四柱推命(命理学)

*四柱推命の歴史

*四柱推命の参考書

*四柱推命の対象と範囲

*四柱推命に対する考え方

*同じ生年月日時の命について

*推命の心構え

*四柱推命の構成

*神殺について

*格局について

*秘伝とは

出生時刻不明の命について

変通星について

科挙

干支の過不足

四柱推命と霊感

*方位と応期

*十二運

*祟り?

*相性

*命と六親

刑冲破害

寒暖

*命と六親(二)

*相性(二)

*性格診断

*性格診断(二)

*滴天髄

*天地

 

◆四柱推命の歴史

 

 四柱推命は中国においては、三命、算命、命理、子平等といわれ、後漢あたりから研究はされていたようですが

当初は学問としての体裁は整ってはいませんでした。時代を下るにつれ多くの研究者が現れるとともに次第に発展

し、現代に至っています。

四柱推命においては次の人々が有名です。

(※四柱推命は本来は命理、子平というべきでしょうが、ここでは日本において従来より用いられた呼称を使用します)

 

李虚中 唐代9世紀の人。殿中侍御史。命書三巻を著したといわれる。有能な政治家でありながら推命におい
      ても命理学開山の祖師として後に尊ばれる。

徐子平 宋代10世紀の人。名を居易といい珞琭子ともいう。徐子珞琭子賦注二巻等を著す。

    従来の生年月日の三柱による推命から時間を加え四柱による推命の形とした。

徐子昇 宋代の人。徐子平の学問を発展させ「淵海子平」を著す。

李欽夫 元代の人。「子平三命淵源注」を著す。

劉基  明初期の人。「滴天髄」を著す。

沈孝瞻 明代の人。「子平真詮」を著す。

万育吾 明代の人。「三命通会」を著したと言われる。

張神峰 明代の人。「神峰通考命理真宗」を著す。

陳素庵 清代の人。「子平約言」「滴天髄輯要」等を著す。

任鉄樵 清代の人。「訂正滴天髄征義」等を著す。

徐楽吾 清末から現代。「子平粋言」「窮通宝鑑評注」等多数。

袁樹珊 清末から現代。「滴天髄闡微」「命理探源」等多数。

 

日本に伝わったのは徳川時代の18世紀初頭と言われており、広く紹介されたのは19世紀になってからといわ
れておりますがよくわかりません。明治以降盛んに研究されだしたようです。

 

桜田虎門 医師。四柱推命を世に公開したと一般に言われていますが研究者ではないようです。

 

わが国における明治以降の主な研究家・推命家を記しておきます。

伊藤耕月、高木乗、松本義亮、石橋菊子、阿部泰山等の諸氏。

 

◆四柱推命の参考書

 

 学習の段階により、入門書から専門書まで多数出版されておりますが、命式の出し方、十干十二支の意味
と相生相剋の関係等基本を学ばれた後、ある程度専門的に学ぶためには、先に掲げた書物のなかでも特に次
の書物は読まれた方がよろしいかと思います(内容の取捨選択は必要ですが)。

「滴天髄闡微」「淵海子平」「子平真詮」

また、必要に応じて参考とするものとしては「窮通宝鑑評注」「造化元鑰」等があります。

 

◆四柱推命の対象と範囲

 

四柱推命は人がこの世の誕生した年月日時をもとに、その人の性格、能力、祖先・両親との関係、兄弟
姉妹・配偶者・子孫との関係、容姿、適職、健康(病気)、財運、社会的地位の軽重等個人に関すること
対象としています。国家、社会に関することは基本的に対象外です。ただ、首相なり社長の命運によりお
およその推定はできますが、現代のある国家元首のように数ヶ月から1,2年程度の短期間では全くわか
りません。また、上記のなかでも容姿については特徴はわかるものの似顔絵が描けるわけではないので重要
視する必要はありません。

推命の特徴の一つとして、例えば病気の治癒について時期がわかるということがあげられます。これは例
えば次のように使うことができます。世の中には所謂超能力や法力をつかった病気治しを看板に掲げ、多額
の寄付金を詐取する事件が後を絶ちませんが、推命によれば法力が備わる素質がある人かそうでないか、又
それ以前にその人は何を目的で生きているか(人を騙す人かそうでないか)ということがわかりますので慎
重に対処することができます。

また、仮に病気が治ったとしたらそれは法力によるものか、たまたまその治癒する時期にあたっていたの
か判別することができますので教祖的人物を無批判に受け入れるということがなくなります。

上の一例の通り、推命は病気一つをとってもその応用範囲は広くしかも信頼性に足るもの、ということが
できます。

 

◆四柱推命に対する考え方

 

四柱推命は、上に述べましたように基本的に個人に関することと個人と直接に係る事柄について対象と
しています。推命ではもって生まれた宿命を判断します。宿命とは個人が成長するに従い自由意志をもっ
て自分で判断していく生涯を言います。即ち、人生のすべてについて自己決定しながら自由に生きたと思
う生涯は宿命の範囲を出ません。生れ落ちてから墓場までの道程を示しているとも言えるかと思います。

 

目的地まで平坦なのか、デコボコなのか、障害物は何キロ先にあるのか、或いは平坦に見えて落とし穴
があるのか、という具合です。その道を歩いている(走っている)人は目の届く範囲でしか分かりません
が、推命はそれ以上先まで示してくれます。ですからその推命の示すアドバイスを受け入れれば未然防止
も可能でしょうし、例え災いに遭遇しても事前に心の準備ができ最小規模に済ませることができます(ど
の程度が最小限かは当然ながら個人の命式により異なります)。

 

 以上を簡単にまとめますと、人は生まれながら宿命を持ちますが、四柱推命はその生涯における交通標
識を示すようなもので、その忠告を受け入れれば宿命の持つ欠点を自分の意思と努力によって改善するこ
とも可能ですが、受け入れなければ宿命の指し示すとおりの生涯を送ってしまうということです。

 

四柱推命は、命式の解読力が深まるにつれて安易な判断を下すことの怖さがわかってきます。またこれ
までの経験から推命判断をソフト化することは不可能との思いから、当サイトではソフト化した運勢判断
は行っておりませんし今後もソフト化するつもりもありません。

 

◆同じ生年月日時の命について

 

四柱推命等人の運命・吉凶を扱ういわゆる占いに対して胡散臭いものと考えている人達が発する質問と
して一番多いのは次のようなことではないでしょうか(四柱推命は占いではありませんがとりあえずこの
ように表現しておきます)。

 

Q1:同じ生年月日時を持つ人は同じ生涯を送るのか。

 

これに対する答えは次のとおりです。

A1:同じ生年月日時であるということは、四柱推命からみたその人の素材が同じということを表してお

り、全く同一の環境で育ち生活をすれば驚くほど一致する生涯を送ることと考えられます。水素原子

は酸素と反応すれば水をつくり、火と反応すれば爆発するように素材と環境が同じならば同じ結果が

得られるように。

しかしながら、人間にとって同じ環境を持つ人は自分以外にはいないのです。仮に同時刻に生まれた

双子であっても一人は姉となり一人は妹となり育てられる環境は異なります.ここで既に異なる生涯

を生き始めているわけですから全く同じ生涯をおくる人は二人といないわけです。

 

ここで次の質問が出てきます。

Q2:それでは四柱推命など意味はないのではないか。

 

A2:そうではありません。四柱推命は先にも言いましたようにその人個人の素材、即ち本当の個性を示

すものです。夫たり妻たる人にはどういう対応する傾向があるのか、改善すべきところははどこか。

子供に対してはどうか。甘やかすのか或いは厳しすぎるのか、他人の忠告を聞く耳を持つか、全く

無視するか。独立して事業を展開していけるか、或いは才能あれどもサラリーマンとして生きるの

がよいか。権威・権力を望むのか、はたまた地位・権力など眼中になく蓄財に勤しむのか。外見は

大人しいが心の中もそのとおりか。体は丈夫か、どこか気をつけなければならないところはないか

等々、よりよく生きようとすればまず第一に本当の自分自身を知ることが必要です。仮に命式が他

人と同じであってもそのことは一人の個人にとっては問題ではありません。

四柱推命は個人の特性を知ることにより、弱点を補い強きに過ぎる点を抑制し調和のとれた生涯
を送れるように導いてくれるものなのです。ですから「自分が思うように生きたい」「他人や家族が
どう考えようと自分が良いと思ったようにやり、結果についても自分で責任をとる」と決め、誰にも
心配や迷惑をかけないで生きられる方には不要なものでしょうが、実際そのように生きられる人は少

なく、様々な困難、悩みにぶつかりながら生きていくのが大多数の人であることを思う時、四柱推命

はその生涯の道標を示すものとしては最有力のものと言うことが出来ます。

◆推命の心構え

 

四柱推命は、人間一人の真の個性を示すものであると同時にその人が生涯においてどういう環境を生き
ていくのかということを示すものです。一人の命式(四柱構成)を見て正確に判断するためには、易の部
で述べた内容と重複するところがありますが、次の点に留意することが大切です。

1.命式が正確であること

当たり前なことながら詳細に言えば難しいところがありますので別に述べます。

 

2.過去の事実によりその四柱中の十干十二支がどのように働くかということを正確に把握すること

命式中の各十干(十二支中の十干いわゆる蔵干も含めて)が、どのくらいの力を持ちどのように作用
するかは、過去の出来事と照合することでより明確になります。これにより命式をより正確に把握する
ことが出来ます。

 

