最近数年間に刊行された本
1.風のジャクリーヌ ヒラリー&ピアス・デュプレ ショパン 1999年
[紹介] クラシックファンならお馴染みのチェロ奏者、ジャックリーヌ・デュプレ。 オクスフォードに生まれ、天才少女として明るく育ち、バレンボイムと結ばれ、精力的な演奏旅行で世界中を魅了、しかし不治の難病に見舞われた挙句、42歳で悲劇の生涯を閉じる。 姉と弟がその生涯を振り返り、こもごも、秘められたデュプレの心の奥底や生き様を語る。 凄惨とも称すべき天才の個性が、家族の絆と愛情に支えられた事実を知る感動的な記録。
[ひとこと] 1996年1月26日の朝日新聞「こらむらうんじ」より。 「女優には体当たり演技という表現がある。デュプレのチェロはまさにそれだ。 弓がはっしと弦に当たり朗々と歌う。 おおらかで、すみずみまで愛情にあふれている。 聴くものにとって、母親に抱かれて聞いた子守歌のような夢心地といってもいい。 だからデュプレが楽しければ楽しくなって、悲しければ悲しくなる。 音楽好きで、特にチェロを愛する男性は、1月26日には酒でも飲んで彼女をしのびませんか。 生きていたら51歳の誕生日を迎えたチェロの女神を。 そんな日が、一年に一度くらいあってもいいのではないでしょうか」
2.生命の意味論 多田富雄 新潮社 1997年
[紹介] 生命科学が進歩すると、生命の発育も維持もDNAによって一意的に把握できるような、先走り的解釈に冷静な反省を促す一書。 「生命システムの多くの部分は、遺伝情報を担うDNAの決定に頼っているが、情報の読み取り方、実行の仕方にはかなりの自由度と偶然が入り込む。 そこに、DNAの決定から離れたスーパーシステムとしての生命の形が見えてくる」という思想を原点に、免疫の仕組み、細胞死の意味、老化のプログラムなど、「不気味さ」と「美しさ」が紙一重で同居する生命スーパーシステムの様々な側面が解き明かされる。
[ひとこと] 生命の構造・機能がこれほどまでに複雑精緻であり、また創造的なものだったのかと驚かされる。 自分が生きていること自体、信じられぬ奇跡のような実感を味わう。 宗教心などなくても大自然の恩寵をしのび、生命の尊さに改めて目覚めさせられる。
記述に難解な部分も少なくないが、読了後すぐ再読したい気分になり、不十分だった点の理解を深めた。
3.天才数学者達が挑んだ最大の難問(フェルマーの最終定理が解けるまで)
アミール・D・アグゼル 早川書房 1999年
[紹介] 「Xのn乗プラスYのn乗イコールZのn乗は、nが2より大きいとき、自然数解を持たない」というフェルマーの最終定理は、三百余年にわたり証明に成功した人がなかった。 近代数学の巨人達の遺産が蓄積され、日本人数学者の予想が布石となり、遂に1993年、英国人アンドリュー・ワイルズは証明の成功を確信するが、理論の穴を指摘されて苦悩に陥る。 しかし翌年秋、投げ出そうとした直前、解決への天啓がひらめく。
[ひとこと] 目に見える物体を、ひとつふたつと数えることからスタートしたはずの数学が、いつの間にか記号に埋もれた難解な学問に変貌してしまった。 しかしフェルマーの定理などは、素人にも「ちょっと考えてみようか」という感じを誘う(土台むりな話なのだが)親しみがある。 ワイルスにひらめいた天啓とは何だったのか、「言葉にできないほど美しく、あまりに単純でかつエレガントだったので...............はじめは信じられなかった」と語られる。
4.東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ 遥洋子 筑摩書房 2000年
[紹介] タレント稼業に議論はつきもの。 議論が白熱すると、本来語り合わなければならないテーマではなく、語り言葉の裏側のメッセージで勝負が決まることが多いのではないか。 公開の場での発言に責任を持つ以上、確実に打ち勝つ方法を学ばなければ......と、弟子入りした先が上野先生のゼミ教室。 ゼミの司会を任され、レジュメを作らされ、発表の舞台に立ち、逃げず甘えず、甘やかされず修練を重ねた末、見事、ケンカのしかた十箇条(上野千鶴子流の議論のしかた)をマスターする。
