みーちゃんと車の話

みーちゃんが免許をとったのは確か二十歳になったころ。ところは台湾、つまり「車は右側を走る」国で、左ハンドルの車で、そして中国語で教習所に通ったのでした。免許の試験は当然漢字ばかりでしたが、これが、なぜか難なく一度でパスし、実地テストも優秀な成績で、無事免許取得となりました\(^O^)/バンザーイ

台湾国内では運転したことがなく、これを国際免許に切り替えて日本に戻りました。期間限定の国際免許だったために、すぐに日本の免許に切り替えるべく免許センターに走ったものの・・・

「とりあえず、ちょっと運転してもらいましょうか・・・」の教官の一言に愕然!それでも、初めての右ハンドル車に乗り込み、なんとか笑顔で誤魔化しながら「運転できます!」と証明したみーちゃんでした・・・(^_^ゞ

以来、駐車違反は数回あったけれど、無事故で現在に至っています。公共交通機関の利用しにくい田舎では、生活必需品として現在に至るまで車は、欠かすことはできません。

そんなみーちゃんの車の歴史をふりかえろうと・・・必死で写真を探しました。古いアルバムの中に・・・ありました!(^O^)きっと、車の車種から時代と年代がわかるはずです。

 

HONDA Life

帰国後、バイトの掛け持ちをしながら初めて買った中古車。10万円ぐらいだったかなぁ。従兄や知人に横に乗ってもらって、少しだけ練習したあとは、とりあえずひとりでどこでも行きました。購入時のシルバーの塗装が少々やつれていたので、思いきって塗装し直し、結婚後もしばらく乗っていました。

 

TOYOTA Celica

当時、車をこよなく愛する現夫とは、この車でよく出かけました。奈良や京都、神戸は日帰りで快適なドライブを楽しんだものでした。デートと言えばドライブ・・・雪道の高野山は途中で引き返したのも懐かしい思い出です。

 

DAIHATSU Mira Cuore

買い物や、子どもを連れての外出にコンパクトな車を、とライフの後は4ドアの軽自動車を購入。もっぱら、息子達の病院通いと公園めぐりに重宝しました。

 

NISSAN Cherry Vanette

セリカを手放した夫の通勤&仕事はこの車でした。当時奈良に住むみーちゃんの父母をたずね、遠出をするときはシートを倒して布団を敷いて、子ども達はいつでも寝て移動・・・これが盆と正月の恒例行事になっていました。

おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に出かけるのには便利な車でした。また、息子の剣道の試合や遠征には防具を積み込んであちこち送迎しました。

 

ISUZU Piazza

夫のわがままを聞いて買ってしまった車。初めてのオートマ車でしたが、みーちゃんの乗用にはちと大きすぎて、燃費も悪く、嬉し悲しい車でした。

 

その後、息子達が大きくなるにつれ、なかなか写真を撮る機会が少なくなりました。みーちゃんは義妹から譲ってもらったミラパルコに乗ったり、夫は軽トラックに乗るようになったり、家族で出かける事もぐんと減りました。

現在の愛車は、ホンダの↓シビックフェリオ(シルバーグレーのはずが手入れ不行き届きのため灰色になっている・・・^^;)で、夫はスズキキャリーで通勤中です。

   息子の最後の愛車

近年、我が家で一番大きな車に乗っているのは長男(雪景色の写真の子ども)でしたが。急性心不全のため2002.8.14、急死しました。

DAIHATSU Mira

2008年6月・・・親孝行旅行のつもりで白浜・串本への旅の途中・・・南への高速道路にてエンジントラブル発生→路肩に緊急停車(というより止まってしまった)→緊急電話初使用→レッカー車での牽引→有田のディーラーへ緊急入院しました。その後シビックは廃車となり、7月に軽自動車が届きました。

10年以上乗ったシビックより車体は小さいのに内部は広々!フットブレーキやキーレスエントリーなど便利な機能満載の嬉しいミニカーです。