武蔵ゆかりの地で大名行列
宮本武蔵の生誕地は諸説ありますが、現代では兵庫県高砂市米田町が有力となっています。武蔵生誕わずかにして生母が他界、父平田無
二斎は兵庫・佐用平福の利神城主、別所林治の娘・よし子を後妻に迎え、武蔵はこの義母に育てられる。しかし、父無二斎も武蔵7歳のとき死去、
義母よし子は武蔵を高砂に残し、郷里平福に帰り田住政久の後妻となるが、孤独の少年武蔵は義母を慕って佐用平福に移り住むことになる。義
母よし子は、武蔵を正蓮庵の叔父道林坊に預け武芸学問を学ばせたのが武蔵の人生の始まりとなり、兵庫・佐用町が武蔵ゆかりの地となっ所以
である。武蔵はこの地で13歳の時、新当流の達人・有馬喜兵衛を初勝負で倒し一躍有名になり武士の道を歩むことになる。現在地は、中国縦貫
道の兵庫・岡山県境に位置し、兵庫県佐用郡佐用町平福の地である。画像をクリックして大画像でご覧ください。
2003年4月6日(日) 撮影
智頭急行平福駅前です。 |
大名行列揃い踏みです。 |
出陣式記念写真。 |
鳥取藩主も参勤交代で通った因幡街道です。 |
昔からの町屋の建物です。 |
武家屋敷です。 |
南北朝期の豪族赤松一族築城の利神城跡です。 |
大名行列の先導役です。 |
先頭の奴さん。 |
荷物を担う奴さん。 |
侍衆がやってきました。 |
警護の重臣か? |
小姓を従え藩主登場です。 |
良くきまっています。凛々しい小姓です。 |
奥方様のご登場。 |
大奥さまご登場。 |
筆頭家老職。 |
後陣警護の役人。 |
往年の武蔵と、少年期の武蔵。又は、父平田無二斎?と武蔵か。 |
少年期に武蔵が育った庵。 |
武蔵が育った正蓮庵の説明です。 |
少年武蔵が寝起きした建家です。 |