
日本 IBM の 5550 という DOS は日本用に
作成された漢字 DOS というものだった。
これは PC-DOS とも NEC-DOS とも違う。
略して K-DOS などと当時は言った様だ。
ワープロを諦めて Editor を捜し始めた僕はここで日本の Computer という意味は
NEC の 9801 だという事を嫌という程思い知らされる。
見る雑誌全部が 9801 の記事なのだ。
5550 が発売されて 10 年を経ているのだから
国内は V-30 から 80286 が利用されている
中心の CPU であり、
当時 80386 という新進の CPU が登場し始めていた。
CPU は互換があるのだけれど、
後述する IO
アドレスが日本専用の特異な土俵の上の記事ばかりが掲載されていた。
| Maker | BUS | 〜1985 | 1986〜1990 | 1990〜1993 | 1995〜 |
|---|---|---|---|---|---|
| IBM Corp in the World | AT | PC-DOS 2.1 for PS/2 | PC-DOS 3.1 for PS/2 | PC-DOS 6.3/V for WINDOWS | PC-DOS 7.0(PC/AT) |
| 日本 IBM in Japan | MCA -> AT | K-DOS 2.7 for PS/2 | K-DOS 3.2 for 55** | PC-DOS/V 6.1 for WINDOWS | PC-DOS 7.0(PC/AT) |
| NEC in Japan | C-Bus | × | NEC-DOS 3.3 for 9801 | NEC-DOS 5.0 for 9801 for NEC WINDOWS | PC-DOS 7.0 For PC98(PC/AT) |
| Fujitu in Japan | × | × | TOWNS-DOS 3 | PC-DOS/V 6.2 for FM/V | PC-DOS/V 7.0 for FM/V(PC/AT) |
9801 ではないこんな古い機械に対応した Editor となると、
もう DOS 汎用という物でなければ到底動作不能であり、そ
んな Editor が存在するのかと僕は途方に暮れた。
その頃、NETWORKER という季刊のパソコン通信の本にであった。
5 inch の Floppy Disc が付録で付いており、
いまでは有名な FreeWare である
FD
という Idei さんの File Manager がついていた。
この当時は NEC の 9801 以外は Computer ではないという時代である。
NetVista という最新の僕の会社が購入した computer に
は Windows の Recovery CD-ROM も System CD-ROM も添付されては居ない・・
F 社のrecall である HardDisk Crash が発生した時、個人は
どのような手段で復旧というすべを持つのだろうかという疑問を僕は持っている。
なんと、それらの CD-ROM を保有しない NetVista 購入者への無償の対応
は 1 年以内だと Manual には明記されている。
(つまり Windows の無償の利用権は 1 年になったという事なのであり、
利用権は国内だけの覇権をめざす特定の企業によって、
いつのまにか 1 年後には復旧手数料を徴収される仕組みになった。)
もちろん、最近 Windows の復旧 install なんてゆう手順を全く知らない人
が増えたというのも事実だと思うけれど、僕を含めておたくと呼ばれた人々
が復旧手数料など徴収されることに不快を感じている事実は一方では存在すること
を忘れないで欲しいと思う。もっとも、他方では上記は正当だと判断する人々も
存在する。
Computer を十全には利用できない
「意欲しない人々」の存在は致し方ない。
「意欲しない人々」の存在を官僚制として提示した
Max Weber でさえ、
組織が常に創造する産物だと論破している。
2002 年以降の IBM 等の最近の異常とも思えるような動きと Linux 等の動きについては、
章末にまとめて記載したの急ぐ方は click 。
僕の当時の盛岡のアパートは2軒長屋であり、隣の親切な方が
日立をもっているという事で、
上記の付録で付いてきた NEC 2HD Floppy Disc を 2DD Floppy Discにコピーしてもらったが、
この Disc は読めなかった。もちろん上記は、
当時 TV ではやりの長島さんのフローラではない。
これまた日本独自の日立規格という奴で、
2DD/640KB というワープロ思考を基本に置くパソコンだった。
2DD という規格は
国産の 640KB と米国の 720KB とがあり、
後者のものが国際規格の 5550 という機械の規格だったからで、
これはもしかすると日本のパソコンではコピーは無理なのではないかと思ってみたが、
向いの方の 9801 に読んでもらったら、
なんと簡単にコピー出来た。
この時僕は初めて File Manager の威力に出会う事になる。
エコロジーという市販の物だが、
File Manager がなんであるかを理解した。
簡単に指定したサイズで Floppy Disc を
FORMAT したり、
Data File の COPY や移動(MOVE)したり、指定も簡単で操作も簡単、
操作は WINDOWS と同じ感覚で出来る優れ物だったが、
僕の日本 IBM 機械では動かなかった。
ようやく覚えた、裸の DOS prompt に
C:\> COPY *.* A:\ [RETURN] なんて打ち込む手間もない。