3.相談を依頼されたときは、何についての相談か依頼者から詳細に話を聞くこと。

依頼者はどういう状況にあり、何に迷いどうしたいのかを詳しく聞くことが正確な判断をするうえで
は必要です。四柱推命では易と異なり命式をみるとどういう状況でどうしたいと考えているかはおおよ
そ分かるものですが、稀に相談者の生年月日が異なることもあり(特に高齢者となるほど多い)、命式の
正確性を確認する意味でも大切なことと思います。

 

4.病気の相談等の場合は、対応を間違えれば人命に係ることもあるので最も慎重に対処すべきこと

(以下は、易の部で述べたことを繰り返します)。

ここで注意すべきこと、それは私たちは医者ではない、ということです(医師の免許をお持ちの方で
医師として患者の治療にあたる場合は別ですが)。即ち治療行為に相当することをしてははいけません。

 

実際、病気は非常に難しく高度であり(人間が複雑に出来ており様々な要因が病気の原因になるので
当然といえば当然です)人命にも係ることですので軽々しく判断することは避けなければなりません。
例えばよかれと思って薬名を揚げて服用させるようなことは絶対にしてはいけません。

 

病気の場合は第一に医師にかかるよう勧めることが基本であり、対応の方法は個々に異なるためここ
では省かせていただきます。

 

命式をみる人は自分の立場をよく把握し、法を弁え、良きアドバイザーとして周囲から信頼されるよ
う心掛けることが大切です。

 

5.いわゆる神殺の類を揚げて誇大に吉凶禍福を説くことはしないこと。

四柱推命においては、先人が研究する過程で作り出した神殺と呼ばれるものが多数あり(詳細は、別
項で述べます)、よく聞かれるものとしては、天中殺(中の字は沖や冲の時もある)、太極貴人、天徳貴
人等の何とか貴人と呼ばれるもの、紅艶殺や流霞殺等の何とか殺と呼ばれるもの、学士、華蓋等その他
大勢の部類があります。これらは命式の判断を何とかパターン化したいために考えだされた干支の組み
合わせてあり、命式中の五行の生剋制化強弱衰旺を見極めることが基本であることから考えると一つの
方便でしかありません(ただ、この方便という表現のなかに多少の意味があります)。

 

これらの神殺の一つを採り上げ、時に呼称を読み替えてあたかも自分の発明であるかのごとく誇示し
て、吉凶を云々することは自己宣伝で一時的な金儲けのためには役に立つでしょうが、多くの人を惑わし
推命の信頼を貶めるだけでなく、心ある人たちから見れば、結局推命というものが分かっていないと公言
しているようなものなのです。即ち人前で恥を晒しているのとなんら変わらないということを自覚すれば
普通の常識人であれば上に述べたようなことはとてもできることではないと思うのです。

 

また、吉凶禍福は人にとって同じものもあれば異なるものもあります。100万円の儲けで有頂天に
なる人もいれば、はした金(表現が悪くてすみません)程度に感ずる人もいます。100万の損が痛く
も痒くもない人もいれば、人生を棒に振る人もあります。この一例をみてもわかるように吉凶というも
のは、人それぞれ違いますので安易に吉凶禍福を説くことは慎まなければなりません。

 

6.  人の心の仕組みや動き、世の中の仕組み等について豊富な知識を備えること。

人の心は常に揺れ動きとらえようがないように思いますが、四柱推命では心の動きの源と動き方を示して
くれます。これは普通欲望や欲求という形で外に現れるので周囲の人でも分かるものですが、人間には四柱
八字に現れない部分の心をもっているものです。つまり人間共通の心というものがあり(これは自分の心を
深く見つめることにより自分で認識できるようになります)、四柱八字というフィルタを通して様々な形態と
して表れるのが普通に言われるところの「心」というものになります。

 

(注)心理学等においては、個人の発するさまざまな現象から心を探るという手法ですが、推命は心の仕組み
   を示してくれますので観察することなく性格やその変化の有無や時期などが判断できます。

 

四柱推命は、性格の面でいうならばこの純粋な「心」に変化を与えるフィルタの仕組みを表しているもの
と言えます。日干と同じ干が四柱中に現れた場合、これを比肩と呼びますが比肩の暗示するところは、自主独
立、分離、孤独等であり性格的には自我心強く協調性がない、周囲と争論多く利己的である等あまり印象がよ
いものとは言えません。

 

なぜ比肩を持つとこのような傾向となるのか。これは、比肩があるから性格がこのようになるのではなく、
本来の心があるフィルタを通ると性格としてこのような傾向となる訳で、この場合のフィルタを比肩と呼ぶ
のです。

 

では比肩というフィルタはその人の本来純粋である心にどういう作用を及ぼすのでしょうか。

比肩は自分と他者、或いは他者と異なる自分というものを意識させる働きをします。ここで初めて自分、
自己といった意識が芽生えます。即ち自意識です。成長するに従い自意識が根付き明確になれば「自分」を
守ろうという「自己防衛」の心が発生します。自己防衛の心は他者からの干渉を嫌いますから、極力他人か
ら自分への介入を防ごうとしますし、時には他者を排斥しようとします。また自分に対する干渉を防ぐ方法
として自分の存在を強く主張する方法を採ります(他者と対立し異なって存在する自分という認識が根底に
ありますから)。そのため他者からみれば自我心強い・自己主張が強い、近づきにくい、わがまま、協調性
がないという風に感じられ、よい印象は持たないために場合によっては誹謗・中傷まで至るということにも
なるのです。

 

 以上、簡単に比肩の持つ一つの特性を例にとって説明しましたが、比肩、劫財等のいわゆる通変星が持つ
特徴の根源的機能を知り本来の心がどのような傾向をもつに至るか、その場合の知覚、認識、反応はどのよ
うになるのか、ということを知ることは非常に大切です。

 

推命の効用の面からも、例えば自分の持つ特性を客観的に認識できるようになりますので、悪い面は自分
で気が付き抑制することができるようになりますし、良い点は伸ばすことができます。

 

 人の心の在り方について学ぶとともに、また一方では社会的な常識、知識も必要です。依頼者の相談は具
体的な内容がほとんどですが、回答する側が理解できなかったり回答内容が曖昧で依頼者がますます混乱し
たり、また非常識なことを言ったりしては信頼が揺らぎます。このような事態にならぬよう常日頃から心掛
けておくことが大切です。

 

四柱推命の構成

 

四柱推命は、一人一人の命式をその人が生まれた年月日時をもって干支により表現します。即ち、

・年柱 = 年干支

・月柱 = 月干支

・日柱 = 日干支

・時柱 = 時干支

 で示されたわずか八字により人一人(の真の個性)を表します。

それぞれの柱はご存知のとおり十干十二支の組み合わせによる60種類で表されますが、年柱を根とし
月柱を幹とし、日柱を花とし時柱を果とします。また別の言い方をすれば先祖、親、我、子孫とし、その
み合わせや八字間の相互作用及び行運との関わりの織りなす綾が人生の態様を表します

 

十二支中には複数の干を含み(蔵干)、その各々の干が支中において分野を持ちますので出生時点において
どの干の分野に当たるかを見極めて選定し、これを四柱の支それぞれに行います。この蔵干の作用を無視して
は、方位の吉凶等命式を詳細に読み解くことは不可能です。方位判断は奇門遁甲によることを主張されている
書もありますが、四柱八字で可能です。ここの大切なポイントは、蔵干の中から選定した干だけが作用するの
ではないということです。出生時点において力を有している干を選んだというのみであり他の干も時を得れば
働きだすということを知らねばなりません。

 

   

神殺について

 

従来、推命において多くの神殺がつくられています。曰く、流霞殺、淫慾殺、桃花殺、咸池殺、天徳貴人、月
徳貴人、太極貴人、天乙貴人、天官貴人、福星貴人、学士、華蓋、暗禄、等等・・・。

これらの名称だけをみてもなにやら怪しい印象を受けませんが、これら神殺は四柱八字のなかの特定の組み合
わせのみに注目した判断法であり、考慮するに値しないものです。推命においてはうえにも述べましたように八

字全てを対象として日主との関わりを見なければなりません。

神殺は発展途上において、なんとか簡単に命を看たいというパターン化の一つであり、過去の遺物といっても
よいものです。裏を返せば八字を生化流通という面から判断できない者が使用するものであり(それも多くは当

たりません)、総合的に八字を見た場合、結果的に神殺のいう干支の組合せに一致することも時にはある、とい

う程度のものです。

ですから、自分の命式のなかに不幸を暗示する神殺があるからといって心配したり悩む必要はありません。命
式の判断に神殺を云々する推命家(出版書籍を含む)には注意が必要であり、自分の大事を預けてはいけません。

格局について

 

推命においては、格局ということがやかましくいわれています。例えば内格としての食神格、傷官格等、外格
としての強旺格、從格等。これら格局の数や格となる条件は流派により諸説分かれ、推命を学ぶ人にとっては何が
なにやら、どの流派を学べばよいのか混乱するものです。

この格局とは例えてみれば次のようなものです。

世の中にはそれぞれの車種による特徴をもった多くの車があります。スピードがでるもの、重いものが運べ
るもの、エンジンに缺陷があるもの、電気系統に缺陷があるもの・・等。格局を求めるということは、このよう
な状況のなかで、1台、1台実際に乗車してその性能をチェックするのではなく、ランプやタイヤの形状など外
見からの情報によってこの車種は何であるかを求め、この車種であるからここに缺陷があり、また逆にこの点は
他の車種より優れていると論じるようなものです。

