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平成13年8月12日〜8月13日(一泊二日)
序章
「熊野古道」なんとなく魅力的な響き、テレビや本で見るたびに「一度は行って
みたい」 と思うだけでなかなか実現せず、盆休みを利用して今年こそと思い、
数日前よりインターネットを使って情報収集、中辺路町のHP・TOTUさんのHPな
ど見て回ったり、和歌山県事務所に出かけてパンフレットを集めたり、一応の準
備をして(ただ問題なのは、お金が無いのと、嫁さんの許可がでるかどうか)いよ
いよ休みに入り、それとなく嫁さんに話すと案の定不機嫌になり(ちなみに彼女
は盆休みは出勤)何やかやと文句を言っていたが、暗黙の了解と勝手な解釈を
して(したがつて資金の援助は無し)手早く準備を整え彼女が出勤している間に
家を出ることに成功。
全コースを走破するつもりで、JRきのくに線「快速」にて紀伊田辺
へ、野宿覚悟で降り立ったのが20:30分迷いに迷った末、ビジネ
スホテルを値切って投宿したものの、ここですでに全コース走破
は疑問となる。
出発
ホテルを出て、駅前通りのコンビニで、「おにぎり・パン・飲み物等」を買って
バス停へ、天候も心配せずに済みそうである。
定刻の7:00にJRバス「栗栖川」行きに乗車、学校が夏休みの為か、乗客は
5人国道42号線を経由して311号線、富田・大塔を通り、中辺路滝尻へ7:40
分の定刻に到着、途中1人だけ下車されたが結局最後まで4名の乗客のま
まで、その4名も全員滝尻で下車、男性1人はどこかへ行かれたが、熟年(私
と同年代?)のご夫婦と私の3人は、富田川を渡り、川の袂にある「滝尻王子」
へ向かう。
向かい側には、「熊野古道館」があるが、まだ開いてないので、トイレだけ借用。 この付近は、両側から山が迫り、万屋らしき1軒の店だけが開いており、近くで キャンプしている人が数名出入りしているだけであった。
滝尻⇒高原霧の里(3.7km)
どうやら、熟年夫婦も同じ目的のようである。 7:45分彼らより一足先にまずは、0.4km先の「不寝王子」をめざしてスタートする。 いきなりの登り(それも相当きつい)であり、100m程進んだところで早くも息が上
がりチラッと後悔の念が頭をかすめる。休み休みやっと「胎内くぐり」「乳岩」にた
どりつくここまで、まだわずか300m程進んだだけである。乳岩を後にして進んで
行くと、どうもおかしい、道がはっきりしなくなってきたので上の方を見ると尾根筋
に道がありそうである斜面を30m程藪こぎをして上方に向かう、途中、上の道を
ご夫婦が通過して行くのが見え一安心、正規の道にもどりゆるい坂道を進むと
「不寝王子」の祠が見えてくる。 8:10分、祠を後にして、相変わらず続くきつい登りを休みつつ40分ほどあえぎな
がら登って「剣ノ山」の頂きに辿り着いた後は比較的なだら
かな道をピッチを上げて進んで集落の中へ入った所に「高原
熊野神社(高原王子)」の立派な神殿が大きなクスノ木の下
に建っています。 そこから50m程行ったところに「高原霧の里」の休憩所があ
り、展望もよく、暫く店番のおばさんと話をする。
「昨年は、結構人が多かったが、今年は平均1日3〜5名程の人が古道を歩いて
いるようで、よくこの前の道を間違えるのです」との事。 ちなみに、飲み物など調達するのでしたら此処でしかありませんので(次は牛馬
童子の手前約1.5km)注意して下さい。
高原霧の里⇒大門王子(1.9km)
30分程休憩した後、10:00分、教えてもらった通り民家の間の古道を登りはじめ
る。民家の入り口には、「旧旅籠」「旧旅館」などとかかれた小さな木片がかけて
あった。 幅30cm程の坂を80m、広くなったところを更に行くと右手雑木林の向こうに「高
原池」がそして、そのさき左手には新しい石柱に「和歌山より24里」の一里塚が
そして山小屋風の休憩所(トイレあり)がありますが、あまり利用されていない気
もします。 ゆるく、時にはキツイアップダウンを繰り返しながら40分「大門王子」の祠の前に
出ます。
大門王子⇒十丈王子(1.5km)
きれいな社殿の後ろに大門王子の碑と笠塔婆が大きな2本の杉の木に寄り添う
ように建っている社殿を後にして、軽い登りを進んで行く、杉木立の中、心地よ
い風が吹き、やはり歩いて良かったとの思いが強く沸いてきて、気力も充実一
気に「十丈王子」の祠へ、やはりこの祠の100m程手前に山小屋風の休憩所(ト
イレあり)があります、ここには、「非常電話」もあり、また、水の補給が出来ます。
私も、最初は飲めるのか不安でしたが、喉の渇きに耐えら
れず飲みましたが、今日現在腹痛は起こしてませんので大
丈夫だと思います。空になったペットボトルに水を補給する事
を強くお勧めします。
十丈王子⇒大坂本王子(4.3km)
十丈王子を11:15分に出発、だらだらの上り坂を超スローペースで黙々と登る 「悪四郎屋敷跡」の立て看板を過ぎ「上田和茶屋跡」まで来ると道も下りとなり、 一気に大坂本王子へ向かうのであるが、石畳の道にすべりながら注意して下っ
