CD情報
CD『珊瑚礁の風 奄美島唄とパイプオルガンの調べ』
CD『珊瑚礁の風 奄美島唄とパイプオルガンの調べ』
島唄/坪山豊・他 パイプオルガン/酒井多賀志
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島唄/坪山豊・他 パイプオルガン/酒井多賀志
「綾蝶節」「やちゃ坊節」「稲摺り節」「ヨイスラ節」 「塩道長浜節」「嘉徳なべ加那節」など13曲を収録
2006年 3000円 セントラル楽器、あまみ庵にて発売中。
問合せ:042−637−1345(酒井多賀志公演会) tsakai@t-junshin.ac.jp
酒井多賀志:
日本のパイプオルガン奏者のパイオニア的存在。
東京純心女子大学教授。秋田聖霊女子短期大学非常勤講師、 カトリック吉祥寺教会オルガニスト
CD評 2006.11.22 南海日日新聞
「祈り」を通奏低音に奄美と西洋が融合
パイプオルガンの名手酒井多賀志さんは、 1991年より奄美島唄の坪山豊さんとコラ ボレーションを開始、92年東京での初コン サート以来共演を続け、98年以降は毎年、 デジタルコンピュータオルガンをワゴン車に 積んで、船で奄美の島々をめぐるツアーを行 ってきた。2002年には「奄美島唄とパイプ オルガンの出会い十周年」記念コンサー ト を東京・武蔵野市民文化会館で開催。今年、 そのライブ録音を含む本CDが完成した。こ のCDは、島唄とパイプオルガンという異色 のコラボレーション作品であり、確実に奄美 島唄の歴史に残る一枚になるだろう。
CD『珊瑚礁の風 奄美島唄とパイプオルガンの調べ』
持田明美
1999年秋の夜、沖永良部島で酒井多賀志 さんのパイプオルガンを聴いた時、天上から 降り注ぐパイプオルガンの分厚い音に圧倒さ れた。振動する空気に揉まれ、翻弄される。 もしかしたらこれを宗教的悦楽と呼ぶのかも? 中世から教会音楽を奏でてきたパイプオルガ ンは、もともと超越的な存在「神」を感じさせ るための楽器といってもいい。一方、島唄は 暮らしのなかで育まれた三つの絃と人の声に よる、風や木々のざわめきといった自然に限 りなく近いもの。草木虫魚に「カミ(霊)」が 宿るとするアニミズム的な世界に属する。西洋 と東洋、和声と単声、歴史も表現方法も対極に あるようなふたつの音楽がどのように融合する のか?
「島唄を包むオルガンの響きが、緑深い山々や海 の波のようで、結構いい感じだと思いました」。 はじめて坪山さんの島唄と共演したときの印象 を酒井さんはこう記す。島唄には人々の祈りや 願いがこめられ、霊的な力を秘める。そのミク ロコスモスを包むオルガンの響きは、ご自身 が言うように森羅万象めぐる季節と太陽や月 の運行、宇宙の律動(マクロコスモス)を聴 く者にイメージさせる。
2002年のコンサートを拝見して驚いたのが、 音圧も音量も圧倒的なパイプオルガンがごく 自然に、坪山さんの唄の背景に溶け込んでい ることだった。島唄の後ろに緻密な幾何学模 様が描かれていくよう。重厚な音の振動に身 をまかせると、宇宙的な律動に身体が同調し、 異界へ攫われてしまうようなちょっぴり怖い 感覚も覚えた。
酒井さんはどのようにオルガンを島唄に合 わせているのか。「17〜18世紀に盛んだった 通奏低音の技法と、多声音楽の作曲法(対位 法)です。島唄のメロディに対して、それと 調和するバスの旋律を創作して重ね、その間 をハーモニーで整え、さらにオブリガートの 旋律を一声加えると、極めて自然なサウンド が生まれます」(解説より)。島唄の旋律をた だなぞったり、ハーモニーをつけたりするの ではなく、まったく別の旋律をからませると いうユニークな発想だ。イメージを固定化し ないよう和声のつけ方にも絶えず気を使って いるのが、演奏からも伝わってくる。とくに ライブ録音の「綾蝶節」「いきょうれ節」は、 臨場感があってスリリング。「神」と「カミ (霊)」。宇宙観を形づくる核はちがっても、 島唄とヨーロッパの教会音楽に「祈り」とい う通奏低音が流れていることを気付かされた。 島唄ファンも島唄になじみのない人にも、ぜひ お薦めしたい。
