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誕生記

夏みかん

1994年8月18日午後7時48分、長女“夏みかん”が産まれました。
記録的な猛暑が続き、水不足がTVをにぎわした暑い暑い夏のことでした。

「おめでとうございます。とっても元気な女の子ですよ。」
との看護婦さんの言葉とともに、初めて対面した娘を見て、
「ああ、親父になったんだぁ」と、幸せを感じました。

しかし、その数時間後、「心配なことに赤ちゃんの腰に瘤(こぶ)があります。」と当直の医師に告げられました。

面会した時、娘は処置室のベットでスヤスヤ眠っていました。
心配なことなんて何も無い普通の赤ちゃんに見えました。
腰にある赤っぽい色の瘤を除いて....。

院長先生の薦めにより転院することになりました。
妻には院長先生より
「腰に瘤があるので、念のためこども専門の病院へ移ります」
と説明していただくのが精一杯で、二分脊椎という先天性の疾患であること,また翌日以降に行われた手術のことなどは話せませんでした。
出産で疲れていた妻に対する、私なりの気遣いでした....。

やがて転院先の病院からNICU(新生児集中治療)救急車が駆けつけました。
そしてNICU用のベット(保育器)に乗せられ、転院先の病院へ向かいました 。
転院先の病院の救急玄関には多数の医師や看護婦さんが待っていました。
入院手続きの書類の氏名欄に“○○○ベイビー”、続柄欄に“父”と書いた時、
「ああ、そうか、俺って父親になったんだよなぁ」
とボンヤリ思い出しました。

処置が済んでから、面談室で脳外科と小児内科の医師と面談しました。
先生方から、
娘が二分脊椎という先天性の疾患であること,
水頭症という合併症の恐れがあること,
膀胱や直腸に障害があるかもしれないこと,
歩くのが困難かもしれないこと,
感染の恐れがあるので明日には手術をすること、
などを告げられました。
初めて聞く医療用語の洪水と、自分の子供が障害を背負って産まれた現実で、頭の中はパニック状態でした。

自宅に帰宅したのは19日の午前3時でした。
長女が産まれてからたった7時間しかたっていなのに、永遠の時が流れたかのように思え、しばらくはそのまま呆然としてました。
そのうち見開いた目からボロボロ涙が溢れ出てきました。
そのままの姿で、声をあげ朝まで泣き続けました。

そしてお日様が昇った頃、誓いました。
「娘の前で辛い涙を見せるのは止めよう。家族みんなが笑顔で暮らそう」と。

これは、妻が少し元気になったら読んでもらおうと思い、記した日記です。
今読むと変な日本語だったりしますが、当時の心境が伝わるように、
そのまま記載してあります。



8月18日
今日、女の子の赤ちゃんが生まれました。
19時48分に生まれ、体重は3510gでした。
お利口そうな顔で目を開けてこっちを見ていました。
しかし、残念ながら腰部に瘤(こぶ)があるため、病院を移る事になり、○○○の○○○病院へ救急車で運ばれました。
移転先の病院の先生から、二分脊椎であり、後遺症や合併症について説明を受けました。
その後、夏みかんと対面しましたが、寝台に乗せられた夏みかんには心電図や酸素ボンベなど沢山の機械がつながれていて、可哀想で見ていられませんでした。
夏みかんはお尻を持ち上げたり手足をバタバタさせていたりして、とても元気で、そんな病気だとは信じられませんが、腰の大きな包帯が痛々しかったです。
看護婦さんがおしゃぶりをあげましたが、うまく吸うことが出来ませんでした。
がんばれ!