従って、格局を求めることは一般的な特徴を求めるのであればそれなりに有効な手段ではありますが、1台
1
台の特徴が理解できるわけではありません。

 

人一人の命式をみるということは、一人一人のもつ特徴(個性)を読むことが必要ですから、真の推命は格局
を超えたところにあるということを知っておく必要があります。ではなぜ格局を学ぶのかといえば、当初から四柱
八字全体の生剋制化強弱衰旺を理解することはかなり困難なことですから、基本として一定の型を覚えるという意
味で学ぶ必要があるということなのです。

秘伝とは

 

推命や易をはじめとして一般的に「占い」に分類される書籍には昔から、秘伝、秘解、秘訣、秘儀、奥義、
最奥義等の単語が冠せられ、時には著者の独創を公開とうたってあるものもあり、書名だけをみるといかにも
「秘伝」を公開していると思わせるものが多数あります。

また、「はじめに」の部分をみると自分の書が他の書に比べて優れていることを述べ、その本を読めばとりあ
えず「占う」ことができるようになるような気を起こさせます。

出版社の事情もあるでしょうが、「占い」は安価な本一冊を読めば理解できるほど簡単なものでしょうか。

 

ここでは常識を働かせる必要があります。

一芸に秀でるという言葉があるように、華、茶、武道、祭祀等昔から長く伝えられているものには秘伝や口
伝として一定のレベルに達した者以外には決して伝えられないものがあります。時には人格も求められるものも
あります。

例えば、華道において「看板」をもらうためには最低でも7、8年の年月は必要でしょう。そして、看板を
貰えば多種多様な草木をあらゆる場面に応じて自由自在にいけられるのでしょうか。本当はこの時が自由自在を
得るための永い稽古の始まりなのではないでしょうか。そして自由自在を得られる人はどのくらいの割合なので
しょう。様々な分野でも「一生勉強です」という人ほど高名な方や一流の職人が多いですよね。

 

占術における秘伝とは、人生のさまざまな場面に応用するノウハウやコツのことです。さらにいえば、その
ノウハウを生み出す基本となる見方のことです。これは市販の入門書程度のものをどれほど読んでも得られるも
のではありません。具体的事例にあたって試行錯誤しながら自分で会得していく以外に方法はありません。教習
所で何十時間講義をうけようと車の運転ができるようにならないのと同じです。

 

師についた時も同じです。師の判断を聞くことで理解が促進されますが、自分のものとするためには自分で
演習を繰り返すことが必要です。市販本がいかに「秘伝、奥義」と銘打っていても「一般常識」程度と読み替え
るのがほぼ間違いのないところです。

 

本当の秘伝は一般公開する性質のものではありませんし多くの人が知る必要もありません。これは閉鎖的で
も独善でもありません。お遊び程度であれば「占い」もあまり問題ありませんが、人のプライバシーに深くかか
わり一生を左右する判断を求められる者となればプロ、アマを問わずそれなりの素質や倫理観が求められるので
す。

 

次の言葉はある高名な人が当時弟子格であったこれまた高名な人が出版した本をみて言った言葉として伝え
られています。

「○○はさすがである。秘伝を洩らさず」

ですから「一子相伝の秘伝を公開」とか「あらゆる占術に通ず」等をうたい文句にしている人には眉に唾し
て接する必要があるのです。

出生時刻不明の命

 

四柱推命において命理を考究するには、先ずその人が誕生した年月日時をもとに年柱、月柱、日柱、時柱の
干支を選出しなければなりませんが、生時が不明の場合はどのように扱えばよいのでしょうか。

 

生時不明のケースは最近では少なくなってきていますが、年齢層が高くなるに従いその割合も高くなります。

この場合、母子手帳を見たり親に聞いたりするわけですが、母子手帳が見つからなかったり親も忘れてしまっ
たりで、生時を正確に知るということが難しい場合があります。

厳密に言えば、節入時刻との関係など生時は四柱の干支を決定する要素ですが、ここではそういった分秒を
争わないケースで時柱不明の場合について述べます。簡単にいえば一部の例外を除き三柱で推命が可能かという
ことです。

 

YES、NOでいうならば、答えはYESです。命理は四柱に配された干支八字を総合的に判断するという
大前提が崩れるわけではありませんが、実際面において時柱が不明だからといってその人の審察鑑定はできない
と拒否することはできません。実際、生時がわからないというのは非常に多いのです。ですからプロ・アマを問
わず四柱推命を標榜するものは時に時柱が不明でも対応できる実力が必要なのです。

 

四柱は四柱であって三柱では判断ができないなどというのは、各柱の持つ意味や表裏、五行流通の理などが
全く理解されていないということです。ここで他の占術を持ち出すようなことがあればその人は初心者と見てい
いでしょう。

これはビジネスの世界と似ていますね。ある状況で何らかの意思決定をしなければならないとき、すべて完
璧な情報がなければ意思決定できないというのは一人前扱いされない。例え不確定要素があるとしても持てる情
報を駆使して多角的に分析し、向かうべき方向を誤らずに意思決定できることが求められる人材像ではありませ
んか。

 

推命も同じことがいえます。時柱が確定できなければ、充分とはいえないまでもそれを補うだけの技量やノウ
ハウを身につけることです。最近は全くといっていいほどありませんが、かっては高齢者の場合、生日すらわから
ないというケースも稀にあったくらいですから。

 

なお、ここで改めてお断りしておきますが、以上の説明は「時柱は不要である」といっているのではありませ
ん。あるにこしたことはないが、時柱が求められない場合についても対応できるようにしておく必要があります、
ということです。誤解されませんように。



◆変通星について

 

命式八字のなかで日干と他の干との関係を表わすものとして変通星(注1)があります。たとえば、日干が甲
の場合、他に甲があればこれを「比肩」とし丙があれば「食神」と呼ぶものです。この呼称は 比肩、劫財(注2)、
食神、傷官、偏財、正財、偏官、正官、偏印、印綬の十種類あり、それぞれの持つ特性により解命しようとするも
のですが、天干だけに割り当てる場合や地支の蔵干にも割り当てる場合等いろいろなケースが見られます。

また、変通星による推命本は長生、沐浴等の十二運等についても併せて記載されており、これらの特徴を単純に
自分の命式に当てはめると矛盾がいっぱいで何が何やら訳がわからないという状態に陥る人がほとんどでしょう。

今回はこの変通星を使用した推命について述べてみます。

 

(注1)  この「変通星」という表現は他に「通変星」「宿命星」等とも表されます。また台湾本では多くは「六親」と
表現されています。

(注2)日干陽の場合、陰干をみて「敗財」、日干陰の場合、陽干をみて「劫財」と呼ぶ場合もあります。

 

変通星の特徴は日干と命式に含まれる他の干との関係から表されています。今、手元の複数の本から比肩につ
いて記載されている特徴をいくつか挙げると次のようになります。

■性格・対人面―― 自我心強い・自己主張が強い、近づきにくい、わがまま、協調性なし、

■家庭面     ―― 妻や父親と縁薄い(別離等)、分家、養子

■職業面         ―― 共同事業は不可、単独事業によい

 

命式の中に比肩を含む人がすべて上のような性格、家庭、職業となるはずもなく、また比肩に正官があれば性
格が良化するなどと他の変通星との関係も見なければならないことも記載されていますが、十二運のもつ特徴をも
考慮するとなると、性格面でもどの変通星の特徴が強く働きどの変通星が隠れた特徴となるのかわからない、とい
うことになります。

また、比肩があるから単独事業がよいなどという単純なことで、会社を辞めて事業を起こす人はいないと思い
ますが、これほど無謀極まることはありません。

 

ではなぜ、多くの本はこのような一見でたらめと思われることが記載されているのでしょうか。

変通星が示すある一つの現象はその現象が発現する条件があります。ですから条件が異なれば違う現象があら

われるのですが、ほとんどの書はその部分を省略して変通星が意味する多数の現象のなかからいくつかを羅列して

いる形式になっているのです(ここではあくまで著者がその条件を理解しているという前提です)。

 

一つの現象がどういう条件のもとにあらわれるかは多種多様であり全てを網羅することは容易ではありません。
またその条件が成立するかしないかは命式中の八字の強弱衰旺と生剋生化の理が解ってはじめて判断できるものな
のです。ですから比肩があっても妻と仲良く父母長命ということもあるのです。便宜的に変通星の呼称を使う場合
はあってもその背景には四柱五行の衰旺、順悖、進退、喜忌を理解会得していることが必要です。奇格異局や神殺
納音等によって判断することは避けなければなりません(「滴天髄闡微 巻一 通神論 知命」参照)。

 

以上から、一身上の重要なことを判断するうえで推命を参考にする場合は、変通星や十二運、神殺や納音のみ
を使う人には注意が必要ですし、過去の出来事の内容、時期等を照らし合わせ信頼のおける人に相談するのが望ま
しいということになります。

 

(補足)

上の説明を裏返して言うと変通星、十二運等も究めるためには四柱五行の理に行き着かざるを得ないというこ
とです。比肩と劫財の違い、甲の長生と乙の長生の違い等々はこの理に基づいて表われるのですから。

 

◆科挙

 

滴天髄などの命学書に記載されている命式の説明に科甲、科第、郷試、會試(会試)などと記載されているこ
とがあります。これらは中国で行われていた役人登用試験である「科挙」に関する用語ですが、理解を深める一助
として「科挙」制度について簡単に説明します。

 