[ひとこと] ブックカバーの帯に記された著者の言葉が、上野先生のプロフィルを的確に物語る。 「『相手にとどめを刺しちゃいけません』 教授は言った。 『あなたは、とどめを刺すやり方を覚えるのではなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて帰りなさい。 そうすれば、勝負は聴衆が決めてくれます』 私は鳥肌が立った」
5.建築探偵(東奔西走・雨天決行・神出鬼没・奇想天外) 文 藤森照信 写真 増田彰久
朝日文庫全4冊 1997年
[紹介] 「近代建築にかけては鑑識眼・推理力ともに並ぶものはない名探偵の大学教授と建築写真家が、面白い建物を求めて、二人で東へ西へ」と紹介される通り、全4冊に102の多彩な建物が、洒落た写真とスパイスの効いた語り口に載せられて次々に登場する。 ホテル、教会、学校、博物館、銀行、別荘、はては刑務所、銭湯、遊郭まで出てくる。 眺めて楽しく、読んで面白く、興味は尽きない。
[ひとこと] 人との待ち合わせに、あるいはレストランで料理が運ばれるのを待つ間、この本をひろげていれば退屈を忘れること間違いなし。 なにしろ、新幹線と在来線の二本が敷地内を走る屋敷が出てきたり、牛若丸と天狗が格闘する巨大彫刻がお風呂屋さんの天井にぶら下がったりしているのだから。
6.ローマ人の物語 \(賢帝の世紀) 塩野七生 新潮社 2000年
[紹介] 第一巻「ローマは一日にして成らず」に始まり、毎年一づつ刊行が続いて本書で第九巻目。 まだ六年くらい続くという息の長い大作である。 今回は13代トライアヌス、14代ハドリアヌス、15代アントニヌス・ピウスの三皇帝を中心に、2世紀の初頭から中葉にかけての歴史が語られる。 ダキア戦役の経過を円柱状の詳細な彫刻に遺したトライアヌス、精力的に国外を旅行し、ブリタニアの境界地に障壁を築いたハドリアヌス、ローマに居座ったまま内政に徹したアントニヌス、三皇帝それぞれの治世方針に特徴が現れて興味深い。
[ひとこと] これだけの大作を一遍に読もうとしたら、かなりの決心が要る。 毎年一巻づつ出てくるのは、読者の側にとっても有難い。 一年のスケジュールの中に、いつの間にか、ローマ人の物語を読む計画が定着している。 そしてこれは、長いローマの歴史に親しむ上でも効果的な読書法と言えるのかも知れない。
7.渋沢家三代 佐野真一 文芸春秋新書 1998年
[紹介] 親子三代並べば、血筋をうかがわせる共通点も見つかるのだろうが、むしろ、生きる姿は三者三様になるのが普通かも知れない。 渋沢栄一、篤二、敬三の三代も、共に非凡な才能・個性の持ち主でありながら、栄一は資本制社会を立ち上がらせ、牽引した実力者、篤二は一代の風流才子、転じて廃嫡に追い込まれた放蕩男児、敬三は日銀・大蔵の重責を背負いながら、民俗学に傾倒した無欲の文化人、と多彩である。 トーマスマンの長編小説「ブッテンブローク家の人々」に渋沢家のイメージを重ねた終章が、ひときわ共感を誘う。
[ひとこと] 「明治三十九年頃だったと思う。 ある夏の夕方、私の父渋沢栄一は飛鳥山の自宅に、伊藤博文侯ほか数人の客を招いた。.............この父の邸の門前には左右に一本づつのガス燈が立っていて、毎晩向かって左側の灯が青白い光を投げていた。 そして前述のような来客のある晩に限り、右側のガス燈にも灯がともされた。 まだ電灯のなかった時代である。..........」 これは1953年9月、NHK番組「おやすみの前に」で放送された、文人渋沢秀雄の回想である。 飛鳥山の館は渋沢資料館として財団の手で保存され、明治のロマンを今に伝える。
8.満州鉄道まぼろし紀行 川村湊 文芸春秋 1998年