8月19日
今日は夏みかんの手術が行われる日です。
まず、市役所へ出生届けを出し、赤ちゃんの名前は正式に「○○○○○」になりました。
手術前に夏みかんと面会しました。
体がだんだん肌色になってきました。昨日より今日は静かです。
午後3時20分に夏みかんが手術室に入る前に、そっと耳元で「夏みかん、大変だけど頑張るんだよ」と声をかけてあげました。
夏みかんはお父さんの声がわかるようです。(たぶん・・・・)
 午後8時30分に無事に手術が終了し、夏みかんと面会しましたが、まだ麻酔が完全にきれていないので、とても静かに寝ていました。
 夏みかんの顔には酸素のテントがかけられていました。
こんな小さな子なのに5時間10分もの大手術に耐えた夏みかんに、「よく頑張ったね」と声をかけてあげました。

8月20日
今日は会社に事情を話した後、夏みかんと面会しました。

まだ手術の疲れがあるのか、今日はよく眠っていました。
そっと手を出してあげたらちっちゃな手でお父さんの指を握ってくれました。
途中、泣いたり体を動かしたりして急に機嫌が悪くなったので心配しましたが、看護婦さんが口におしゃぶりを入れてあげたら、急にご機嫌になりました。
夏みかんはうれしそうにおしゃぶりを吸っていました。よかったね、夏みかん。
なお、おしゃぶりを吸うのが上手になりました。また、今日はくしゃみをしていました。

まだ、お母さんの母乳が出ないけど、早くお母さんのお乳が飲めるといいね。(お母さんも頑張っているんだよ)

8月21日
今日の夏みかんは機嫌が悪くてぐずっては良く泣いていました。
夏みかんはおしゃぶりが好きなのか、口元におしゃぶりを持っていってあげると急にご機嫌になります。
また、今日はくしゃみとしゃっくりを何度もしていました。
お母さんに聞いたけど、生まれた時も良くしゃっくりをしていたんだって。
夏みかんは少しだけ目を開けて、お父さんが話し掛けるとこっちを見てくれました。
早くお父さんの顔を覚えてね。
それから使い捨てカメラを持っていって看護婦さんに夏みかんを撮ってもらうようにお願いしました。可愛いお顔の写真をたくさん撮ってもらってね。
明日はCTの検査があり、検査の結果次第では水頭症の手術を行います。
また、辛い目に会うけど頑張るんだよ。
 お母さんはもう少しで母乳が出そうなんだって。
もうすぐお母さんの母乳が飲めそうで良かったね。

8月22日
午後11時からCTの検査がありました。
看護婦さんの話しでは、
「CTの検査の最中にずっと泣いていて検査が出来なかったのでお薬を飲ませた。」
とのことで、お父さんが行った時には眠っていました。
CTの結果、手術の必要があるということで、急遽手術をすることになり、半日で会社を休んで駆けつけました。
午後2時30分、水頭症の手術のため、夏みかんは手術室に運ばれていきました。
予定では1時間30分から2時間ほどで終わる予定だったのが、
2時間40分もかかったのでとても心配しました。
手術後の夏みかんは、頭の上に酸素のテントがかけられ、麻酔がきいているので眠っていました。
手術の時に髪の毛を剃られてしまって、とても可哀想でした。
生まれてからまだ5日目なのに2回もの大きな手術をよく乗り越えたね。
生きるために一生懸命頑張っている夏みかんを見て、お父さんももっと頑張ろうと思いました。
それから、お母さんが奈津のために母乳を出してくれたので、
お父さんが病院へ運びました。
明日、目が覚めたらお母さんの母乳が飲めます。

8月23日
お母さんの母乳を持って夏みかんに会いに行きました。
夏みかんは母乳の時間の少し前なので、お腹が空いているのか大きな声で泣いていました。
しばらくしてから母乳の時間になったので、看護婦さんに教えてもらってお父さんが母乳をあげました。
とは言っても、注射器を使って、お腹(胃)の中まで通じている細いチューブで流し込んだんだけど。
今晩の夏みかんの食事は母乳5ccでした。
栄養たっぷりのお母さんの母乳をたくさん飲んで、一日も早く元気になってね。
母乳を飲んだ後、少しだけ目を開けてお父さんの顔を見てくれました。
明日はお母さんの顔も見てあげてね。
後頭部の左側を手術したので、今日も頭の右側を下にして寝てたけど、頭の右側が潰れてしまわないか心配です。
お父さんが帰ろうとして、「夏みかん、バイバイ。おやすみ。」
と言うたびに泣き出すのでなかなか帰れませんでした。
明日は一週間ぶりにお母さんに会えるので、いい子にしてましょう。