この制度は西暦587年隋の文帝の時に、地方に割拠する有力貴族に対抗する政治体制を確立する目的で始め
られました。(他に598年説がありますが595年に後の唐の宰相となる房玄齢が進士になっていますので、こ
こでは587年説を採用します)

これ以降1905年に廃止されるまでの約1300年間、時々の戦乱による数年の中断や蒙古の元朝における
40年ほどの中断を除き歴朝において採用されてきました。

 

科挙とは科目による選挙(官吏登用を選挙という)という意味で、科目は時代により変化しました。当初は秀
才、明経、進士の3科でしたが、唐代には3科追加されるも651年に秀才廃止、1069年に明経廃止となり、
結果として進士のみが残り、継続実施されることとなります。

また時代が下るにつれ試験の段階が増えていきます。ここでは滴天髄闡微の著者である任鉄樵氏の時代であり
制度的にも一番整備された(複雑になった)清王朝のものを基本にして概略を下記に示します。

 

試験の区分

概      要

補  記

学校試

(童試)

県試

予備試験(5次試験まで)。定員の4倍程度まで絞る。

明代に設定、生員でなければ科挙試をうけられなくなった

府試

予備試験(3次試験まで)。定員の2倍程度まで絞る。

院試

本試験(4次試験まで)。

合格すると生員となり国立学校の生徒となる。国立学校には中央の太学(別名:国子監)、地方の州学、県学があり定員は人口により3,4人〜25人程度。

科挙試

科試

科挙試を受験したい生員を対象として実施する学力試験。成績を6等に分け1,2等と3等の上位5〜10人が郷試を受験できる資格を得る。これらを挙子という。

 

郷試

子、卯、午、酉の年の旧8月の9日、12日、15日に全国一斉に実施。主催は地方の試験官。試験場を貢院といい独房である。及第(合格)するのは各省あたり40〜90名で挙人と呼ばれ、首席を解元という。受験者は1万〜2万人。

 

郷試覆試

郷試の翌年旧2月15日に実施。成績を5等に分け1〜3等は會試の受験ができる。4等は會試受験を1〜3回分を停止。5等は挙人資格を剥奪される。

1788年高宗帝時代に設定

會試

(貢挙)

丑、辰、未、戌の年の旧3月9日、12日、15日に北京の貢院(やはり独房)で実施。主催は尚書省礼部で最終の合格判定は天子に仰ぎ、首席を會元、2番を亜魁、6番を榜元、1番から18番までを會魁という。及第者は挙人のままであり(特に貢士ということもある)、殿試の受験資格を得たに過ぎない。合格者は時代により異なり150人前後〜400名程度であった。

唐代は會試に合格すれば進士になれた

會試覆試

 

會試の再試験と殿試の予備試験。旧4月16日に宮中の保和殿で実施。成績を6等に分け1〜3等は殿試に望み、4〜6等は殿試受験資格を1〜3回分停止

1788年高宗帝時代に設定

殿試

科挙試の最終試験。天子が自ら行うものと位置付けられた。身、言、書、判の4科目で人物と学力、法的判断能力をみる。旧4月21日に実施、25日に発表。

合格者は成績順に発表され、第一甲は上位3名で順に状元榜眼探花と呼ばれた。以下、第二甲、第三甲と分けて発表された。ここで初めて進士とよばれ高級官僚予備軍となった。科甲とは科挙に優秀な成績(甲)で及第したものをいう。

宋の初代太祖が975年に始めて実施し以降継続。

(参考)朝考

第一甲で進士となった者を除き、翰林院に所属させるものを選ぶための試験で翰林院が実施した。翰林院は翰苑ともよばれ天子の秘書室のようなもので、書物編纂、詔勅起草などを司った。翰林院には科挙によって進士となったものがほとんどであり、少数派として制科に合格したものがいたが18世紀中ほどから制科自体が実施されなくなった。

 

以上のように科挙というのは現代では考えられないほどの段階を踏んで実施されるもので、進士となれば後の
高級官僚が約束されたも同然でしたので競って挑んだものでした。これにかけるエネルギーや費用は個人的にも
家庭的にも相当なものでしたので必然的に富裕な家庭の子弟で優秀なものに限られてきますし、貧しい者で科挙
を志すものの話には悲哀すら感じられるものがあります。

 

勉学の対象となるのは四書五経が主であり幼年から原文と様々な注釈を丸暗記したものです。ちなみに原文だ
けでも論語(一万一千字)、孟子(三万五千字)、易経(二万四千字)、書経(二万六千字)、詩経(三万九千字)
礼記(大学、中庸含む)(九万九千字)、左伝(十九万七千字)の併せて四十三万一千字を暗記しなければなりま
せん。これに注釈書の暗記や詩の作成、書の練習等を行うわけですから十年、二十年かかるのは当然のことでし
た。加えて人物評価がありますので常日頃の素行にも注意を払わなければなりません。

 

試験には不正が付き物です。科挙においても例に漏れませんでしたが、科挙試の審査は厳正を極めたもので、
不正が露見するとその不正を見過ごしたり、見逃しや不正に荷担した試験官には職位に係らず刑罰(極刑は死刑)
が加えられました。実際死刑に処せられた例もあります。現代の入学試験における不正の処罰とは天地の隔たり
がありますが、これは天子に仕え、天子を支えるために優秀なものを選ぶというのが大目的ですから僅かの不正
も許されなかったわけです。

 

進士は勉学を志すものにとっての最終目標でしたが、進士とならなくとも郷試や會試に合格すれば名誉なこと
とされていました。実際、科挙には年齢優遇措置というものがあり郷試では70歳以上(後に80歳以上)の場合
には答案に規定の違反がなければ内容を問わず合格とし、會試では70歳以上であれば内容を問わず天子に奏上し
て名目的な官位を与え、80歳以上では国子監の教官、95歳以上では翰林院編修、100歳以上では国子監副学
長の官位が与えられました。(なんと100歳でも挑戦する人がいたんです!!)

 

以上、科挙についてざっと述べてきましたが、滴天髄をお読みになって進士等の言葉がでてきた場合は、この
ような背景があったことを思い浮かべて命式をじっと見るのも一興です。

 

(補記)

科挙に合格することを攀桂ともいいます。また泮水、入泮という言葉も時々使われていますが、泮水とは諸侯
の学校である泮宮のことであり、ここに入ることを入泮といいます。泮宮には門の南側に水をめぐらせてありまし
たので泮水とも言われます。周代には泮宮において郷射礼(郷大夫が郷の有能の者を選抜するために行う射術の礼)
を教えていました。

 

(補記2)

科挙について詳細に知りたい方は中公新書の「科挙(宮崎市定著)」が読み易くまとまっておりますのでお薦め
します。本項も主に上書を参考にいたしました。

◆干支の過不足

 

四柱推命は人間の真の個性や運命を探るものですが、もとになるのは人がこの世に生を受けた年月日時の干支
八字です。この八字のうち干については、甲は甲であり乙は乙であるというように4個の干が明確に表出しますの
で干合の場合を除き支に比べ生剋制化がはっきりしますが、支については1つの支にいくつかの干を含む(支に
含まれる干、また支に干を含むことを蔵干といいます)とともにその蔵干の中で時を得ている干により支の働きが
ことなりますので、干に比べ支の生剋制化は複雑な様相を呈します。

 

近年、四柱推命は従来の変通星(通変星ともいいます)や神殺による判断から滴天髄、造化元鑰、窮通宝鑑等
を踏まえ五行の大過不及や生剋制化によるものへと変わってきていると思いますが、滴天髄、滴天髄と言いつつ
本当は理解されていないのではないかと思うことがあります。今回はそのうち基本的な例を2つあげて見ましょう。

 

【その1】十干の干合について

 

甲己の干合は月令の五行が土の場合、土に化す。この場合、甲は戊に、己は己(そのまま)となる。

乙庚の干合は月令の五行が金の場合、金に化す。この場合、乙は辛に、庚は庚(そのまま)となる。

丙辛の干合は月令の五行が水の場合、水に化す。この場合、丙は壬に、辛は癸に変化。

丁壬の干合は月令の五行が木の場合、木に化す。この場合、丁は乙に、壬は甲に変化。

戊癸の干合は月令の五行が火の場合、火に化す。この場合、戊は丙に、癸は丁に変化。

 

これは現在、“定説”のように考えられているのではないかと思います。滴天髄等の和訳を行い理論派としても
有名な某氏もこの説を唱えていますが、例えば「滴天髄闡微 巻一 通神論 地支」の項には次の命式が挙げられ
ています。

     

     

     

 

その解説文には「年干丙と月干辛は合して化水す」とあります。月支は卯、五行は木であり水ではありません
が「化水す」となっています。滴天髄等に準拠すべきと言いつつ基本的なこの部分の相違は何が原因なのでしょう
か。或いは滴天髄はすでに古く、上記の考えのほうが発展した正しいものなのでしょうか。

 

この場合、実際の経験から言えば滴天髄のほうに軍配があげられます。滴天髄の他の例にもあるように月令を
得なくても化す場合は化し、化さない場合は化さないのです。また、別に化さない場合は天干としての作用を失う
などという意味不明のことを言っている人もいますが、全くの経験不足といわざるを得ません。

干合しなければしないものとしてそのまま採用すべきであり八字から除くべきではありません。

 

【その2】丑に辛、午に己等の所謂中気は含まれない。

 

「研究結果」や「滴天髄等旧来の書の誤りを正す」などということで中気不要が唱えられているむきもありま
すが、「滴天髄闡微 巻一 通神論 知命」の項にある次の命式を初めとして滴天髄の中には中気を論じている
例は数多くあります。