[紹介] 六十代後半以上の方ならご記憶に残ることだろう。 その昔、中国東北部に満州鉄道があり、幹線区間に「あじあ号」という特急列車が走っていた。 ひかり・こだまより一回り以上大柄な流線型の蒸気機関車で、最高時速は130キロ。 1937年にタイムスリップした現代の小学生兄妹が、この「あじあ号」に乗って大連から奉天、新京、ハルビンへと旅をする。 街のたたずまいも、観光地の眺めも、名物料理の味も当時のまま。 鉄道少年だったオールドマニアには見逃すことのできない夢の一冊。
[ひとこと] 当時は小学六年の国語教科書にも、「あじあ号」に乗って、大連から新京の叔父さんのところまで一人旅をする小学生の話が載っていた。 途中で、前の席に座ったロシヤ人少女と話を交わしたり、夕方になると広い草原に羊の群れが家路に向かったり、という描写があったように記憶している。
9.私の好きな世界の街 兼高かおる 新潮文庫 1996年
[紹介] ヨーロッパからアメリカ、中央アジアからアフリカと、全世界20の街々が色鮮やかに、香り豊かに登場する。 たとえばサンフランシスコの朝。 霧がたちこめているので部屋でテレビ見物、やがて青空になったら軽い靴を履いて街を散策、歩き疲れたらラウンジでティータイム、ホテルのシャワーを浴びて一休みしたら、眺めのよいレストランに出直して夜景を見ながらカクテルを、という調子で、自分がその街に在るがままの気分を満喫させてくれる。
[ひとこと] 数年前に出された「私の愛する憩いの地」は、珍しい風土や穴場的なスポットを紹介する観光感覚の図書だったが、今回はむしろ、よく知られた街で自由に羽をのばす行動感覚の図書といえる。 臨場感をひときわ強く抱かされるのもその違いによるものだろう。
10.加田伶太郎全集 福永武彦 扶桑社文庫 2001年
[紹介] 世にあふれるミステリー群の中で、この作品がどのような位置づけになるのかは分からない。 おきまりの密室殺人あり、奇想天外のトリックありだが、ともかく八つの短編はそれぞれに変化と意外性があって面白い。 扶桑社が絶版復刻の対象に選んだのも、現代の読者層に十分アッピールするのを確信してのことだったのだろう。
[ひとこと] 福永武彦といえば、これまで純文学作品しか知る機会がなかった。 半世紀も前に読んだ「草の花」など、いまでも感動の記憶が色褪せない。 著者はミステリーのほかに宇宙探検のSFなども試みているが、単に遊び心だったのか、いくらかでも本気のつもりがあったのか、とぼけた序文やエッセイの数々を見ても真意は計りきれない。
11.文学夜話「作家が語る作家」 日本ペンクラブ編 講談社 2000年
[紹介] 1998年秋から一年余りにわたって開かれた、日本ペンクラブ主催の連続講演会「文学の夕べ」を収録した文集。 「漱石の笑いとその消滅」と題して梅原猛が、「樋口一葉の恋愛」について瀬戸内寂聴が、その他全部で12人の著名な作家と作品に、様々な角度からスポットライトを当てて、現役第一線の作家達が語る。
一人ひとりが何を作品の生命に注ぎ込もうとしたか、さりげない外見の奥にどんな人間臭さが潜んでいたか、果たして、と思い当たる部分、意外な事実に驚かされる部分が微妙に交錯し合い、読者を佳境に引きずり込む。
[ひとこと] 1953年の初夏だったと思う。 御茶ノ水駅で電車を待ちながら、ふと、線路向こうの石垣に、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の大広告板が在るのに気がついた。 堀辰雄の肖像写真が淡くうかび、「世界中の小説は、この作品ひとつあれば良いような気がする」というコメントが添えられていた。 強烈なインパクトだった。
堀辰雄が歿したのは、それからほんの数日後のことである。 今もその肖像が瞼に残る。 そう、「風立ちぬ」や「菜穂子」を描き、王朝文学にもゆかりの深い繊細な作家の面影を......... ところが、黒井千次の夜話を読むと、意外や意外、本人は下町育ち下町気質で、中野重治をはじめとする、プロレタリア系作家とのつながりが深く広かったことを知らされる。 至るところに、そんな楽しい発見がある。
