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職 務 体 験 談

タイトル

良い司法書士・悪い司法書士・普通の司法書士

 テキストばかりで申し訳ありません…ハードディスクに保存してからじっくりご覧下さい。

1994年1月14日(金)
 S宅建のYさんから土地と建物の所有権移転の登記を依頼される。買主は私の知合いの税理士のDさんの父上。現金決済。登記簿謄本を見せてもらうが、権利証がないそうである。保証書は売主の親族が作成するそうだ。売主本人と連絡がつくかどうか尋ねたら、売主の甥とT不動産が間に入っていて、まだ本人とは連絡がとれないとのこと。何となく、おどおどした態度を見せるYさん。これは怪しいとピンとくるものがあった。が、まだ怪しいと決ったわけではないので受託拒否できないから、とりあえずは関わることとした。

 物件は宗像市内にあり、その所有者は福岡市内の人で、買主は北九州市内の人である。本人確認、物件の確認、意思の確認は手間取るかも知れない。

1994年2月7日(月)
 Dさんから連絡が入る。契約日が延期になったそうだ。Dさんの父は今住んでいる家を売却して、今回購入する家に住むそうであるが、売却はとっくに済んでいて、6月末までに明け渡さねばならないので、家の購入が出来なければ住む場所がなくなってしまう。Dさんは「オヤジはもう年だから、アパートなんかではなく、一軒家に住まわせてやりたい、そのためには今回の契約は何としてでも成立させたい、流す訳には行かない」と言った。

1994年2月10日(木)
 Dさんから連絡が入る。また契約日が延期になったと。何でも所有者の甥が、もう少し待ってくれと言っているそうだ。やはり怪しい。こんなにコロコロ変わって、本当に大丈夫だろうか。甥が伯母の不動産を勝手に売りに出しているかもしれない、事後承諾をとるための説得に手間取っているのかもしれない。もしそれができなければ、決済の日に偽造の印鑑証明と虚偽の保証書と共に替え玉を連れてくる可能性もある・・・甥が伯母の代りに手付や代金を受け取りたいと言っている・・・「本人に手渡すのが原則ですが」「もし売主が替え玉であったら、契約を中止するように言いますが、司法書士の職務として当然のことですので、私を怨まないで下さいね」と私はDさんに言った。

 Dさんは仲介のYさんに電話して、お金は絶対に本人に手渡したい、そのように段取りを組んでくれと、やかましく言った。

 仮に私が詐欺師として、人をだます方法を考えた。実印と印鑑証明は絶対必要だから、これらを偽造しないといけない。住所を勝手に移して印鑑証明を失効させ、再登録する方法もある。お年ならば運転免許証は持ってないかもしれないので、健康保険証の偽造・・・それらを押えれば良いのでは。 

1994年2月11日(金)
 午前中、宗像市の現地に行く。写真を何枚も撮影する。もちろん、周囲の店舗などの様子もメモする。違う家の写真も撮影する。これを一番初めに見せて、これですと言ったら替え玉間違いなし。もっとも、違うと言った場合も、替え玉の可能性あり。本人確認の時は生年月日を聞こう。エトはウサギ年だな。

 夕方、福岡に行く。まず電話帳を調べる。そして住所地におもむく。公団住宅の○○○号室。本当に人が住んでいるかどうか分かるだろう。住んでいなければ入院しているかも。入口ドア付近はきれいに掃除されている。台所らしき場所の窓が少し開いている。電気メーターは僅かに動いている。一階入口の郵便受けに郵便物が若干ある。おそらく人が住んでいるだろう。また数日後来よう。その時にもう一度確認しよう。

 隣近所の部屋の表札もメモをとっておいた。公団住宅の近所の店も、バス停の名前も。契約日当日、売主に近所つき合いや、買物などについて尋ねよう。矛盾があれば明かに替え玉だ。健康保険証を見せてもらおう。裏に医者にかかった記録があるはずだ。

 知合いの司法書士の事務所を尋ね、福岡市の印鑑証明はどんなのか、訳を話してから手持ちの物を見せてもらった。枠のレイアウト、活字の配置、認証印の様子、紋様、果ては紙の手触りまで頭にたたき込んだ。偽造できるものならしてみろ。一目で見破ってやる・・・

1994年2月12日(日)
 今まで自分が確認したこと、及び先日考えた本人確認の方法をDさんに教えた。Dさん、びっくりした顔をしていわく「司法書士さんて、そこまでする?」・・・普通は怪しいと思わない限りここまではしません。