     

     

     

 

滴天髄は推命を学ぶにはよい参考書ですが、その解説には不足や強引なところなどがあり、訂正や修正をす
べきところがあるのもたしかです。最後まで学んだとしてもこれ一冊では詳細な人事鑑定にすぐ役立つものでは
ありませんが、中気の有無について言えば中気ありとする滴天髄のほうが正解です。

 

実際の命式を例にとってみましょう。

下記の女性(昭和11年生れ、生時不明)の結婚運を論ずる場合、日支午中の丙丁にあたるときは結婚は早く
なり、己にあたる時は遅くなるという違いがでてきます。ご本人33歳独身の時、結婚運についての相談ですので
当時としては遅れているといってもよいでしょう(本人も悩んでいた)。婚期が遅れるのは午中の己に当たってい
るためであり、本人の努力ではよい相手が見つからないこと、また結婚相手を探す方向(または良縁はどちらの方
角からくるか)、誰がつれてくる相手が一番よいか等、午中の己の働きを無視しては分からないでしょう。

   

   

   

 

※ついでに申せば、上記の場合、丙の時は自分からすすんで相手に働きかければ結婚でき、丁の時は相手を
得やすく相思相愛の早婚となります。

 

このように午中に己が含まれ、人事も己を考慮した判断とおりに進んでいるということは実際例からも言える
のです。

 

以上、一見最もらしい珍説2点について簡単に述べてみましたが、干については合去等干の無力化(無視)、
支については蔵干数の操作等、干支八字に対し新規性を訴えたいためか故意に操作を加えていると思われるもの
が見受けられます。しかも滴天髄をダシにするという眼くらましが用意されていますので、未来を誤らないよう
よう充分注意しなければなりません。

 

(追記)

それにしても、四柱推命を標榜しながら同時に気学を使う人が多いようですが本当に、本当に大丈夫なんで
しょうか。四柱推命を理解しているならば九星・気学は全く不要なんですが・・・

◆四柱推命と霊感

 

世の中にはいわゆる霊感占いというものがあり、これのみを行っていたり推命や他の占術と組み合わせて看板
にしている人がいます。この霊感というものは非常に危険性を含んでおり多くの人を惑わせることこの上ないこと
から、今回はこの霊感占いについて述べて見ます。

 

まず霊感というものが一般にはどのように考えられているのか調べて見ましょう。

辞書によれば

@人の祈りに対する神仏の反応

A神仏が乗り移ったような感じ

B人間の心の不思議な働きによる感得

といった説明がされており大体このように考えて良いでしょう。霊感占いではこのAとBの二つの要素があ
ると考えられます。

 

Aでは「神仏が乗り移ったような感じ」とあり、「乗り移った」ではないことに注意することが必要です。こ
れはどういうことか言えば、当人に神仏が本当に乗り移ったかどうかを一般の人には確認する手立てはなく、本
人が乗り移ったと言えばそれでお仕舞いで「言ったもの勝ち」になるということです。また、ここでは本当の神
仏かどうか、そのレベルはどうかも問題ですが「類は朋を呼ぶ」という言葉は一つのキーワードです。

 

(注)神仏と人間の真実の関係については宗教関係者であっても誤解されている人が多く、害毒を垂れ流してい
ること霊感占いの比ではないのですが今回のテーマではありませんので省略します。

 

次にBです。人間の心に摩訶不思議な力があることは確かですが、占いに限れば占いとして使えるのかどうか、
もし使えるとしたらその確度はどの程度か、ということは全く本人の思い込みによるということです。小さい時か
ら未来が見えた、などということはよくある話で霊感でも何でもありません。そういう幼児レベルの「霊感」でも
「霊感で占います」と言い、人が集まれば商売になるということです。

 

このように「霊感占い」は占い師本人の思い込みにより成り立っているものですから、これくらい危ういものは
ありません。従って、本当の推命を使うものは霊感といった要素を極力排除するよう心掛けるものです。推命から
見れば霊感師、霊能師といえども命、運の範疇にありということで、霊感のあるなしや言動の正常性(あたるかあ
たらないか、頼るに足る人物かどうか等を含む)を評価することができますが、一般の方は次のような点に注意し
て霊感占い師の観察・評価をおこなってから相談されるのがよいでしょう。

 

1.自ら「唯一」や「最高」というもの―そう言えば「最高ですかぁ」「はーい」という宗教がありましたね(笑)。

2.霊感なのに他の占術を持ち出すもの

3.開運するためと称していろいろなものを売りつけるもの

4.自慢話など余計な話をするもの

5.言葉が汚く感情的であること

 

要約すれば、人生経験、志、人格をよく見極めるという常識的な判断が大切ということですが、本当に困った時
などはついつい引き込まれてしまい、ますます泥沼にはまり運を落とす結果となりがちですので、そういう時こそ
心するようにしましょう。

方位と応期

 

四柱推命では方位や応期などがよくわからない、などということを時々耳にします。また同じようなことをホー
ムページ上でも発言している人がいますが、推命について多少なりとも云々するのであればもう少し(かなりかな
?)勉強してからにしてほしいところです。これは推命の基本に関することですので今回取り上げてみました。

 

四柱推命をはじめ、方位や応期等がわからない占術などどれほどの価値があるのでしょうか。家を購入したい、
あるいは新築したいが時期はいつがよいか、ぐうたらな人間に自覚するときはくるのか、商売の盛衰はどうか、縁
談は何時頃あるのか、うまい話は本当か或いは詐欺か、家出人はどちらの方角を探せばよいか、等々々・・人生の
重大事、人の一生、家族の安寧に係るものは応期や方角がわからなければ判断できないものばかりです。

 

四柱推命ではこれらの一つ一つについて様々な面から命式を検討し判断するわけですが、応期や方角がわか
らないという人はどの程度推命を理解しているのでしょう(市販本を読んだだけということはないと思いますが)。

 

例えば、ある時期に家を購入したいというときは少なくとも次のようなことを命式から読み取ります(相談者か
ら聞くわけではありません)

(1)資金具合はどうか

(2)資金がないとすると援助者はいるのか(例えば親の助けがあるか、何時あるか)

(3)本人の今後の命運はどうか(例えばローンを組んで生活していけるか)

(4)購入時期は適当か(例えば来年になると慾がでて高価なものを無理に購入し負担が重くならないか)

(5)本人のためになる買い物か

 

これらを踏まえて購入の可否について判断するわけですが、応期というのは一つの重要な要素であるわけです。

これらがわからないと「大きな買い物ですから充分考えて判断してください」程度のことしか言えないということ
になりますね。

 

また病気になって医師に診断してもらっても「何の異常もないのでしばらく様子を見ましょう」といわれ、様子
を見ている間にかえって悪化してしまったり、病院を変えたら病名がわかって治療してもらえたなどということは
割と耳にする話です。このような場合、医師の技量が低いから病名がわからないのではありません。命式により医
師の方位を変えることにより善処できる場合があれば命式をみてアドバイスをするわけです(方位を変えても効果
がない場合ももちろんあります)。

簡単な一例を示しましょう。

 

時 日 月 年 女

乙 戊 丙 辛 子

卯 辰 申 未

 

(経過)

・本年7月7日戌の刻より腹痛を訴える。

・7月8日 幼児からかかり付けの医師(辰方位)に診察してもらったが、暫く様子をみるとのこと。薬がでる。

夕刻から少し発熱。

夜、辰ではなく午方位の病院(病院名指定)にかかるように指導。

・7月9日 午前、午方位の病院で診察。レントゲン撮影ですぐに原因判明。前日とは全く異なる薬が出される。

以後、順調に回復。

 

上の命式の場合、辰の方位の医師が「様子をみましょう」というのは自然であり、さらに8日が丁丑である
ことを考えるとなぜそういう判断をするのかという理由も一層はっきりわかります。おなじ医師にかかるかぎり
治癒の進展はあまり望めないことから、命に別状はないもののすみやかに午に変更すべきと判断したわけです。

さらに、午がよいといっても命式によっては丙と丁で反対の結果となる場合がありますので、そういう時は丙
か丁どちらかを指定します。

 

このように、四柱推命は方位や応期がわからないどころか逆にこれらを有効に駆使することができる占術であ
るということ、言い換えるならば方位、応期が分からなければ四柱推命を使うとは言えず、さらに人の命運を云々
することなどとてもできるものではないということです。

 

以上、今回は四柱推命の基本中の基本について述べてみました。

◆十二運

 

四柱推命には干と支の関係を表すものに十二運といわれるものがあります。長生、沐浴、冠帯、建禄、帝旺、
衰、病、死、墓、絶、胎、養を指す言葉ですが、例えば日干が甲の場合は亥が長生にあたり、順に子が沐浴、丑が
冠帯、寅が建禄、卯が帝旺、辰が衰、巳が病、午が死、未が墓、申が絶、酉が胎、戌が養となり十二支を一巡しま
す。

この関係は十干それぞれにあり、食神、傷官等の変通星(通変星ともいいます)と併せ命を判断するうえでの
基本事項のように考えられています。今回はこの十二運について述べてみましょう。

 

十二運については、宋の徐升編の評注淵海子平巻一に「天干の生旺死絶を論ず」として記載されていますので
「歴史ある見方」といえばいえるでしょう(十二運という表現ではありませんが)。そしてその意味についても、
例えば長生については物の発生、人が父母の精血をうけて妊娠し十月で生れることをいう、というような説明が
されています。また命の判断法として変通と十二運の組み合わせ120通りについて記載されている書もあります。

