います。 たぼちゃんライブとは全く違った楽しさでしたね。たぼちゃんライブの時って、前々日くらいから 緊張してきて、夜もあんまり眠れなくなってきて、いくぞっ、やるぞっ!!うおーーーっ!! みたいな気合が入ってきて、なんか挑みに行く・・・ような感じなんです。そしてライブ中は、 もちろん楽しいんだけど、そこには常に全身全霊でぶつかって行く気持ち、想い、なんかこう、 戦いに挑んでいるような感じがするのです。 ところがみっちーのライブは、ワンマンショウというだけあって、娯楽、エンターテインメント的 な要素がとても強くて、単純に楽しいという感じなのです。常に笑顔でいられて、次はなに?? ど〜なるの??ワクワク、ドキドキ・・・という感じです。だってさ、いきなり最初に流れてきた 音楽が・・・・ドラえもんの曲なんだよ・・。しかも、そこに登場したみっちーの格好は・・ 仮面ライダー・・・・だったんだよ(笑)彼曰く、「仮面ライダーM」だと・・・(爆) まぁ、貴重な体験をさせていただきましたよ。 ------------ #ちょっと解説のコーナー# この1998年当時、ワタクシはみっちーではなく、T.M.Revolutionに夢中でありまして(文中のたぼちゃんとは西川貴教のコトっす)、 こんな日記になっております(笑)。この頃は盲目的にタカノリが好きだったのに、この赤坂BLITZをきっかけとして 魅惑の及川ワールドにはまっていったのでありました。思うに、最初の生みっちーが赤坂BLITZという小さい会場だった故に ココロ奪われたのかもしれません。だってさ、なんせ物理的な距離が近かったもの。2階席だったとはいえね。 それと思い切って告白すれば(笑)、じつはワタシたち、このライブの時に座席を間違えまして…、2階の関係者席と 思われる席(2階のステージに一番近い席)で暫くの間、生みっちーを堪能していたんですよ(恥)。 もうすんごくみっちーが近くでビックリした(^-^;)。ステージ上のみっちーは けっこうワタシ達に手を振ってくれてたけど、きっと彼は(関係者席なのに、すんげー騒いでるヤツラがいる…なんだ??)とか 思っていたかもしれない(大汗)。結局は途中で本物の関係者の方が訪れまして、間違いに気づいたおバカな4人組は そそくさと本当の席に着いたのでした…。それでも、けっこういい席だったけどね。 あとこのライブで、おそらくは大きな勘違いだと思うんだけど、みっちーと目が合ったような気がしてすんごいドキドキした覚えがある。 みっちーってピンポイント攻撃をするでしょ(笑)。その攻撃にワタシは見事にやられてしまったのですね、今にして思えば(^-^) まあこの日から、少しずつ少しずつ、T.M.R.メンバーからベイベーへとシフトしていくワケであります(笑)。(2002.04.04 記) ------------- ★1998年6月30日★(堕天使の花嫁 名古屋センチュリーホール) なんとかやっと、カラダの筋肉痛が治まってきましたよ。はぁ・・・年齢を感じるね。なぜ筋肉痛だったかといいますと、 BBSのほうにはチョットだけ書いたんだけど、みっちー名古屋ワンマンショーに行ってきた訳です。 28日の日曜日に行ってきました。この日はタカノリライブチケの一般発売日だったのに、ソレを諦めてまで 行ってきました(笑) たぼちゃんライヴはですね、この第1回目にチケットが発売される会場は、みんな 遠すぎるのですよ。埼玉、愛知くらいだったら行けるケド、他は遠すぎ・・。だから、第2回目のほうに すべてをかけるのです。シズオカ・神奈川・千葉・東京・・・みんな行けるトコロだからね。こっちを頑張ろう と思ってね。たぼちゃんに逢うのは秋以降になってしまうけど、それまでガマンの子なのだっ! おっと話しが外れてしまった・・・。みっちーワンマンショー、すごく楽しかった。やはり名古屋のノリは 違う・・。席は1階の24列めの端っこベイベーだったんだけど、思っていた以上に良く見えて大満足! 踊って踊って踊って叫んできました(笑)喉はまだカナリ痛い・・・。今回のワンマンショーツアーは 「堕天使の花嫁」という名だけあって、ウエディングドレスの方、いました。当日は雨だったので、裾が 黒く汚れていたのが可哀相だったけど。ま、何はともあれ、生みっちー!!だよ。 ------------ #ちょっと解説のコーナー# 初の名古屋での生みっちー。名古屋のノリはすごいと聞いて、それでは行かねば!と初心者なのに思い切って行ったものです(笑)。 というか、このツアーの時はまだファンクラブに入っていなくて、関東方面のチケットが取れなかった気がする。 