* 余談だが、この時代に僕は恵まれていたのだ、
なにせ隣の方も向いの方も Computer を持っていた。
この頃の普及率と言えば、100 戸に 1 台くらいの時代だから、
僕自身この幸運には後から驚いた。
ちなみに 640KB と 720KB の差は Secter の違いだ。
8 Secterと 9 Secter の差であり、
Disc Drive の回転数が 300RPM と 360RPM の差だと専門の書物に記載されていた。
今でも同じ 2HD disc が 1.2MB と 1.44MB の容量の違いはここからきている。
倍化されただけの事だ。詳細が必要ならば
「Floppy Disc という妖怪」を click 。
| 5 inch FDD | Hitachi | 日本 IBM55** | NEC 9801 |
|---|---|---|---|
| 2DD 640KB (8 secter/512) | ● | × | ● |
| 2DD 720KB (9 secter/512) | × | ● | ● |
| 2HD 1.2MB (8 secter/1024) | ● | × | ● |
| 2HC 1.2MB (8 secter/512) | × | ● | ● |
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もっとも、その FD も PC/AT の普及に伴って、対応版がすでに供給されている。 日本の DOS 環境に限っては FD 抜きでその発展を語ることは無謀に近い論拠だと 僕には思える。すでにお亡くなりになったとの訃報に接した時、僕にも時代の終わりが 喚起されるほどの感慨があったことを記載しておく。あの時代の臭いを持った人が いなくなったことは、今後の後進の指導という影響力の消滅が、 この国の損失なのだということ考える僕は年寄りになったのかもしれない。
★ FD の画面、下段の function key ですべての操作を指示できる ★
どんな文字列でも大丈夫だということは webpage を 製作しようという人間にとってはさらに重大な問題になる。 なぜなら、 UNIX や Linux 等の国内ではマイナーな machine が web server の大半であるからだ。web server として利用されている machine 群に関しては、 Windows はマイナーだという事実が存在する。 UNIX などでは、link 指定 file 名の大文字と小文字は厳密に区別されている。 ところが Windows 上では大文字も小文字も同じ意味として扱われるから、 link 指定 file 名を大文字にして、指定 file を小文字で保管してアップロード すれば、そんな file は存在しないという error に直面する。![]()
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多数を背景にした横暴は人が犯す日常的な罪だと思う。 例えば、僕は転勤した職場で Wndows の日本語変換方式を「ひらがな」に設定して 仕事を終えたが、その後「ローマ字」変換になっていない Computer について、 多くさんの人が「ローマ字」を利用するのだから「ローマ字」変換に戻して置くべきだと主張した人がいる。なぜなら、ワープロを利用する 彼は「ひらがな」変換を「ローマ字」変換に変更する方法を知らなかったからだ。
しまいには、社員の変換方式が「ローマ字」が多いのだから気を使うべきだとさえ のたまった。ひとりひとりに Computer が与えられた貴方の会社では こんな事態は想像も出来ないだろうけれど、多数で共有するときは 変換の方法ぐらい熟知してから利用するべきだと思うが、 貴方はどう思うだろうか。 (ある意味でこれは全くもって導入時の笑い話かもしれない。) 念のため、以下に変換方式を変更する方法を提示しておくことにする。
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背景として
すでに数ヶ月前に中国の企業に買収されたこの会社が、
Linux 関係の通信に
関するあらゆるパテントを放棄した日になった。
これで dogyear と称されてきた 21 世紀の次世代の足場は確定したのだと
僕は思う。10 年以上前、PC/AT の BlackBox の中身を公開したとの同じ意味で
HardWare 開放に遅れること 10 年、
待ち望んでいた SoftWare 開放が残された IBM 社の次の仕事だった
のかも知れないし、まさかそんなことをやるはずがないという旧来の既得権を
主張する人々には驚愕の行動だったに違いない。
僕の会社にも今でも、沢山の20世紀を引きずった方々が存在する。 残念なことではあるも、好奇心と探究心を維持できない人々はどこにでもいる・・。
すべての過去を公開するということは、とても勇気の要ることだ・・。 なぜなら、多勢に無勢の圧力による隠蔽が繰り返されてきたからで、 2009年の今頃になって、それが継続できないという変化を強要されているのだと思う。 相撲界の重鎮と言われた人が実刑を受けることに(まだ地裁だけれど) なった。それが、つまり 20世紀が恐怖政治の下にあったことが判明していく・・、 この先の 21世紀の役目は、そうした隠蔽された事実を太陽の下 に引きずり出す人なのかも知れない。実は、僕も同じ宿命の元にあるのだと思う。 20世紀は、それなりに残酷だ。バブルという時代があったことで、 人々を疲弊させた・・。
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