 

その中でも衰、病、死、墓、絶等はあまりいいことが書いてありません。例えば絶については浮沈多く飽きや
すく短気で他人の甘言に乗りやすくその術中に陥る云々。もしお手元に推命の書をお持ちでしたら、これら変通や
十二運について記載されていることを一度ご自分の命式にあてはめてみて下さい。その矛盾の多さ、現実との違い
に驚き四柱推命なんていいかげんなものだと思われることでしょう。

もっともこういう書には秘伝として「居る」や「逢う」などいろいろ書いてありますが、最終的には四柱組織
をよくみて判断すべし、ということが書かれてていますので当らない逃げ道は残してあるわけです。

 

以上から五行の生剋制化を見ずに変通や十二運などから命式を判断する推命には全く信用がおけないことが分
かります。ですからご自分の命式に死や絶といったものがあるからといって不幸であるとは限りません。命式によ
ってはこれらが(これらの関係にある支が)むしろ好ましい時もあります。また十二運について述べる時、真に
十干と十二支の関係が理解できているならば、その説明内容は旧来とはだいぶ違ったものになります。

 

一例を示しておきましょう。水の食神傷官旺じ年月日が死墓絶ですが大凶変じて大吉となり成功を収めた人の
命式です(男:大正2年1月生れ)。夫婦関係も良く互いに助け合い和合しています。時柱不明ですが本命の場合
は成功者であることがわかります(天徳貴人や月徳貴人があるからなどとは言わないでください)。

 

日 月 年     (補記)

庚 癸 壬       ここで大凶と言っているのは死墓絶がある事をいっているのではありません。父に

寅 丑 子      縁薄く10代中期で家を出て孤独の中で成人したことを言っています。また大吉とは

           妻を得て孤独から救われ、夫は妻を、妻は夫をよく助け、貧しさのどん底から安心立

絶 墓 死      命したことを言っています。

 

◆祟り?

 

四柱推命では様々なことが分かることはこれまでに何回か述べてきたところですが、今回はちょっと変わった
お話をしてみましょう。

昔からいわゆる霊能者と呼ばれる人々が得意?とするものに祟りや付き物というものがあります。これらは目
に見えない世界の話ですから、こんな話は全て嘘だ!と信じている人を除けば、本当なのか嘘なのか明確に分から
ないというのが大方の見解でしょう。

四柱推命は霊感とは無縁のもので学問といってもいい位ですから、表向きには本来こういった類の話には立ち入
らないのが賢明なのですが、相談を依頼される中には時々こういう話が持ち込まれることがあり、推命で分かるこ
ともありますので過去の事例から応用の一つとしてお話してみましょう。

 

例えば、昼間は寝て夕方に起きだし夜通し起きている主婦で、夫には愛情を注ぐことなく家にも入れない。身内
の者の忠告も全く聞き入れようとせず、長年このような生活態度が改まらないのは何かの障りではないか、と身内
の方から相談があったことがあります。

命式を出すと、甘やかして育てられた結果の我儘・頑固で忠告を聞き入れる耳を持たないことがはっきり出てい
ます。また恋愛結婚でありながら夫に対する不平不満が大きいこと、そしてその結果としての夫への冷たい仕打ち
など命式どおりであることから「これは障りでもなんでもなく本人が心を改めればよいこと、ただ言って聞かせて
も父親の言うことは聞かないからこういう人に忠告してもらったほうがよい」と回答したことがあります。

その命式を示せば次の通りです(時刻不明)。

日 月 年     

己 甲 庚       

丑 申 戌

 

いかがですか。相談者の言われる生活態度そのものでしょう。大運をみれば10代後半から生活が乱れているこ
とも分かります。夫も今のところ(相談当時)孤立でありながら分かれるつもりはないが、将来は逃げ出すであろう
こともこの命式からわかります(夫の命式は不明)。

 

このように、なにかの障りではないかと心配されて相談されるものの中にも推命によりその原因や対処方法がわ
かることもあり、おかしな宗教や霊能者に食い物にされることを防ぐこともできるのです。

 

(補記)

このほかに病気ではない赤ちゃんの夜泣きの原因等も推命でわかることがあり、ある方法(呪文や御札ではあり
ません)を取ると効果てきめんの時があります。命式は人が誕生したときに本人の意思とは関係なくつけられる符合
ですから何もその命式どおりに歩まなくてもいいと思うのですが、不思議なことではある、というのが最近とみに感
ずる所です。

◆相性

 

人間は長所や短所、善と悪など様々な特性(個性)をもっています。四柱推命を使用するとこれら人間が持つ
 本当の個性を明らかに把握することができるわけですが、男女間における恋愛や結婚においては男女双方がもつ特
 性の相性というものが大切です

今回はこの相性について述べてみたいと思います。相性といってもいろいろなケースがありますので、話を分か
 りやすくするためにここでは結婚を前提としたケースやすでに結婚している場合を想定します(最近は男と女だけ
 に限らない!?、また当然ながら若くなくてもいいんですが)。

 

よく一口に「相性が良い、悪い」といいますが、相性判断というものは簡単なものではありません。推命も含
 め占い師のなかには、生れた年や生まれた日の干支の組み合わせだけで判断するなどというものもあるようですが、
 無謀この上ないといってもよいでしょう。それで幸せになれるのであればいいのですが、逆の結果となった場合、
 占い師の評判が落ちるだけならまだいいのですが、これを信じて結婚した人は自ら一生の不幸を選んだこととなる
 のです。

 

四柱推命における相性の判断は次のようなステップを踏み、その結果について吉凶善悪の段階分けを行い、そ
 れにより縁が持つか、持たないか等を判断しそれぞれのケースにおけるアドバイスを行います。

 

1.男女の命式からそれぞれについて総合的に特性を見る。

最初に一人の人間としての個性を性格や職業の安定性、勤勉か怠惰か等の面から判断し、結婚する最低限の

資格を有するかどうかということを見ます。

2.各人の配偶者運を見る。

各人の異性、配偶に対して有する特性を判断します。

3.男女の命式を組み合わせたときの吉凶善悪を判断する。

男女を組み合わせた場合、それぞれの特性がどのように変化するか、またバランスはどうかを見ます。

4.生涯の過程における吉凶善悪の変化を判断する。

結婚は一生のものですから(すくなくても最初はだれでも生涯一緒でいようと思うのです)、大運により

上記1〜3項がどのように変化するのか、またその結果はどうなるかを判断します。

 

これを言い換えるならば、結婚するに必要な経済的基盤の安定性、人間としての資質、相手に対する性格的特性、
 結婚生活の生涯の運程を判断するのが相性判断ということになります。このような相性判断をせずに一時的な恋愛
 感情などで結婚した場合、結婚後におこるトラブルにはつぎのようなことが多く見られます(これらは、すべて推
 命により事前に判断することができます)。

 

◆結婚後に相手の性格が変わった。ときに暴力を振るう。

◆夫が働かず生活にもこまる。妻は怠惰な生活をしている。

◆結婚前から付き合っている女(男)がいて縁がきれていない。

◆浮気を繰り返す

◆財産目的の結婚であった

◆子供がほしいが、相手はいらないという

 

また、相性や縁の組み合わせにはつぎのようなものがあります。推命での相性のバランスを見るとはこのような
 ことをいいます。

1.男女共に良好

このようなケースはめったにありません。

2.男女のどちらかが良好

このようなケースもあまりありません。片方にとっては好ましいのですが、差が大きくなると、例えば、

見合い話などのときはほとんどの場合、良好な命の方から断ってきます。

3.男女ともそこそこの場合

いわゆる「割れ鍋にとじ蓋」というものですね。つまり多少の欠点をもつ同士の組み合わせで、お互いの努力

によって幸せをつかもうとするケースで、ほとんどがこれに当ります。この場合、相性がよい組み合わせとな

るかどうかが運の分かれ目です。

4.一時的に惹かれあっているもの

相性としては良くないのにも係らず、一時的に相手が好ましく思えたり頼りがいがあると思い、恋愛感情

をいだき、時に結婚まで至るケース。最近は特に多いですね。

 

結婚前には上に述べたような事柄を判断するのが相性判断ということになりますが、結婚後のものとしては例えば
 夫婦仲がうまくいかない原因や離婚の場合の損得(経済面だけではありません)などを判断します。

 

以上、相性について簡単にのべましたが、これを判断するとなれば簡単ではないということがお分かりいただ
 けたと思います。もし占い師に相性をみてもらうのであれば単に「良い、悪い」だけでなく「なぜ良いのか、なぜ
 悪いののか、生涯のうち注意すべき時期はいつか、それは乗り越えられるのか、またどのように対処すればよいの
 か」等々詳しく聞いてみてください。実力のある占い師ならばきちんとこたえてくれるでしょう。

 

【補記】

幸せな結婚生活を送るためには、単に相性がよいというだけでは足りません。相手のよい面を大きく見て欠点
 を小さく見るようにし、お互いによい方向へ向かうように考え努めなければならないことは言うまでもありませ
 ん。相性がよいからといって自分の努力を怠っていては自ら運を落としているのと同じです。また最近は大人に
 なりきれていない大人による家庭の不幸が多すぎます。当人同士も嫌な思いや苦労をしなければなりませんし、
 子供にとって反面教師的な要素ばかりでは子供が不幸です。

