ノワールな月曜日(4)
ソルダの村
廃村の風景が、眼の前に拡がった。
半壊もしくは全壊している民家がほとんどで、半ば焦土と化している。
「ここは」
いっぺんに、記憶が甦った。
麓の、あの村だった。
ノワールである霧香をソルダ本部の追跡から匿おうとして、村人たちが重火器装備のソルダ軍に対して、銃のみで総力戦を挑んだ、あの村。
老人も、子供さえも銃を持って戦いに臨んだ。
アルテナの説くソルダの大義を、心から信仰する人々の村。
いちめんの廃墟だった。誰一人としていない。広場をうろついていた犬さえも。
あの怖ろしい殲滅戦の後、ソルダが全ての証跡を消してしまったのに違いなかった。
「あっちゃー……アタマ痛……はしゃぎすぎたかな」
ミレイユが、蒼い顔をしてよろよろ追いついてきた。
機内サービスのワインをがぶ飲みしすぎて、さすがに反動がきたらしい。
「おー、村じゃん。人はいないみたいね、廃村かしら。ちょうどいいわ。日も暮れてきたし、今夜はここで休みましょう」
「でも、ミレイユ」
「あー分った分った。慌てなくても、荘園は逃げやしないわよ。とにかく決めたわ、ここに泊まるの!」
寝泊りする家を探してくるわ、二人が寝られるベッド位はあるでしょうと意味深なことを言い残して、軽くウインクしつつ、ミレイユは立ち去った。
霧香は、ぽつんと待っていた。
ふと、気がついた。
「これは、あの小道だわ」
見覚えがあった。村をさまよっていたときに、子供たちの声に誘われるようにして、立ち寄った場所。
「そして、ここは」
何気なく、民家の軒先に眼をやった。
手まりが、ころころと足元に転がってきた。
反射的に、拾ってやろうと屈みかけて。
立ちすくんだ。
少女はそこにいた。
クマのぬいぐるみを抱いて、黙って微笑んでいる。
「あなた、あのときの……」
間違いなかった。あの金髪も、可愛らしいドレスも、静かな笑顔さえも。
しばらく、沈黙があたりを覆っていた。
あのとき、自分は見知らぬ少女に言い続けたのだ。ミレイユではないと知っていて、謝り続けたのだ。
『あたしはあなたの家族を殺したの。ごめんなさい、ごめんなさい、ミレイユ』
そして、少女はすべてを赦してくれた。だから、自分は救われたのだ。荘園へ向かう力も取り戻せた。その少女も、凄惨な戦いのさなかに、命を落としたのだとばかり思っていたのだが――。
堰を切ったように、言葉があふれ出た。
「どうして?どうしてあなたは笑うの?だって、あたしはあなたたちを裏切ったのよ。命を賭けて私をソルダから守ってくれたあなたたちを裏切ったのよ。アルテナとノワールの理想を捨てて、あたしたちとして生きていくことを選んだの。そのために、ボルヌもマレンヌも、クロエも、そしてアルテナさえもこの手にかけた。そんなあたしに、どうして笑ってくれるの?」
少女は、にこっと笑った。そして、優しくつぶやいた。
「だって、あなたはノワールですもの」
「いいの。この世界を素敵な所にしてくれれば。だって、パパもママも言ってたもの。あたしたちにはできないことでも、ノワールにならきっとできるって。この混乱した世界を救えるのは、ノワールだけだって。だからおまえも、ノワールのためにお祈りしなさいって。だから、いいの」
そして、もう一度微笑んだ。
霧香の頬を、ひとすじ温かいものが流れた。
手の甲でぬぐうと、濡れていた。
「涙……」
「きりかー、どこにいんのー?イイ場所見つけたわよー」
息を切らせて駆け寄ってきたのはミレイユだった。
「ああ……ミレイユ」
「あんた、何ぼんやりしてんのよ。ま、いつものことだけど」
「ミレイユ、いつか話したでしょう?ミレイユそっくりの女の子のことを。ほら、そこに」
「はあ?何言ってんのよ、誰もいないわよ」
「え?だって、たった今そこに――」
そこには誰もいなかった。
霧香は、茫然と立ちつくした。
秋の風が、音もなく吹き過ぎた。
「それよりさ、ホントにいい場所を見つけたのよ。ふかふかのダブルベッドもあるし、食糧もあるし、何より――」
霧香は聞いていなかった。
消え去った少女に、そっとつぶやいた。
『ありがとう……小さいミレイユ。私元気が出たわ。必ず実現してみせる。あなたたちが望んだはずのすばらしい世界を、きっと。でも、そのためには……』
その人の面影が浮かんだ。慈母と呼ばれた、優しい人。しかし鋼鉄の信念と怖ろしいまでに激しい理想とを持った、美しい人。
『そのためには、彼女と……』
(つづく)