8月24日
今日はお母さんと二人で夏みかんに会いに行きました。
お母さんは今日まで病気のことを知らなかったので、とてもショックを受けていたけど、夏みかんに会えてうれしそうでした。
今日からお口でミルクを飲めるようになり、お母さんが哺乳びんでミルクをあげました。
でも夏みかんはミルクを少し残したまま眠ってしまいました。
今日から母乳が20ccになったので満腹で眠かったのかな?
光をあてる治療を行ったとのことで、夏みかんの顔にはアイマスクの痕が残っていました。
お母さんが言うには夏みかんのお口とお父さんのお口がそっくりなんだって。
夏みかんはお父さん似なのかな?

8月25日
夏みかんが少しずつ目を開けるようになりました。
昨日まではたまに左目を開ける程度だったのが、今日は両目を開けてくれました。
ほんの少しの間だったので、お父さん似かお母さん似かはわからなかったのが残念でした。
夏みかんは真っ黒なとても澄んだ目をしているので、きっと美人になると思います。
今日はお父さんがミルクをあげました。
昨日は眠っていたので全部飲む事が出来なかったけれど、今日はちゃんと起きていて、40cc全部を上手に飲みました。
夏みかんは食欲が旺盛で、飲み終わってもまだ飲み足りないのか、おしゃぶりをいつまでも吸っていたけれど、そのうちお腹が一杯になったのか、満足そうな顔をして眠ってしまいました。

8月26日
今日、夏みかんの点滴がとれました。
ミルクを飲んだ少し後だったので眠っていましたが、しばらくしてからミルクを吐いたのでびっくりし、慌てて看護婦さんを呼びました。
が、看護婦さんは何の動揺もみせずに冷静でしたので、心配するほどの事でもないらしく安心しました。
今日は良く泣いていたので背中をトントンと叩いてあげました。

8月27日
今日はお母さんと一緒に面会しました。
また点滴が始まっていたので少し心配しました。
昨日までは裸でおむつだけでしたが、今日から服を着せてもらっていました。
看護婦さんが10分位ならだっこしてもいいということでお母さんがだっこしてあげました。
夏みかんもお母さんもご機嫌だったけど、特にお母さんは嬉しそうでした。
夏みかんはお母さんの腕の中で目を開けてくれたので、更にお母さんが喜んでいました。
その後、お母さんがミルクをあげました。今日から55ccに増えました。
お母さんにだっこされたままミルクを飲んでいましたが、途中で沢山吐いてしまい、お母さんはびっくりしてオロオロしていました。
昨日までは心電図の警告アラームが度々鳴っていましたが、今日はアラームも鳴らずにとてもいい子でした。

8月28日
今日もお母さんと一緒に面会しました。
夏みかんはミルクを飲んだ後なので満腹なのかスヤスヤ眠っていましたが、看護婦さんがだっこを許可してくれたのでお母さんがだっこをしてあげました。
今日はずっと眠ったままだったのでお母さんはつまらなそうでした。
明日はMRIの検査があります。これで異常がなければ3ヵ月程度で退院出来そうです。
夏みかんも泣かないようにいい子にしていましょう。

