この度、フットサルのホームページを制作する事になりました。
まだ、工事中の箇所もございますが、順次完成させて行きたいと思っております。
意味不明な箇所、理解し難い箇所、間違っている箇所などがございましたら、メールにてご連絡下さい。
皆様からのアドバイスにより、より一層楽しめ、初心者にも理解の出来るホームページを制作していきたいと思っております。
以後、宜しくお願い申し上げます。
フットサルとは5人制のサッカーの事です。
小人数で行うフットサルは、世界各国で「フットサル」「カルチェット」「カルチョ」「チンクエ」「ファイブ・ア・サイド」「インドア・サッカー」「サロン・フットボール」・・・・・、と様々な名前で呼ばれてきて、日本では「ミニサッカー」が通称でした。
11人制のサッカーとは異なり、小人数で行う為、1人のプレイヤーがボールに触れる機会が多いので、短時間でサッカーの楽しさを体感できて、コートもサッカーより狭い空間でプレイ出来る為、比較的気軽に行えるスポーツです。
フットボール・デ・サロン(室内で行うサッカー)の名称が何時の間にか短く呼び名を変えて、「フットサロ」「フットサル」と変化して、気が付くと全世界で定着していたのです。サッカーを表す「futbol(スペイン語)」「futebol(ポルトガル語)」と室内を表す「sala(スペイン語)」「salao(ポルトガル語)」を合わせた言葉です。1987年にF.I.F.A.(国際サッカー連盟)の指導のもとで世界統一ルールを規定。1989年から世界選手権が行われ、1994年にF.I.F.A.は国際公式競技規則の整備と各地にあった呼称の異なるフットサル団体の、各国協会への再編を実行しました。日本ミニサッカー連盟も、1995年度から日本フットサル連盟に改称し、日本でもフットサルの活動が拡大化してきて、「全日本フットサル選手権」や「全日本少年フットサル大会」が開催されています。
スポーツをやりたくても、なかなかやり難い要因があるが、フットサルならばそれも解消できる。試合や大会に出場しようと思ったら、人数を集めて、練習をして、用具を揃えなくてはならないが、仲間・友達同士で集まってする場合には、広い場所や本格的な競技場ではなくても、空き地や公園や体育館の中で、小人数で遊ぶ事の出来るサッカーがフットサルです。
また、公式試合ではなく、仲間同士の練習試合であれば、両チームの合意のもとでその場限りのルールを決めて、楽しむ事も出来ます。
11人制サッカーの第1回ワールドカップがウルグアイで開かれたのが1930年、それ以来もっとも盛んなスポーツとしてサッカーの競技人口は世界的に増え続けてきました。競技人口が増えればやる場所が不足してきます。そこで工夫されて生まれたのが「サロンフットボール」です。1930年、ウルグアイ・モンテビデオのYMCAのメンバーである、ジョアン・カルロス・セリアーニがルール化し、ユース大会で5人制サッカーを考案しました。サロンフットボールは手軽な屋内競技として、まもなく南米全体へと広がっていき、1965年から南米選手権が開催され、またスペイン、イタリア、チェコ、オランダなとヨーロッパでも盛んに行われるようになり、1961年に世界サロンフットボール連盟(FIFUSA)が設立されました。
1980年代の初期の頃まで、サロンフットボールを含めた世界のフットサルには様々なものがありました。南米では「サロンフットボール」、欧州では「インドアサッカー」と主に呼ばれ、世界各地で独自のルールと様々な名称で発展してきました。大きな違いはサロンフットボールは弾まないボールを使います。対するインドアサッカーは普通のサッカーボールを使い壁面の跳ね返りも利用できます。
ヨーロッパサッカー連盟(UEFA)は、オランダのザール(ZAAL部屋)・フットボールのルールと元に「インドアサッカー」のルールの統一化を図りました。そして、オランダ、ベルギー、スペイン、イタリアが加わっての4ヶ国大会が開かれました。一方「サロンフットボール」のFIFUSAはブラジル選手権、南米選手権と発展してきた大会を拡大して、第1回サロンフットボール世界選手権大会を1982年に開催しました。ブラジルのサンパウロで開催されたFIFUSA主催のこの大会には10ヶ国の代表チームが参加、続いて行われた第2回スペイン大会(1985年)には16ヶ国が参加しました。以降、1988年オーストラリア、1991年イタリアと3年毎に開催されてきました。
一方、国際サッカー連盟(FIFA)が1988年に独自のルールを作りました。これが「ファイブ・ア・サイド・フットボール」です。FIFAはファイブ・ア・サイド・フットボールの世界大会を1989年にオランダで、16ヶ国を招待して開催しました。1992年には香港で予選を勝ち抜いた24ヶ国が参加した第2回大会を開催しました。日本は1989年の第1回大会にアジアから唯一参加しました。
FIFAとFIFUSAの2極路線ほぼ統一されたのが、1992年の香港大会です。この大会後、ルールの問題点を改正した上で、1994年にFIFAが「FUTSAL」と競技名称を改めて、改正ルールを発行しました。日本もこの決定を受けて、今後「フットサル」をミニサッカーの正式名称としていく事になりました。