<奄美島唄との歩み> 酒井 多賀志
オルガンと島唄とのアンサンブルを思い立ったのは、1991年でした。私の妻が1983年より奄美島唄を研究し始めたのに伴い、私も1984年の夏から家族共々(要するに私は子守り)徳之島や奄美大島に行くようになりました。
奄美の島唄を聴く機会も多く、次第にその世界を身近に感じてきた1990年代に入ったある日、ひょっとして島唄とオルガンとのアンサンブルが可能ではないか、と思い立ちました。
もしアンサンブルをやるとしたら誰が適当かと言う話になり、島の伝統を受け継ぐ唄者として、坪山豊さんと組むことにしました。
彼の「地の底から湧き出る声」と称される力強く幻想的な歌い方、しなやかな躍動感、洗練された音楽の流れ、島唄の創作活動等に、私は強い共感を覚えていました。
最初にあわせた曲は、喜界島の悲劇を歌った「塩道長浜節」でした。
オルガンと合わしたその時の印象は、今でもはっきり憶えています。
島唄を包むオルガンの響きが、緑深い山々や海の波のようで、結構いい感じだと思いました。
次にあわせた曲は、坪山さん作曲の「綾蝶節」でした。島を離れて旅立って行く若者を蝶に譬え、いつかは帰ってこいよと願う親心を軽快なリズムで歌った曲で、彼の代表作の一つです。後半16分音符で、蝶の羽ばたきを表現しましたが、我ながらうまく決まったと思える出来です。
次に合わせた曲は「いきょうれ節」でした、死者の弔いの歌であるこの曲は、オルガンとあわせると、完全にレクイエムの感じになり、コンサートでは最も評判の高い曲となりました。
次にいままで誰もあわせた事の無い、究極の島唄である「嘉徳なべ加那節」に挑戦しました。
この曲は非常にスケールの大きなメロディラインを持ち、しかも躍動感もあり、旋律の動きが複雑で、いままでの3倍くらいアレンジに時間がかかりました。
その評判は、複雑なアンサンブルが面白いという人と、やりすぎだという意見に分かれています。
既に存在している島唄のメロディに対して、オルガンでアンサンブルする時、とても有効なのは、ヨーロッパに於いて17〜18世紀に盛んだった通奏低音の技法と、多声音楽の作曲法(対位法)です。
島唄のメロディに対して、それと調和するバスの旋律を創作して重ね、その間をハーモニーで整え、更にオブリガートの旋律を一声加えると、極めて自然なサウンドが生まれます。
1992年10月25日 武蔵野市民文化会館において、=吹ちゅりよ 南ぬ風=(吹き送れ 南風よ)のコンサートが実現しました。
その翌年1993年7月2日には府中の森芸術劇場で、1995年9月10日には奄美文化センターで里帰りコンサートが行われました。
1998年以来私自身の運転で、軽ワゴンに新型のデジタル・コンピューターオルガンを積み、フェリーで奄美へ渡り、毎年坪山さんとコンサートを行っています。
2002年には奄美島唄とパイプオルガンの出会い10周年記念コンサートが、初演と同じ武蔵野市民文化会館でおこなわれました。坪山さんとは今後もアンサンブルを重ね、レパートリーを増やして行くつもりです。
<曲目解説> 酒井 正子
「綾蝶節」美しい蝶をいとしい人にたとえ、島を出た娘や息子たちに、「待っているから戻ってきて」とうたいかける。夢や憧憬がにじみ出る、新作島唄の傑作。オルガンの速い動きは、蝶の羽ばたきを表す。
「やちゃ坊節」やちゃ坊は奄美の伝説的な人物、悪さもするが義賊的な行為も伝えられている。オルガンのオブリガートのワイルドな音色と動きは、野性的な雰囲気をつくりだしている。
「稲摺り節」豊作の収穫を祝った唄。オルガンは一節ずつ変奏し、祝いの気分を盛り上げる。