1994年2月14日(月)
 契約日が本決まりになったとDさんから連絡。契約日の前日に売主本人を北九州の甥の自宅に連れてきて、そこでYさんも立ち会って契約するそうだ。売主側の仲介のT不動産は「これはやばい」と思ったのか、手を引くと言ってきそうだ。よし、それまでに確認作業をできるだけしよう。まずは名変がないかどうか住民票を速達郵送で請求。

1994年2月17日(木)
 売主の住民票では住所は福岡市中央区大手門○番○号で、15年間変わっていない。前の住所は物件所在地の宗像市大字□□○○番地の○だ。ならば物件の様子は良く知っているはずだ。一人暮しのようだ。登記簿上の住所は福岡市中央区大手町○番○ー○○○号と現住所のようだが、「大手門」が「大手町」と記入されている。誤記入だろう。所有権登記名義人表示更正登記を申請しなくては。戸籍謄本、戸籍の附票、不在籍不在住証明、評価証明、納税証明を取り寄せねば。

 住民票は異動ないが、入院している可能性もある。

1994年2月25日(金)
 契約前日の夕方、東郷出張所で直前閲覧をする。異常なし。

 そして売主の住所地へ行く。行きの車中、私の心の中は、今、一人の老婆の財産が不正に横取りされようとしているかもしれない、それだけは何としてでも防ぎたい、何とか真実であるとの確認をとりたい、どうか明日はご本人とお会いできますように、との思いで一杯だった。お住いの明りは全て消えている。電気メーターは僅かに動いている。冷蔵庫が動いているのだろう。郵便受けの中身は先日と全く違う(外から見ただけだよ)。電話しても出ない。人は住んでいるが、今は留守だ。

1994年2月26日(土)
 契約当日の朝、事務所から売主の自宅に電話する。もし、これで本人が電話に出れば、決済の場にいる売主は替え玉間違いなしだ。出ない。よし。が、まだ油断はできない。

 不安ながらも、契約の場所へDさんと一緒に行く。品のよさそうなおばあちゃんが応接間の奥に座っている。先に来ていたYさんから、売主さんですと紹介をうける。第一印象、本人に間違いないと思った。が、念のために本人確認をする。健康保険証を見せてもらう。裏は空白の枠があるのみ。健康なのでまず医者にかからないそうだ。「健康で何よりですね」と言ってあげた。実印と印鑑証明を拝見。長年使い込んだ印章といい、印鑑証明の手触りといい、まず本物であろう。私は「ははー大正4年生まれですか。エトはウマですね」と言い、売主は「いいえ、ウサギです」と答えた。その他近所付き合いや周囲の店舗について尋ねる。別に不信感を抱かせる様子はない。物件確認で、「今度お売りになる物件はこれですね」と違う写真を見せる。「違います」「あ、失礼しました、これですね」と本物の写真を見せる。「ああ、これです」家の造作のこと、家の周囲の様子も尋ねた。

 Dさんが「安部さん、手付を払ってもいいですか」と尋ねてきたので、私は「はい、契約を進められて結構ですよ」と自信たっぷりに答えた。

 売主の保証人は親族の方で、この場に来ていた。ちゃんと保証書もできていた。印鑑証明、登記簿謄本も揃っていた。売主の甥の奥さんが測量事務所に勤務されていて、そこに司法書士が勤務しているそうで、お願いして作成していただいたそうだ。なるほど。

 話を聞くうちに、やはり最初は甥が勝手に売りに出したそうだ。聞くところによると、かつて、家の改装資金を甥が伯母に300万円程貸し付けたそうだが、伯母は高齢のため、いつ死ぬか分からない。死んでしまっては貸金の回収が困難になるため、生きているうちに不動産を売却して、その代金で回収しようと考え、承諾なしに売りに出して、買い手がついた後で何とか伯母を説得して承認を得たそうである。

 保証書で行うため、確認のハガキが速達の書留で売主のところに郵送されるが、法務局に返送せずに、実印と一緒に残りの代金の決済の時に持ってきて下さいとお願いし、費用を預かって2月28日(月)に登記を申請することにした。

1994年3月15日(火)
 先日の約束どおり実印とハガキがそろったと連絡が入ったので、事前閲覧後代金決済、そしてハガキを法務局へ持って行った。

1994年3月18日(金)
 補正もなく、無事登記が完了した。

1994年3月24日(木)
 DさんとYさんと私の三人で慰労会を開いた。Yさんいわく「私のいつも使っている司法書士さんは、あなたみたいにごちゃごちゃ言わずに素直にハイハイと手続してくれるよ。もし契約が流れたらどうするんだよー、もー」

 ここまでやりすぎともいえる程の確認作業をした私は仲介業者にとっては「悪い司法書士」なのか・・・依頼者にとって「良い司法書士」とは、言うがままに書類を作成する者のことなのか・・・

おしまい。


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