12.暗号解読(ロゼッタストーンから量子暗号まで) サイモン・シン 青木薫訳 新潮社 2001年
[紹介] 広義に捉えると、遺跡などに残された古代文字も暗号の一種になる。しかし、暗号の進歩を促したのは、まぎれもなく軍事上のニーズだった。 ローマ時代から現代に至るまで、暗号作成者と解読者の間に展開された必死の戦いは、論理・数学の飛躍的な発想を取り込みながら、暗号を急速に高度化させた。 本書は各時代の豊富な実話を背景に、それら暗号の進化論的推移を興味深く解き明かす。 現代は世界中のコンピューターを同時投入しても解読されない暗号まで可能になったが、量子コンピューターが登場すると、さらに決定的な事態を迎えそうだという。
[ひとこと] 高度にスクランブル化された暗号が、なぜ破られるのか。 それは、スクランブル大海の波間に漂う規則性の小さな欠片が手がかりを与えるようだ。 スクランブルの規模を大きくすれば、味方の手間も大きくなる。 そこで、第二次大戦中、米軍が考えたのは、よそと交流の無いアリゾナの先住民族、アヴァホ人の言語の利用だった。 訓練されたアヴァホ人を通信隊に加え、アヴァホ語で直接交信する。 アヴァホ語に無い軍事用語は、「部隊長」を「戦争酋長」、「要塞」を「洞窟の住処」などに置き換えたという。
13.プルーストを読む(「失われた時を求めて」の世界) 鈴木道彦 集英社新書 2002年
[紹介] プルーストといえば「失われた時を求めて」 大衆的な人気には縁遠いが、これだけの賛辞を浴びる作品は
世の中に滅多にない。それなら、と頁を開いても、膨大な活字の量に圧倒され、緻密な描写の集積に惑わされる。
そんな大作の成立ちや背景にさらりとふれた上で、本文の様々な断面にスポットライトを当てながら、物語を構成する本質的な要因の数々を、実にわかりやすく解き明かしてくれる。大鍾乳洞の随所に最適な色光を当てて、見所を浮き彫りにしてくれる感じだ。これは著者ならではの、この作品への深い理解と愛情にほかならない。
多くの人達に対して、プルーストに親しむ意欲と勇気を促す名解説書である。
[ひとこと] 「失われた時を求めて」を初めて読んだのは、20歳を過ぎて間もないころだった。どこまで読んだか忘れたが、完読はしていない。その中で、ごく始めの方に出てくる「プチット・マドレーヌのかけらを紅茶と一緒に口に含んだ途端に.......」の話が鮮烈に私の心を捉えた。「自分自身の体験と似たものが『失われた時を求めて』の中には書かれていることが多い」という一文が、それと無関係ではなさそうなことに、今回初めて気づかされた。近年、再読した時には、列車が夜明けに到着した山間の小駅で、牛乳売りと出会う話が特に印象的だったが、これも同じようなことになるのだろうか。
14.男性誌探訪 斎藤美奈子 朝日新聞社 2003年
[紹介] 厳密な定義はむずかしくても、男性読者が大半を占めるであろう雑誌、たとえば「プレジデント」「日経トレンディ」「週間東洋経済」などから、「週間ポスト」「エスクアイア」「ダンチュウ」「ブリオ」「ターザン」「鉄道ジャーナル」に至るまで、硬軟合わせて31誌が俎上に載る。 ともすれば、独断と偏見に覆われがちなこの種の世界に、毒舌はあっても過信に走らず、独特のユーモアと絶妙な語り口で切り込む痛快な筆捌きには、「そうなのか」「そうなんだ」と、思わず納得の声を発したくなる場面が随所に現われる。。
[ひとこと] 男性誌の類がどれだけ世に出回っているのか見当もつかないが、ここに採り上げられた31誌で、私が一度でも目を通したことがあるのは12誌だけだった。 なるほど、「メンズクラブ」と「レオン」のスタンスの違いはここなのかとか、「月間へら」の対極は「バサー」なのかとか、縁遠い間柄にあった雑誌の片鱗にふれるだけでも楽しい。
15.要約 世界文学全集TU 木原武一 新潮文庫 2004年
[紹介] この要約が独創的といえる最大の特徴は、個々の作品のあらすじを要領よく組み立てて紹介する、再編方式ではなく、要所要所をずばりと切り取ってそのまま並べる、抽出方式をとっている点にある。 それだけのことで、あらすじは殆んど明らかになり、しかも作品のエッセンスが鮮やかな光を浴びて浮かび立つ。