「アダンの画譜」中央画壇から遠ざかり、奄美に移り住み、そこで没した反骨の天才日本画家田中一村を唄った曲、オルガンの伴奏は、画家の不屈の魂と情熱を表現している。
「ヨイスラ節」姉妹の霊が兄弟の航海を守護する、ウナリ神信仰の唄として有名。裏声と旋律の美しさは傑出している。オルガンの動きは、潮の流れを表現している。
「塩道長浜節」喜界島の浜を、男が馬に引きずり回される惨劇があったという。そんな伝承をうたった美しくも哀しい曲。オルガンのうねるようなバスの動きは、浜に打ち寄せる波を表す。
「嘉徳なべ加那節」息長いフレーズ、堂々たる風格の曲。嘉徳集落の神高い女を唄ったとされる。オルガンの透き通るような高い音色のオブリガートは、その気高さを表している。
「渡しゃ」奄美大島と喜界島を結ぶ、渡し船を漕ぐ人たちによって唄われていたという軽快な曲。オルガンは波の力強い手ごたえと、はやる気分を盛り上げる。
「後悔(クークェ)」年老いた母を一人残し、シマ(故郷)を離れて幾十年。寂しく逝った母を想い、悲哀をこめて捧げる唄。オルガンの半音階のうねるような動きは、心の痛みを表現している。
「綾蝶節」ライブならではの生々しさと緊迫感が、新鮮な躍動感を生み出している。
「いきょうれ節」野辺送りの葬送の唄とされ、哀しみの裏声はやがて号泣に。オルガンの参加は、人間の生き死にを超えた、宇宙的なスケールの表現にたどりつく。
「ワイド節」ヤッタ!という勝ちどきの声と乱舞。徳之島の闘牛をうたい、広く知られる名曲。オルガンの重厚で激しい動きは、牛の重量感と躍動を表現している。
F.メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」より結婚行進曲 奄美での公演においてオルガン独奏の中で最も好評だった曲。公演は常に夏に行われ、「真夏の夜の夢」でもあった。
<演奏者紹介>
坪山 豊
奄美大島在住の、島唄界を代表するウタシャ(名人)。
1930年、唄の盛んな宇検村生勝にうまれ、生活の中で自らの唄を育む。1972年、42歳で彗星のごとくデビュー。船大工を職とするかたわら、舞台に、レコーディングに、また新シマウタの作曲に活躍。「地の底から湧き出る声」と称されるその唄は、しなやかなリズム感に裏付けられたモダンな感覚と、島の精気と潮の香りに満ちた土臭さをあわせもつ。
裏声の哀愁、ダイナミックな音の変化、練り上げられた旋律、「唄掛け」に根ざした即興性と躍動、鋭く繊細な表情など、奄美島唄の魅力をあますところなく伝える。またチャレンジ精神旺盛で、新シマウタの名曲を数多く生み出し、他ジャンルとの出会いにも意欲的。日本各地のみならず海外でも活躍。1983年九州交響楽団と共演、1986年アメリカ、2000年ヨーロッパ公演をおこなう。 南海文化賞、伝統文化ポーラ地域賞他受賞多数。後進の育成にも情熱を注いでいる。
酒井多賀志
日本におけるコンサートオルガニストのパイオニア。
1972年、東京芸術大学オルガン科大学院修了。在学中に、万国博オルガンコンクール最高位入賞。以後活発な演奏活動を続け、ドイツ、カナダなどでもリサイタルをひらく。
しかしヨーロッパの神の家である教会で発達したオルガン音楽に「何か足りないもの」を感じ、1981年より日本の風土に根ざした表現を求めて作曲を開始、自作自演を推し進める。その斬新かつ瞑想的な作品は好評を博する。代表作「流離(さすらい)」はCD化され、オックスフォード大学出版局より楽譜が出版された。1992年奄美島唄に魅せられ、第一人者坪山豊氏とのコラボレーションを開始。東京でコンサートを開いた後もデジタル・コンピュータオルガンを現地に運んで、奄美諸島のシマウタと共演を続けている。2000年より2005年にかけてオリジナル作品を含む「酒井多賀志パイプオルガンリサイタル」のCDを第一集から第6集までリリース。
現在、東京純心女子大学教授、秋田聖霊女子短大講師、カトリック吉祥寺教会オルガニスト、日本演奏連盟会員、日本オルガニスト協会会員。