「目を大きく見開いていなければならないときに、人は目をとじてしまう」というイギリス(だったと思いま
 すが)の言葉は、特に恋愛において肝に銘じておく言葉でしょう。

◆命と六親

 

子平では、一人の人間の持つ様々な特性のほかにその人間を取り巻く環境、例えば先祖、家族、夫婦、子供の
 ことなどが分かるとされています。

生きている人間にとって必要なものは、夫婦や子供を含めた家族関係、上に述べた相性や異性運などで先祖の
 ことなど知ってどうなるのかという向きもあるかもしれませんが、先祖を大事にしない家や人間には一時的な繁
 栄はあっても永続する平安を得ることはなかなか難しいものです。

子供は親の背中を見て育つといわれるように、先祖を大切にしない親を見て育った子供は、古の皇帝瞬のよう
 な聖人でないかぎり自分の親をすら大切に思う気持ちがなかなか湧いてこないものです。今回はこの祖父母や先
 祖の影響も含め六親の関係がなぜ命理上にも表れるのかということを話してみましょう。

 

今生きている人間には必ず父と母がいることは間違いのないところです。その父や母にもそれぞれ父と母がお
 り、そのまた父と母がいるというように親子の関係は途切れることなく連綿と続いているわけですが、言い方を
 かえれば先祖があって自分が存在するということになります。身近なところを言えば、祖父母があっての親があ
 り、親があっての自分、自分あっての子というように祖父母の行いや生活が親に影響を与え、親の作った環境の
 もとで自分が育ち、自分がつくる家庭のなかで子が育っていくわけですから、祖父母や親の行いや環境というも
 のの幾分かは自分に影響を与え、自分も子や配偶者等に影響を与えているということができます(もちろん形質
 の遺伝ということもあります)。

 

このような考えに立てば人一人の命式には祖父母や親の影響がかならず表れているということがいえますし、
 この関係を認めるからこそ推命では親と自分、自分と子の関係について知ることができるのです。この関係の濃
 淡は自分からみて親と子供の関係が一番濃く、代を遡るほどにその影響が薄くなるというのは当然のことで、親
 をみれば家庭内の様子がうかがえ、子どもをみれば親の態度や口ぶりというのも想像できますが、祖父母や孫の
 様子というのはなかなか知ることが難しいという常識的な判断とも合致します。

 

子平ではこの常識として理解できる考え方や物事の捉え方というのが大切です。上の親子の関係などを表すの
 に例えば年柱を先祖とし、月柱を親とし、日干を自分とし、日支を配偶者とし、時柱を子孫とする考え方や年月
 日時を「根、苗、花、果」や「根、幹、花、実」として説明されていることをご存知の方も多いことと思います。

これは「淵海子平 巻一」の「論日為主」の項に「年を以って根と為し月を以って苗と為し日を持って花と為
 し時を以って果と為す」という一文があるとおり子平の基本的な考え方なのですが、この文自体は親子関係など
 に言及していませんのであまり注意される箇所ではないかもしれません。ところが親子関係を考える時、この
 「根、苗、花、果」と「祖父母、親、自分、子」と言う関係が似ていることに気がつけば、多くのヒントを与え
 てくれるところなのです。つまり人間を花に例えて、その花がどのような地に根ざしたどのような草木に開いた
 花か、またその花はどのような果実を結ぶのかという視点で命式を考えれば、どのような環境に咲いた花かが分
 かり、どのような実をつけるのかがわかるということなのです。

 

また、一方では五行の相生相剋をもって説明されていることもあります。印を親とし食傷を子とするのは子平
 における基本的知識ですが、この通変の関係も常識に照らしてよく考えるならばこちらの面からも六親の関係を
 把握することができるのです。

 

子平の命理を現実の人間に当てはめるようとするならば親子の関係とはどういうことか、どういうケースの時
 どのように表われるのか、ということについて思いを巡らせる必要があります。理論的な格局論議に終始してい
 るばかりでは現実の役にたちません。例えば從財とはどういうことか、どのように心掛けて生きるのがよいのか、
 などについてもよく考えておく必要があります。

◆刑冲破害

 

刑冲破害は日本の推命書や淵海子平、三命通会等中国の推命書にも記載されており、推命においては基本的な
 知識として扱われています。ただ、滴天髄においては巻一 通神論 地支の項に「支神只以沖為重、刑與穿兮動不
 動」や「刑之義無所取」等と記載され沖のみを重視するような考え方となっており、推命を学ぶ者にとっては混乱
 の原因となっています。まして滴天髄には「子平の聖典」などという困った呼び名もあり、滴天髄一辺倒の狭窄症
 状を呈したものも表われています。

 

(注)滴天髄は子平の書の中ではよく書かれている方ですが、実践レベルから見た評価をするならば70点前後が
   妥当なところではないかと思います。これは滴天髄の内容だけでなく任注を書かれた任鉄樵氏の命式からみ
   てもわかります。任氏が子平の道理を真に理解しはじめたのは大運の第六運半ば以降ですし、これ以降もい
   わゆる完璧に会得されてはいないと思われます。任氏の性格から任注は誠実な気持ちで持てる知識を駆使し
   て書かかれたのでしょうが、そうであればあるほど残念ながら「優」を与えることはできません。

 

刑沖破害は滴天髄的な考え方である五行の生剋からその意義を理解することもできますので、刑沖など無視して
 よいということもできますが、それをどのように敷衍するかがわかれば応用力がつくものです。今回は刑を例にと
 って話をしてみましょう。

 

 

刑にはおおよそ次のような種類があります(流派などにより多少食い違いはあります)。

子卯の刑(無禮の刑)

寅巳申の刑(勢いを恃む刑)

丑戌未の刑(恩なき刑)

酉亥午辰の自刑

 

このなかで例えば最初の子と卯はなぜ刑になるか、ということです。滴天髄には子と卯は相生であり、なぜ刑
 なのか、と疑問をもって書かれています。これについてはつぎのように説明することができます。

 

刑とはのり、おきてでありこれを越えること、犯すことを刑といいます。すなわち子は卯木にとって水であり
 印にあたります。子からみれば卯は自分から生じたものであり子供にあたります。水は本来土を通して木に与え
 るものであり、土がなく子と卯のみでは水生栽培のごとく卯は水にのみ頼って生きることになります。これを人
 事においてみると次のように成ります。子供(卯木)は親(子水)に頼りきりとなり、大地に根をはって成長す
 ることを知らず、いつまでたっても自立することを学びません。親(子水)は親で子供(卯)に水を与えるだけ
 で甘やかすだけ甘やかし、仁情はびこりそこには親子の間の規律もなにもありません。このとき既に親子の間に
 あるべき「のり、おきて」を超えた刑の状態となっています。

 

このような親子の関係が将来どのような結果を齎すかは明らかです。子供は働くことを知らずに育てば生活の
 資はまず第一に親の財に求めるようになります。働かずして風来坊暮らしの子供には親が後でいくら意見しても
 聞く耳はもちません。かえって親を脅し親から金銭を奪うようなことにもなりかねません。このようになって親
 は初めて自分の育て方が間違っていたと悔いるのですが、時すでに遅しです。

一方、このように育って(育てられて)成人した子供は社会の常識やルールをきちんと守ろうとする気持ちは
 薄く、ときに法を犯すような行動も取りかねません。法を犯せば本人は刑に服すこととなり、親は世間から非難
 を浴び針の筵に居るがごとき生活を強いられます。

  このような結果となったのは子と卯の刑、即ち親と子の間の禮なき生活がもたらした結果であり、子供が成人
 した後まで法をおかし刑罰に服することがないかと心配は絶えません。

 

以上が子と卯が刑となる理由であり、無禮の刑となす所以です。亥と卯では刑にならない理由も上の説明から
 理解することができると思います。寅巳申等の他の刑や害などについてもどのようなときに働き、何をもって解
 くか、人事に当てはめるとどのような形となって表われるのかなどをよく考察することは非常に大切であり重要
 なことなのです。

 

(補記)

   上の説明は子と卯のみの関係について述べたものであり、実際には命式全体をみて判断しますので、子と卯
  があるからといってすべての命式がこのように働くわけではないことはいうまでもありません。ほかに三合な
  ども重要なものであり、この原理がわからなければ推命を理解したということはできません。

 

(補記2)

   刑などについて市販の書では、ごく簡単に記載されているだけで「なんだこれは」程度の印象しか持たれな
  いかと思いますが、このような支と支の組み合わせによりどのような形態、事象を起すのかということを一つ
  一つ積み重ねることが推命を学ぶ上で重要な作業なのです。

◆寒暖

 

推命では五行の調和ということが言われます。命式の五行について大過、不及、強弱を判断し、或いは制し、
 或いは洩らし或いは扶け或いは生ぜしめ、以って五行の調和を整えることが大切です。特に水火即ち寒暖燥湿の
 調和については重要視されており、造化元鑰などの書物が著されています(注)。

注:造化元鑰は本来、月令と十干の関係から導き出される用神全般について述べたものです。

 

命式の寒暖燥湿の調和を整えるための用神を特に調候用神ということはご存知のことと思いますが、今回はこ
 の調和をはかることが必ずしも命式にとって吉ではない場合がある、ということを述べてみましょう。

 

命式には格(格局の格)というものがあります。格をなす命式はその格に従うべきで生涯格を保ち続けること
 が重要です。特に従格の場合、格を破ることはその人にとって不幸のはじまりとなります。本人の希望や感情と
 は関係ありません。その命にとって取るべき道はきまっているものです。これを感情的な思いで破り、自ら不幸
 を招きながら世間を恨み、他人を悪くいうケースが多くあります。