それでこの時、イベンター(サンデーフォーク)の会員になっていたので、そっちで取ったから名古屋しか取れなかったんだよなー。 しかし2回目の生みっちーにして名古屋まで遠征してたんだ…ワタシって。(2002.04.04 記) ------------- ★1998年7月23日★(翼をください 渋谷公会堂) じゃ、ちょっとここで昨日のワンマンショーネタをば・・・。えっと、すごく素晴らしかったです。 及川ワールドここにアリって感じのワンマンショーでした。昨日は「翼をください。」と題された ワンマンショーだったんだけど、これはその前までのワンマンショー「堕天使の花嫁」の続き・・・ といった感じでした。だから、「堕天使の花嫁」と「翼をください。」の両方を見れた私は、すごく ラッキーでした。今回のツアーは、とても考えるコトが多くてなんだかとっても深い。第一部の歌劇が 終了したあと、10分の休憩の後に第二部の「みっちーのソウルショー」が始まるので、その時はあまり 考えている暇はないんだけど(ソウルショーでは踊りまくるのでね)、帰りの新幹線の中とか、次の日の夜 なんかにふと考えてしまいます。・・・・・でも未だ、答えは見えず・・・・。もう少し考えますワ。 ------------ #ちょっと解説のコーナー# このライブは、当時の日記に書いてあるとおり深かった。深かったというか深すぎて苦しかった気がします。 とくに第一部最後の自殺シーンはものすごく衝撃的で、全身に鳥肌が立ったのをスゴク覚えてる。 「生と死」という普段あんまり考えていなかったものを突き付けられて、かなり動揺した(^-^;) と同時に、このライブあたりから及川光博をぐっと好きになっていった気がします。 このとき唄った「solution」も印象的だったなぁ。(2002.04.04 記) ------------- ★1998年8月23日★(魔宮の聖戦 富士急ハイランドオニファーフォレスト) なぜ最近みっちーモードなのかっていうと、22日(土)にライブがあったんですよ。富士急ハイランドの コニファーフォレストで ひとりのビックショー’98 「魔宮の聖戦」が行われたんです。ワタシに とっては初の野外ライヴ!!!すっごく楽しかったです。チケットには富士急ハイランドの入場券も 付いていたので、かのキング・オブコースター「フジヤマ」にも乗ってきましたよ、はい。あれは すごいジェットコースターだね。ものすごいよ!!何度も落ちちゃうんじゃないかって思ったもの。 乗り終わったあとの腹筋の痛さったら・・・・(笑)また機会があれば、乗りたいワ。もっちろん ビックショーも最高でした。席もとっても良くて、大満足!!ひさびさにポンポンも振れたしね。 約1万人のポンポンはすごかったワ。あれをステージから見たみっちーは、どんな気分だったんだろう・・。 すごい景色だったんだろうなぁ・・・・。ポンポンを振っている時にはね、花火まで上がったのだ。 すごく奇麗だったぁぁぁぁ。なんだか思い出しただけもで、幸せな気分(*^^*) ・・・というワケで、只今、みっちーモードなのですよ・・・(笑)24日の月曜日のANNは みっちーがパーソナリティーだし・・・・もう少しみっちーモードだわ・・これは・・・。アハハ・・。 ------------ #ちょっと解説のコーナー# なんか日記にはあんまりビックショーのことが書いていないので補足(^-^;)。 第一部の歌劇「魔宮の聖戦」は、…セーラームーン・ショー(笑)。あのね、コレたしか30分ちかく続いたのよ。 でね、イマイチ面白くなくて(笑)、ベイベー達はわりと引き気味に鑑賞。歌劇が終わったあとはもっちろん大盛り上がり だったけどね。このビックショーで印象的だったのは、「三日月姫」の時に精神科医Mの衣装で唄ってくれたこと。 1万人の「忘れてしまいたい」が圧巻だったこと。日記に書いてある「死んでもいい」もすごかったこと。でもすずらんテープの 切れ端が風に乗ってとんできて、すごいことにもなっていた(笑)。 そしてこのビックショーをもって、”王子”をおしまいにしたこと。この日から、及川光博の職業は”ミッチー”になったのでした。 このビックショー、すごく楽しかったから、すっかりビデオ化されると思っていたら(たしかカメラも入ってたし) ビデオ化されなかったんだよねー。でも先日発売された「及川光博の世界」の一番最後に映像が入っていて、何気に嬉しかったり…。 でも音はちがうんだよね。なんでダロ? あと覚えているのは、野外だったからリハの音が筒抜けで、会場に早く到着したワタシは、柵ごしにしばらくリハを見ておりました。 野外も楽しいもんだよね。またやてほしいなぁ。(2002.04.04 記) ------------- |