陰陽五行

 


6.洛書九星

 

河図、洛書の起源の一つとして周易繋辞傳に「河、圖(図)を出(いだ)し、洛、書を出し、聖人之に則る」
と記載されているところに求めることができます。これは伏羲(庖犧)氏の時代に黄河から出現した龍馬の背に
あった一から十までの紋を写したものが河図であり、禹王(夏王朝の初代:約4500年前頃?)が黄河の治水
に成功し、人民の窮状を救った時に洛水(黄河の支流)から神亀が出現し、この背に描かれていた一から九まで
の紋を図にしたのが洛書であるということです。

 

もとより龍馬、神亀は伝説ですが(本当にあると面白いですね)、この河図や洛書も本来はどういうものであ
るか分かっていません。宋代初期になってある人物が古来より伝わる図に「河図」「洛書」の名をつけたのが始ま
りであり、その後学者により信奉、補強されたというのが実態のようです(洛書は「九宮」あるいは「九疇」であ
るとされた)。

 

では、河図洛書の出典があやしいということで、これを捨てて顧みないかといえばそうではありません。よく
眺めて見ればいわゆる河図も洛書も陰陽説の基本を表しているからです。河図については最初に述べましたので、
ここでは洛書について考えてみましょう。

 

洛書は下図のように描かれています。左の図が神亀の背に描かれていた文様を読み取った(?)ものであり、右
の九宮(九疇)図はそれを数字で表したものですが、どうしてこのような配置となっているのでしょうか。

(方位は図の上が南、下が北となります。)

           

 

一般的な説明は次のようになされています。

 

前提条件1:陽は太陽の動きに従う。即ち東→南→西の方向へ動く。陰は逆に動く。

前提条件2:陽は東西南北の正位に配し、陰は四隅(東北、東南、西南、西北)に配す。

前提条件3:陽の数として1~5までの生数のうち3、陰の数として2を基本とする。

前提条件4:北方は1である。これは最初に北方に水が生じたという考え方に基づく。河図も同じ。

 

【陽の配置】

1に3を掛け、結果の3を東方に配す。次に3に3を掛け9を南に配す。次に9に3を掛け27の盈数である2
を除いて7を西に配す。次に7に3を掛け21の盈数を払って1となり元の北方正位に返る。

 

【陰の配置】

陰の数は隅に配すが、陽の極である9の隣の西南に2を配し、この2に2を掛け4を東南に配す。次に4に2を
掛け8を東北に配す。次に8に2を掛け16の盈数を払って6を西北に配す。次に6に2を掛け12の盈数を払っ
て2を西南に配せば元に返る。

 

以上が一般的な洛書九宮の説明ですが・・・。

 

みなさんはこれで納得できるでしょうか?

上の説明は、九宮の原理がわからない人が適当に考え出した説明にすぎません。牽強付会といってもいいと思い
ます。理由は次の根拠が説明されていないからです。

1.北方に「1」を配す理由

2.西南に「2」を配す理由 −−河図では1の正対である南に2を配しているがこの違いの理由は何か

3.陽は3、陰は2をそれぞれの基数の1と2に掛けるのか。掛けつづけるのか。

4.盈数を払う理由。

 

こういう説明を続ける限り、九宮図などはいいかげんなものだという認識が改められることはないと思います。

ましてこの九宮をもとに成り立っている九星・気学にとっては存在の根拠すら危ういものとなります。11世紀初
頭から易の象数を河図洛書によって解明しようという動きも出てきましたが、洛書そのものの根拠を合理的に説明
されたものがないところを見るとおそらく分からなかったのでしょう。現代でも同じような説明を時々見ます。洛
書の原理が分かれば九宮の定位や陽遁陰遁の意味などが明確になるのですが。

 

洛書の説明は少なくても上の4つの疑問に対して矛盾無く説明できなければなりません。または矛盾のない別の
説明が用意されなければなりません。

弊館では洛書の原理は解明済みですが、特に九星・気学の方にもう少し頑張っていただいて、是非解明していた
だきたいと思います。もしこれが分かればきっと驚きをもって従来の見直しがされるでしょう。

従って当面は「ないしょ」ですがヒントを書いておきます。洛書九宮は太極図と同じ原理で成り立っています。

 

 


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