対象となる62篇は、ホメーロスの古典から、カミュ、ヘミングウエイ等の近代作品まで多種多彩。 著者によれば
「どれも同じ長さで、それ自体、ひとつの文学作品であることを目指して要約ないし濃縮されている」と語られるが、全く同感である。
[ひとこと] ほとんどの作品は、少なくとも名前くらい誰でも聞いたことはあるに違いないのだが、私の体験でお話すると、以前読んだ記憶はあるのに、こんな筋書きだったのかと初読に近い感じを受けたもの、漠然と懐いていた作品のイメージが全く見当外れだったもの、すぐに本物をひもどいてみたい思いに駆られたもの等が、全体の三分の一に達する結果だった。 切り取った要所の配列順序が必ずしも原作通りになっていない辺りにも、理解の効果を考えた著者の苦心のあとが窺われる。
16.洋画家神津港人の絵 神津琢自 ほおずき書籍 2004年
[紹介] 神津港人は1889年生まれの洋画家。 東京美術学校で黒田清輝に学び、ロンドンでの修行を経てアカデミック画風の画家として大成。 晩年は印象派の画風も採り入れながら自然美を追求。 作品は人物・風景を問わずたおやかで、観る者の心に安らぎを与える。 本書は港人の四男琢自が六十点余の各作品ごとに、それが描かれた頃の思い出やエピソードを紹介する。 鑑賞上のポイントはもちろんのこと、画家の一途な個性や家族の細やかな愛情を随所に読み取ることが出来る。 巻末に二男直次が記した「父について」の十頁余も、綿密でありながら淡々とした筆致で、気品にあふれる。
[ひとこと] 1962年の第一美術展出展作品に「73歳の鏡に映った自像」がある。 前年の暮れ、琢自夫妻からプレゼントされた少し大きめの赤いセーターに、真っ黒なベレー帽をかぶり、鏡の前で描いたと説明される。 ところで、自画像で右手を描こうとすると、絵筆を置いて、描く位置に右手を合わせてそれを記憶。 すぐ右手に絵筆を取って描かなければならない、だから自画像は難かしいと港人は話していたそうである。 別に、その場で確かめなくても、自分の手くらい描けそうに思うのだが、この辺が本来の画家と素人の違いだろう。
17.風の生涯 上下 辻井喬 新潮社 2000年
[紹介] 明治32年、御前崎に近い佐倉村旧家の三男に生まれ、幼い時代のしばらくを里子として過ごし、長じて一高から東大法科に進むが、卒業後も定職には就かず、翻訳などで生計を維持する主人公の矢野重也。 周辺には吉田茂、志賀義雄、永野重雄、今里広記など、有名人が続々と実名のまま登場してくるが、肝心の主人公がなかなか特定しにくい。 やがて共産党の密使として中国に赴き、帰国して投獄生活を味わい、脱党して独自の社会主義活動を目指すあたりから、ようやく本人像が見え始める。 戦後、国策パルプさらには文化放送、産経新聞と幅広い分野で経済界の重鎮として活躍するくだりに至れば、もはや疑う余地はない。 矢野重也は水野成夫の仮名である。
[ひとこと] 学歴をたどれば、はじめから大物官僚か業界を背負う経済人かという進路を想像させるが、主人公は俗っぽい出世欲とは凡そ関係の無い人生道をひた走る。 世のしきたりなどに頓着せず、自己の信念にそった行路をみずから開拓し、是々非々を力ずくでも押し通す芯の強さを持つ。 食堂で働く不遇の女性を略奪同然に連れ出して結婚し、花柳界で親しんだ女性をもう一人の妻として労組幹部に公言することさえ憚らない。 昭和の時代にもこのような痛快男児が活躍した事実を改めて知らされる。
著者はいうまでもなく堤家の御曹司である清二。 経営の達人でありながら慾に溺れることなく文学に親しむ姿勢は、一脈、矢野重也に通じるところがありそうだ。
18.イエスとはなにか 笠原芳光・佐藤研編 春秋社 2005年
