S赤十字病院にて
意識がない時、右腕全体が異常に痩せていてミイラのようにしわしわでカラーボールを握らす。毎日ボールを握っていても決して右手からボールが離れることはなかった。そしてその間リハビリの先生が私の両足をマッサージしてたみたいです。 (家族談より)
左脳がやられていたみたいなので右腕が麻痺してたみたいです。
意識が目覚めてすぐ寝たままの状態で右腕全体をマッサージ。(右肩が何故か痩せすぎて肩が脱臼しかかっていた為三角巾をしていました。肩にお肉がつくまでの間)
10日間ぐらい過ぎてから自らの足でリハビリ室に行き電熱器みたいなので30分くらいかけて右肩全体を温めてから右肩から右手、指全体をマッサージ。
※この時右腕全体は麻痺しているんだけどマッサージが痛くて痛くてリハビリの先生に暴言を吐いては良くしかられていました。リハビリの先生は「早くリハビリをしないと麻痺している筋肉が硬くなって動かなくなるから我慢しなさい」とよく言っていました。
栃木県のS温泉が運動麻痺などによく効くと言うことなので、当時運営していた栃木県医師会のS温泉病院に1990年7月11日、私の19歳の誕生日の日に転院。
同時期に抜けた前歯治療のため、J医大学口腔外科に通院。 気管切開したときから喉の奥に違和感があるためD大学の耳鼻咽喉科に通院。
基本的にこの病院は社会復帰を目指す為のリハビリ病院の為、起床したらパジャマのままでいると注意されます。ほとんどの人がジャージなどに着替えてから一日を行動します。
ある程度歩行が可能な患者さんたちは温泉につかります。一日3回以上入浴します。 歩けない患者さんは看護婦さんたちがついて集団で温泉プールに入浴します。そして入浴して体が温まった状態のままでリハビリ室に向かいます。私はマッサージをしてもらって、頭の上にポールがあって、そこに縄が2本あり、そのわっかの中に右、左の手首をいれて両腕を上下運動をしました。右手を左手で添えながら積み木などをひたすら積む。
当時の担当医(D医科大の先生)に風邪は絶対にひかないように。ジェットコースター、過激なコンサート禁止。
その生活を大体11月くらいまでして今度は茨城県のY病院のリハビリに通院しました。マッサージ、右手を左手で添えながら小豆みたいなのを摘む練習をする。このとき右手の握力0でした。
そしてCTスキャンに左脳の部分のどっかに爪くらいの血の塊発見。当時の先生は「脳梗塞みたいなもんだよね」とだけではっきりした説明なし。カルテはヘルペスの病気なのに脳梗塞みたいってどういうこと?????
上記の間ずっと微熱続く。37.3〜37.6℃。
ずっとイライラ間が続く、家族や友達に当たりまくる。自分の右腕が動かないしリハビリの効果期待できず将来悲観して睡眠薬飲んで自殺騒ぎ起こす。S病院の婦長である兄嫁に両親相談、胃洗浄までの問題なし3日間眠り続ける。
翌年の2月頃、右手指動き始めペンで字が少しずつ書けるようになる。
27、28歳くらいまで右腕がよく痺れたりしていました。現在は痺れも数ヶ月間おきとかになってます。でもキーボード押してると右薬指、小指付近が痺れています。