 

特に近年は自分の主張や考えを述べることが無条件に賛美される風潮のため、時、場所、相手を省みずに欲望
 のままに勝手なことをいう人間が増えています。「自分は間違っていない。なぜ、理解してくれないのか」これ
 が多く耳にする言葉です。

 

次の命式(男命:時刻不明)をごらんください。

   日 月 年

   乙 癸 戊

   丑 亥 辰

 辛庚己戊丁丙乙甲癸

 未午巳辰卯寅丑子亥

 

造化元鑰では亥月の乙の場合、いろいろなケースがかかれていますが丙が重要であることは変わりません。寒
 冷の命に第四運の丙が来て寒暖整い良好となるように思われるでしょうか。また第四、第五の寅、卯となり乙木
 通根し力を得て吉化するでしょうか。

 

実際は第四運丙寅がこの命式の不幸の始まりです。この命は從財格であるべきであって、丙寅、丁卯や巳午未
 は自我を強め独善化を促し希望が通らず破格となります。会社にあっては自分の意見を強く主張し、ために周囲
 もこれを憚ります。

優れた技術を持ちながらもその性格のために生かしきれず孤独の傾向が非常に強いのです。事業を興したいが
 その成否如何、ということでしたが事業運もありません。本命は自我を抑えて人に使われるべき命であって独立
 は天に逆らう生き方となります。

これを寒暖の調和が取れる第四運以降は吉である、事業可と判断すると、この人を不幸の谷へ突き落とすこと
 となり、その罪大なるものといわざるを得ません。

 

上の例のように寒暖の調和というものは容易にとれるものばかりではなく安易に判断すべきものでもありませ
 ん。調候だ、寒暖燥湿だ、水火だといって造化元鑰や窮通宝鑑などをもとに判断を下すとことは木をみて森を見ず
 で思わぬ過ちを犯すこととなります。

 

(注)

上の命に対し時柱が不明だから判断はできないなどと書生(古い!)のようなことは言わないようにしましょう。

わかる人にはわかるものなのです。

◆命と六親(二)

 

「命と六親」の項で、「四柱推命によれば、一人の人間の持つ様々な特性のほかにその人間を取り巻く環境、
 例えば先祖、家族、夫婦、子供のことなどが分かるとされています」と書きました。また先人たちの書にも殆ど
 例外なく同じように記載されています。

 

以下、3冊の例(この3冊をあげた意図は特にありません)

「推命は父母兄弟妻妾子孫の吉凶禍福を明示する論命の学説である」松本義亮:四柱推命奥義秘伝録

「1.気質、性格、感情 2.知能、能力 3.祖先、両親・・以下略」武田孝玄:四柱推命入門

「八字から六親を推測する。・・祖先、父母、妻妾、子孫・・」洪丕謨他中村章八他訳:中国算命術

 

さて、一つの命式から本人や父母、子供など本人と直接つながりがある場合は多少わかることがあり得る、ということは
 なんとなくでも納得いただけると思いますが、「祖先」となるとどの程度分かるものでしょうか。

注:ここでいう祖先とは祖父母以上の代を表すとします。

 

推命の書は「祖先」といいながら「父母」の例でとどまっており、祖父母やそれを超えた鑑定の実例をみたことがありま
 せん。仮に祖先のことがわかったとしても現在の人間とはあまり関わることが少ないので重要視していないのかもしれませ
 んし、公開していない部分があるのかもしれません。

従って、先人や現代の推命家達がどの程度まで祖先のことが分かったのか不明ですが、現実的には永く祖先の恩恵をうけ
 ている家や祖先の不幸が現代まで影響を与えている場合があります。祖先の恩恵に浴している場合はいいのですが、不幸の
 場合は本人の責任ではないこともあり、その環境を改善させてあげたいと言うケースも稀にあります。

 

今回はそのような例をあげてみましょう。次の命式をご覧下さい(時柱不明).

 

   日 月 年 女

   戊 戊 癸 命

   辰 午 丑

 

 乙甲癸壬辛庚己戊

 丑子亥戌酉申未午

 

この方の家庭は長年に渡って不幸が続き、経済的にも恵まれず凋落と表現するしかない状態でした。また相談者
 の後嗣はないため、このままでは絶家してしまうということで相談にこられたのです。

命式からそのような状況に陥るとすれば、この家の不幸は相談者より数えて4代前と5代前の時に災難に見舞わ
 れ、その影響が現代まで尾を引いていることが推定できます。また事実はその通りであり代々生きるのに必死であ
 ったことを話されました。これに対しては然るべき方法を示し無事養子縁組がなり家が続くこととなりました。こ
 のような場合、どのような特徴をもった命の人が後継ぎとなるかも分かります。

 

命式から先祖のことがわかるケースとして一例をあげましたが、多くの推命の書がその例をあげていないことか
 ら、今回は参考として記載してみました。入門から少し進んだ方を対象としている本サイトの記事の中では今回は
 少し難しい例かもしれませんが、実力を養うために研究してみてください。

性格診断

 

  推命では人の性格を判断することができますが、この性格判断はどのような考え方、見方をすべきでしょうか。

 性格の分類には昔から心理学や精神分析などでも行われていますが、様々な性格の特徴がどのような仕組みで表
 われるのかという面では何ら回答が与えられているようには思えません。現在においては遺伝子レベルでの研究が
 されており(人間行動遺伝学)、むしろこちらのほうがより確実で理論的な結果をもたらしてくれるのではないか
 と思います。

 

  人間行動遺伝学においては、ヒトの性格や知能、気質や行動様式についてどのような性格特徴や行動が遺伝的な
 ものであるか、また遺伝と環境の両要因が関係しているとすればどちらの要因がどの程度の影響を与えるのかとい
 う問題を取り扱います。この研究の一手法として一卵性双生児と二卵性双生児を対象として、同じ環境で育ったケ
 ースと片方が養子にだされたケースについて両者の相関を測定するのですが、例えば現段階ではつぎのような結果
 が発表されています。

 

  ◆性格・病気R.Plominからの抜粋。数字はグラフからの読み取りのため多少正確性に欠ける)

          二卵性双生児、一卵性双生児、

  (1)外向性   0.2    0.5

  (2)神経質   0.2    0.45

  (3)リウマチ  0.1    0.5

  (4)高血圧   0.1    0.25

 

  ※外向性や神経質などの傾向は一卵性双生児の相関が高く、遺伝的要因が多いと見られる

 

  ◆一卵性双生児間の相関(Buchardによる。数字はグラフからの読み取りのため多少正確性に欠ける)

             離れて成長  一緒に成長

  (1)多次元性格検査 0.45   0.44

  (2)職業的関心   0.39   0.45

  (3)宗教的態度   0.44   0.45

  (4)指紋隆起線数  0.97   0.95

  

  ※身体的特徴は極めて相関が高くほとんど遺伝的要因できまるが、性格分析や職業、宗教などに対する態度は
   環境的要因がかなり働いていることが推定される。ただ相関が同程度であることから遺伝的影響も大きいこ
   とが分かる。

 

  上の二つの例は、もって生まれた性格的特徴があるということと育ってきた環境により性格が変わるという言
 わば常識的な結果ともいえますが、遺伝子レベルでどのような形質がどの遺伝子や遺伝子の組合せで決定される
 のかということが今後の研究によって明らかにされてくることでしょう。期待される分野です。

 

  一方、推命ではどのように性格が判断されているのでしょうか。おそらく月支によるもの、日干によるものが
 ほとんどであり、多少通変などを考慮しているに過ぎないというところが実際でしょう。出版されているもので
 もほとんどがこのタイプです。子月生れの性格、甲の性格、比肩の性格等々、なぜそのような特徴が表われるの
 かという理由も根拠もありません。ただ「こうなっているんです、いるはずです」だけではお寒い限りで、これ
 からの世には受け入れられなくなっていくでしょう。

 

  もう一つ。推命や他の占術により性格がわかったとして何の役に立つのでしょうか。役立てることができるで
 しょうか。人間の性格は様々であるからこそ面白く、そしてそれが自然なのではないでしょうか。自分の意見を
 大勢のなかで表明することが苦手な人に「もう少し積極的になれ」といっても本人が望まない限り変わるもので
 はありませんし、すべての人が自己主張しだしたら収拾がつきません。また、性格が環境によって反対の特徴を
 表すこともあります(Aさんにはやさしく、Bさんには冷たくあたるなど)。

 

  現在広く行われている占いによる性格診断などは、上のようにもともと変化に富む要素をもつ性格を診断して、
 一体なにをどうしようというのでしょうか。相手が自分をどう思っているか知りたい? 相手に好かれるために
 自分の性格をどう変えたらいいか知りたい? これでは幼児の“おままごと”にすぎません。

 

  推命の性格診断は、その人の行動や判断のもととなる根本的な視点や価値観をその機構とともに知ることがで
 きるというところに意義があります。そしてその仕組みが分かっているからこそ大運や歳運という環境変化の要
 素を考慮して一生の命運を判断することができるのです。

 

 (補記)

  性格診断において、例えば比肩という通変がもつ意味がありますが、命中にある場合、大運にある場合等で具
 体的事象としての意味が異なります(つまりケースバイケース)。推命を扱うものはこの差異を知ることが大切
 です。

◆性格診断(二)

 

  人の性格は性格を変えようとする自分自身の強い意思がなければ容易に変えられるものではありません。今
 流行の訓練