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二上山は、奈良県當麻町に雄岳(517m)、大阪府太子町に雌岳(474m)と、奈良・大阪両府県境に対峙する連山で、万葉の御代飛鳥に都が あった頃から、都人に「ふたかみやま」と親しまれ万葉集にも詠われてきた由緒ある山である。登山口には白鳳時代創建の古刹当麻寺があり、 雄岳頂上近くには皇位継承争いに巻き込まれ自刃した大津皇子の墓がある。麓を東西に抜ける竹内街道(現国道166号)は、飛鳥と大阪難波 津を結んだ日本最古の国道であり、613年推古天皇によって整備され、遣隋使、遣唐使の往来で賑わったと謂われている。後世に至っては、西 国より当麻詣で長谷詣での道として庶民の往来の道であったようである。 さて、この由緒ある山に平成16年4月10日(土曜日)、JR青春キップ最終使用期限の日に登山の機会を得た。JR新快速で加古川を出発、大 阪で大和路快速乗車、関西本線王寺で和歌山線高田行に乗換え、香芝駅(旧下田駅)下車、歩くこと30分近鉄南大阪線二上山駅に出て、普 通電車で当麻駅を下車し目的の当麻寺に向かった。(本来なれば、JR天王寺で近鉄吉野線に乗車すれば済むことであったが、青春キップ有効 利用のための一計でもあった。) 掲載の写真は行程順路に従って掲載したものである。下記地形図はコース図です。参考にして下さい。 |

登山コースの入口になる当麻寺表門である。 門をくぐると広々とした境内、正面に二上山が見えます。

左手建物は、本堂「中将姫剃髪堂」です。 本堂(曼荼羅堂・まんだらどう)国宝(天平時代−藤原時代)です。

左手、当麻寺奥の院(牡丹で有名)、直進二上山です。 大津皇子の万葉集句が刻まれた碑が道中にあります。

下記に掲載する大伯皇女句碑の全文です。 上記に掲載する大津皇子句碑の全文です。

大伯皇女が、弟大津皇子を悼んで詠んだ句が刻まれています。 当麻山口神社です。

目の前に、二上山雄岳(517m)が迫ってきました。知らぬ間に高度を上げてきています。山道に入りますと、早速お地蔵さんのお出迎え。

登山コースにある祐泉寺です。 祐泉寺の門を潜るようにして、二上山に登って行きます。

たちまち深山幽谷の感じになってきました。

昔からの山道そのままです。 一寸見えにくいかな。谷川が消え湧水の「お助け水」です。

やっと馬の背に辿り着きました。先ず雄岳に向かいます。 雄岳に登る道中で、雌岳を眺望しました。桜は満開です。

| ここが雄岳(517m)頂上です。正面建物は二上山神社です。右写真、頂上近くにある大津皇子の墓です。草壁皇子に謀反の疑いを かけられ、ここで自刃いたしました。 |

雄岳より同じ道を下り、再び馬の背にやってきました。 次は雌岳に登ります。

ここが雌岳(474m)の頂上、桜が満開、いや2〜3日遅かったかなの感じでした。

雌岳頂上にある万葉集句碑ですが作者不詳です。 雌岳より、雄岳頂上を振り返っています。

雌岳を覆う桜並木です。大阪側斜面に咲いております。 鹿谷寺跡への道を下ります。

正面に、つつじで有名な大和葛城山が見えます。 大分下ってきました。正面中ほどは鹿谷寺跡展望台です。

鹿谷寺跡へ下ってきました。 十三重の塔です。

| 鹿谷寺(ろくたんじ)跡の説明です。ろくわたりの道を通って、太子温泉に出ました。但しこの道は上の案内図で大人が立っている所が キーポイント、この場所で必ず左手前へ鋭角に道を下ること。鉄塔線路に従って直進すると、急登の登り下りと深い谷間の蛇の巣にま ぎれ込むから子供連れの時は絶対注意して下さい。標識がありませんので気をつけてください。 |

ろくわたりの意味を説明しています。
| 太子温泉は、いいお湯でした。15時40分に到着、16時20分まで入浴着替えして、当温泉送迎バス(無料)最終便16時40分発に乗車、 近鉄上の太子駅まで送ってもらい、古市、道明寺、JR柏原駅と乗り継ぎ、同久宝寺駅で大和路快速乗車、時間待ちは殆どなくとんとん 拍子で加古川まで帰ってきました。青春キップを有効に使えた有意義な1日でした。 |