ていたのですが、すこし急な下り坂であっというまに後ろ向きで転倒、持ってい
たデジカメのバッテリーケースが開き、腕は電流が走ったように痺れてしばらく
動けませんでした。 幸いにも、スリ傷程度ですんだのも、リュックを背負っていた為、直接頭を打たな
かったのがよかったようです、 その後、もう一度足をすべらしました
が何事も無く、又デジカメも故障せずに林道との合流地点(逢坂峠)
に到着、時間は12:20分、ここで買ってきた「おにぎり・パン」の昼食
を済ます。
閑話休題
歩き始めて気がついたのであるが、「熊野古道」の整備の良さには感心するば
かりでした。住んでいる土地柄、「明日香」「山ノ辺」「葛城」などを歩き回ってい
ますが、此れほど迄に、道標・標識がきっちりと管理されているのには尊敬の
念さえ覚えます。 特に、山中の道では、道標だけが頼りです。(山岳地図やコンパスを持って歩く
方なんかは極少数だと思います。) わき道・けもの道・林道など間違いそうな所には必ずルートを示す道標があり、 間違っている道にはそれが明らかに間違いと判る所にも「この道は熊野古道で
はありません」の標示が建っています。 これほどであれば、地図がなくても迷わず歩くことが出来ます(それでも私はい きなり間違 いましたが)。 また、観光ルートはとかくゴミや空き缶が捨てられているのですが
(地元明日香地方はひどいです。)今日歩いた古道、滝尻⇒近露
間には、ゴミ・空き缶一つ落ちていませんでした。 地元の皆さんの「熊野古道」に対する愛情を感じながら気持ちよ
く歩くことが出来ました。
最後に、滝尻から三越峠まで、500m間隔に立っている標柱「熊
野古道」は、番号が入っているのでそれによって自分の位置が判断できるので安心
して歩けました。(ちなみに近露付近は#25 約12.5km)
大坂本王子⇒近露王子(2.9km)
にわか雨がパラつきだしたので12:50分に林道を横切って再び山の中へ、しばら く下っていくと13:20分頃「大坂本王子」の前に出ます。「上田和茶屋跡」をでてか らは、ずっと下り坂なので、体も楽になり、腕は痺れたままの状態で、右手下のほ うに国道311号線が接近してきます。 ちょうど、国道と平行になった所が「道の駅・熊野古道なかへち」の前、JRバス 「牛馬童子像口」となり、近露まで3km弱となったので、暫く休憩
するのもよいでしょう(中辺路の物産を買うならここが適当かも、
近露ではお土産店は見つけられませんでした。 でも、牛馬童子像まで少し登りが続きますので買い込み過ぎな
い様に)にわか雨も上がり、再び古道へ戻り、少し急な坂道を登
り始めたが、すでに体も慣れてきたのか、比較的楽に進み、
13:45分「牛馬童子像」に到着、いよいよ今日の目的地「近露王子」を目指して一気
に下っていきます。 山道を抜けると眼前に広がるのは近露の集落と日置川に掛かる国道311号線、 そしてその後ろに迫る幾多の山並みこれまでの疲れが吹っ飛ぶような爽快気 持ちになれます。 周囲は整備された公園となっており、東屋風の建物が数個ありゆっくりと寛げる ようになっています。 公園を後にして、旧国道を横切り、集落のなかへ、県道を渡って先程、上から 見た日置川を渡ると「近露王子」の境内になります。到着時刻は
14:10分、同時に出発したご夫婦もすでに到着されていました。
全行程約14.5km
所要時間6時間25分、これが遅いか早いかは 別として、水をかぶったようなシャッやズボンを見て一人ニヤつい
ていました。
終章
とりあえず汗を流してさっぱりしたかったので、日置川の傍にある「ひすい湯」へ、 近露王子から約5分程歩いた民宿「ちかつゆ」に併設された温泉へ向かいました。 入浴料500円を払い中に入ると、私一人の貸切状態で、ゆっくりと汗を流し、着 替えをして土産でもと考えましたが生憎、民宿にはなく、付近も探したのですが 見つけることが出来ずに、JRバス「近露」発15.54分の「紀伊田辺」行きに乗車 途中花火大会のための渋滞に巻き込まれ、定刻15分遅れの
17時20分に無事「紀伊田辺」に到着。 17:38分の「和歌山」行普通に乗車、乗り換えた後20:32分天王寺
到着。
後日談
行くときは、野宿してでも全コース走破と意気込んでいましたが、結局スタート 直後の400mで挫折やはり、私の体力では、近露で一泊(野宿でもして)しても、 翌日無事「本宮」に着けるかどうかも判らずましてや、意思の弱さはピカ一、野 宿のつもりが必死にホテルを探した事を考えると、どうしてもあと2泊は必要とな り、休みはあるけど金は無し(これでも真剣に迷ったのです。)では仕方なく、次 の機会に回す事で、自分自身を納得させました。 家に帰ると相変わらず、嫁さんのご機嫌は斜めでしたが、翌日だまって「福沢さ ん」を呉れましたので給料日まで、生き長らえる事が出来たと感謝している次 第です。

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