8月29日
今日は会社を休んで、官庁関係の手続きを行った後、お母さんと夏みかんに会いに行きました。
先生からMRIの検査結果についてお話しを聞きました。先生からは、
「水頭症については左脳の方は順調だけど、右脳側に水が溜まっており、手術をするかもしれない。」
「二分脊椎の縫合は抜糸も行い、経過は順調です。」
と報告を受けました。
その後、お母さんは先生から病気についての詳しい説明を受けていました。
今日の奈津は、MRIの検査の時におとなしくしていなかったとのことで、またもや薬を飲まされて眠っていました。次の検査の時にはいい子にしていましょう。
また、点滴が外れて心電図だけだったのと、ミルクを飲んだすぐ後だったのに吐かなかったので安心しました。
看護婦さんの許可が下りたのでお母さんがだっこをしてあげました。
体の皮もきれいに剥けて、生まれたばかりの埴輪か土偶のような体(顔)から、だんだん人間らしくなってきました。
お母さんが言うには夏みかんは口と耳と体毛の薄い所がお父さんに似ていて、色白のとても可愛い子になるそうです。良かったね。

8月30日
夏みかんの尿の出が悪いということで、膀胱からチューブで尿を落としていました。見ていてとても可哀想でした。
ミルクの時間の少し前でその上おむつが汚れていたので、夏みかんはとても不機嫌で怒って泣いていました。
いくらあやしても機嫌がなおらないので、どうしたらいいのかわからずにオロオロしてしまいました。
今日はお父さんがミルクをあげました。
ミルクを飲むのはだいぶ上手になりましたが、夏みかんはゲップをするのが下手なので、今までもミルクを吐いたことがあったけど、今日は鼻からミルクを出したのでまたもやオロオロしてしまいました。今日はオロオロしっぱなしです。
そんな夏みかんだけどミルクを飲んでお腹が一杯になると満足そうな顔をしてスヤスヤと眠ってしまいます。
あまり看護婦さんを困らせないようにいい子にしていましょう。

8月31日
今日は先生から手術後の経過を聞きました。
手術をした箇所はすべて抜糸がすんで、特に問題もなく順調だそうです。
ただ、よく暴れるのでお腹の傷はまだ完全にはつながっていないそうです。
なるべく暴れないようにして、早く退院出来るようにしましょう。
(元気なのはいいんだけどね・・・・)
 明日は腎臓の検査があります。
検査と手術の繰り返しで大変だけど頑張ってね。
(暴れないようにね!)
 とても気持ち良さそうに眠っていたので今日は早めに帰りました。

9月 1日
今日も夏みかんはとても気持ち良さそうに眠っていました。
先生から腎臓の検査結果を聞きました。
幸いにも腎臓には今の所異常はないとのことで安心しました。
ただ、自分で上手に尿を排出することが出来ないので、当分は慎重に観察する必要があるそうです。
今日はずっと奈津の寝顔を見ていました。
やっぱり口の表情がお父さんにそっくりです。
それから少しまつげが伸びたので、だんだん女の子らしく可愛くなってきました。
帰る時に夏みかんに「お父さん帰るからね。バイバイ!」
と話し掛けたらニコっと笑ってくれました。




これ以降、入院生活は翌年の7月14日まで、ほぼ一年続きます。
当時は、そんなに長い入院になるなんて夢にも思ってませんでした。
(詳しいことは【療育の記録】のページを読んでね。)

今、読み返してみると、”意外と冷静だったなぁ”って感じますけど,冷静だなんてとんでもない。
もー、必死でした。

つらかったのは、夏みかんの病気のことや、手術を受けたことを妻(ドラ)に隠していたということです。
出産直後の体を気遣ったとはいえ、ウソをつくのはつらいものです。

それにしても、夏みかんの生命力ってすごいなぁって思います。
生きてるんじゃなくて、神様とか仏様に生かされているんじゃないか? って思ってしまうほどです。
実際、夏みかんが生きていることで、多くの人が和み、多くの人が癒され、多くの人が元気をもらい、多くの人が生きる勇気をもらい、多くの人との出会いと別れがありました。
それは、普通に暮らしていたんじゃ、絶対に経験できないことばかりです。

この子が産まれて良かった。
この子の親で幸せです。



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