[紹介] イエスに単なる歴史的分析を施すのではなく、背後に神学的解答を準備するのでもなく、客観的歴史性や主観的信仰性の次元を超えて出るイエスとは、そもそも何であったのか、またその問いを発する者にとっては何でありうるのか、という本源的な問いに取り組む書である。 七人の識者が聖書学、思想、文学、芸術、それぞれの角度から鼎談の形で論議を重ね、総合的、横断的にイエス像に迫る。 原始キリスト教会の謳う救世主キリストから解き放たれたイエスこそ、私達と同じ立場になれるイエスであろう。 そこから「イエスは私である」との捉え方ができるなら、私達が本当に願っている本来の自己を見出す可能性も開けるのではないか、という認識が本書の収束として読み取れそうである。
[ひとこと] 1950年、椎名麟三が洗礼を受けるに先立ち、相談を持ちかけられた埴谷雄高の言葉、「君が宗教性を持つことはいいが、教団に入ってはいけない。 君自身イエスと同じ立場がいいんではないか」 1960年代後半に没した教団牧師赤岩栄の最期の言葉、「イエスはキリストでないとしたら、なんというべきか。 零とか空とか言ってきたが、『イエスは私である』ということを、みんなで考えてほしい」 以上は共に本書の中で紹介されている先人達の言葉だが、こんな発言が数十年前からすでに出ていたことは興味深い。
19.日本領サイパン島の一万日 野村進 岩波書店 2005年
[紹介] 300年余りのスペイン統治からドイツ領になり、さらにベルサイユ条約で日本の委任統治下に置かれた南洋群島。 マリアナ諸島のサイパン島は、その一隅にある。 ここにはサトウキビの栽培を主目的に、大正末期から日本人移民が続々と入植し、二万人を超える規模に達していた。 市街地ガラパンには南洋庁サイパン支庁舎が開かれ、ガラパン銀座と呼ばれる繁華街も誕生した。
しかし日米間の緊張が高まると、この島は両国の戦略が激突する宿命の地に変わる。 圧倒的な戦力をもつ米軍の進攻で、人々は安全の場所を求めて島の北部に移動するが、その果てにはバンザイクリフの悲劇が待ち受ける。 とはいえ、最終的に米軍キャンプに収容された日本人の数は一万人を超えたとのことである。 何が生と死を一瞬の間に分けたのか、複数の家族の行動が時々刻々と描写される中で、極限状態に置かれた人の心の機微が語られる。
[ひとこと] 2005年11月19日、NHK教育テレビでの一時間半にわたるサイパン特別番組が、この本と出会うきっかけになった。
番組では画像を追いながら、野村進と重松清の対談が重ねられていた。 「サイパンに移住した人達は、そこに本来の日本を再現しようとした、いわば日本のミクロコスモスを描いたように思います」という、野村の言葉が印象的だった。 悲惨な歴史に覆われながら、しかしサイパンの風土を愛し、サイパンを故郷として親しんだ多くの人達がいた様子は、微かな救いとして受け止められた。
20.「近代日本文学」の誕生 坪内祐三 PHP新書 2006年
[紹介] 明治32年から39年にいたる8年を通じて、文壇に登場した著名な作家と作品の数々。 個々の内容にはふれることなく、作品が生まれた時代の背景や、文学的意義について丁寧に言及する。
88話はすべて4頁でまとめられ、至るところに興味深いエピソードが散りばめられている構成は、親しみやすく読みやすい。 日本文学史上、不毛と評されがちなこの時代が、実は自然主義文学開花の道筋と、いかに深く関わっているかを著者は自ら再認識し、読者にも共感を促している。
[ひとこと] 尾崎紅葉の金色夜叉、島崎藤村の破戒、夏目漱石の草枕、徳富蘆花のおもひでの記、田山花袋の露骨なる描写、石川啄木のあこがれ、与謝野鉄幹が主宰した明星。 不毛といわれるにしては、著名作品がひしめく印象のこの時代、日清・日露の戦役に国家は揺れ動き、多様な価値観も芽生えた時代だったことが偲ばれる。 むしろ、このような時代であればこそ、自由な発想が生まれ、固定観念にとらわれない新時代へのいしずえを築くエネルギーが蓄積された、と理解すべきなのかも知れない。
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